自主練
アルバは学園の見回りの終わりに、人の少なくなった学園をただただ目的なく歩いていた。
アリス自警団が正式に発足してから、自警団の訓練というのは相変わらず屋内訓練場で行われており、アリスの指揮の元、日々生徒達が力をつけていっている。学園公式ということで色々と変わった部分もあった。それは、訓練に際して、時々だが学園の教師にも見てもらっているということだ。いくらアリスが学園で一二を争う実力者だろうと、まだまだ生徒であることに変わりはない。王女として培った統率力で、生徒達をまとめられているとはいえ、戦いの指南まではまだできないところも多い。
ライラとしても、最後の砦として学園を守ってもらおうとしているので、中途半端な訓練では満足しない。ということもあって、森での訓練において、自警団の護衛を任されていたカインを中心に、戦闘経験がそれなりにある教師が、時間の開いている時に自警団の訓練を見るということになっているらしい。
どうも、ライラがカインや他の先生に通達した時、アルバの名前も挙がったようだが、アルバは教えるのに向いていないとしてライラが却下していた。
アルバとしてもそれには同意だ。
アルバの戦闘経験は生きるために仕方なくつけたもの。自分の癖を利用した戦い方になってしまうために、誰にでもできる芸当じゃない。さらには、守るという行為にアルバの戦い方は向いていないのも理由にあげられる。
どうしてもアルバの戦い方は生き残るというところに重点を置いてしまっている。
誰かを守るためには、単純な強さだけでは意味がない。仲間や様々なものを利用して、勝つのではなくどれだけ被害を抑えられるかとなる。
一人での戦いが前提で、なおかつ生き残るために動くアルバには、アリス達に教えるのには向いてなさすぎるのだ。
それだったら、カイン達のような大人数での戦闘に慣れていた人間の方が、この件に関しては向いている。特に日頃生徒に教える立場をしているのであれば尚更だといえる。
そんなこともあり、今、アルバは自警団にほとんど関わっていない。
リーリンもやめてしまった自警団に、アルバはもうすでに何かするつもりもない。
こうやって、暇な時間があれば屋内訓練場をチラッと見る程度で、前の様に毎日見守る必要はないのだ。
今日としても少しだけ暇を持て余したために、屋内訓練場の様子を見ていこうと思っているだけで、すぐに寮の部屋に帰るつもりでいる。
そうして屋内訓練場につづく廊下に差し掛かったところで、意外な人物と鉢合わせた。
「あっアルバさん」
アルバの姿を認めて、目の前のミナセが呟いた。
後ろにはリーリンもいる。
二人が一緒にいることに今更驚くことはないが、屋内訓練場の前で会うのは初めてだった。日頃は、二人の在籍している一般科の部屋の前で会うので、突然の登場に少しだけアルバは理解するのに時間がかかった。
「……珍しいな。こんなところで会うなんて」
「そうかもねー」
「なにしてたんだ?」
アルバは屋内訓練場に目を向けてミナセとリーリンに聞く。
屋内訓練場からは光が漏れていた。きっと中でなにかが行われている。この時間だとすると、アリス自警団である可能性は高い。
しかし、そうとなれば二人がここにいるのは不自然だった。前であれば、リーリンがいたところで不思議はなかったが、今は自警団をやめている。メンバーでもないリーリンがいることはおかしいし、ミナセの存在が一番不可解だった。ミナセは自警団なんかに興味はないはずである。リーリンに頼まれたとしても、わざわざ訓練風景を見に来るだろうか。第一、リーリンの性格からして自警団を見に行こうと言うとは思えない。
「自主練ってとこかな」
「はい」
アルバが熟考をしているうちに、ミナセとリーリンが普通に説明してくれた。
「自主練?」
「うんそうだよ」
「そんなことしてたのか」
初耳の言葉にアルバは感心したように呟く。
いくら自警団とかじゃないにしても、二人は魔闘科の生徒だ。それぐらいして当然だろうが、どうしてもこの二人からそういった言葉が似合わないと思えてしまった。
しかし、どうやらアルバの思っていたことは当たらずとも遠からずだったようで、感心したように二人を見るアルバの視線を感じ、二人とも苦笑いを浮かべている。
「まぁ、一応私だって魔闘科の生徒だしね」
「あははは……実は、自主練なんて初めてなんです」
「ちょ、ちょっとリンちゃん。しー!」
正直に白状するリーリンにミナセは口の前に人差し指をもってきて、焦ったようにリーリンに話さないでと意思表示をしていたが、すでに遅かった。
アルバにもミリンダにもリーリンの言葉がはっきりと聞こえていた。
「……もう。リンちゃんは正直者なんだから」
「ごめんね」
「いいよ。……リンちゃんの言った通り。自主練なんて今日が初めて」
「なんであんな嘘を」
「それは……まぁいいや」
ミナセは一度リーリンの方を向いたが、リーリンのきょとんとした顔を見ると力なく身体をだらんとさせた。
「でもなんで今日やろうと思ったんですか?」
ミリンダがミナセに聞く。
それはアルバも気になるところだ。
さっきも言ったようにこの二人に自主練という単語は似合わない。まぁ、魔闘科の生徒であればだれでも少なからずしているものだが、授業が終わっても自主練をする生徒の数は少ない。なんといっても魔闘科の授業もあるのだ。それを主にやっていると、学園のある日は自主練をする必要がなくなる。
それでも、自主練に精を出すのは、アリスのような真面目で熱心な生徒か、自警団に属している生徒ぐらいだろう。
一般科と魔闘科を兼任している生徒は、単純に授業の量も普通の生徒よりも多い。この時間に自主練などしている生徒はほとんどいない。アリスぐらいのものである。
「今日は自警団の訓練がないみたいで、屋内訓練場が空いてたからかな」
「自分で決めたことですが、やっぱり二つの科を兼任というのは大変で」
リーリンは眉を下げる。
ミナセやリーリン以外で兼任している生徒は、両方ともを優秀にこなしているアリスしかアルバは関わったことがない。なので忘れがちだが、二つを兼任するということはやはり厳しいことなのだ。ミリンダでさえ、出来ないと自信なさそうに呟いていたのを覚えている。
さらに言えば、この二人は普通の一般科に属している。ライラが手を施しているとはいえ、そうとう大変な毎日を送っているのだろうことが窺い知れた。
「そうなんだよね。だから、こうして授業が終わったらよく二人で集まってるの。一般科のことは私がリンちゃんに教わってて、魔闘科のことは私がリンちゃんに教えてるってかたちで」
「なるほど」
適材適所ということである。
リーリンは戦闘に関しては弱いが、知識においては問題ない。その逆でミナセは知識方面には弱いが、戦闘においてはそれなりにうまくこなせる。それは、実践訓練を見ていたアルバには理解できていた。
今日はミナセがリーリンに教えるということなのだろう。
そういうことならアルバとしても少し手伝ってやれないかなと思っていた。
リーリンには自警団関係の時に、いろいろお世話になっている。
恩返しとしても、二人の自主練に付き合うのもいいかなと思う。
ミナセにしたって、悪い提案ではない……と思う。
「俺も一緒に行っていいか?」
アルバは屋内訓練場を指さして二人のそう提案する。
「いいの!?」
ミナセがすぐに目を輝かせてアルバに詰め寄ってきた。
リーリンも申し訳なさそうにアルバを見ているが、その目は少しだけ期待に満ちていたように感じる。
「ああ。どうせ今日はもう寮に帰るだけだ」
「はい。お二人が良ければ、私もご一緒してもいいですか?」
ミリンダがそう言うと、ミナセはさらに目を輝かせるように頷いている。
「もっちろん。リンちゃんも問題ないよね!?」
「うん!」
リーリンの明るい笑顔で、アルバとミリンダは二人の後に続いて屋内訓練場に入っていった。
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屋内訓練場の中には誰一人としていなかった。アルバにとってはここまで静かな屋内訓練場など、初めてきたために、少し新鮮な思いで辺りを見渡していたが、すぐに意識をミナセ達に戻す。
「自主練っていっても何するんだ?」
アルバには検討もつかなかった。
屋内訓練場に何があるかもわからないのだ。これから行われるのがどういったものなのか、少しだけ興味があった。
ミナセとリーリンの二人で、まさか決闘みたいなことをするとも思えない。
ミナセがリーリンに魔法を見せながら、リーリンが使ってみるといった方法だろうか。
そう思った時、アルバは少しだけ焦った。
リーリンに恩返しのつもりで自主練について行くと言ったが、もし魔法が主体だったらアルバは何もできない。それをすっかり忘れていた。
王都に住んでいれば嫌でも自分がヴァニタスだと思い知らせれると思っていたが、ミリンダやリーリン、ライラのおかげで不自由なく暮らせているため、どうもグリードにいるように接してしまう。忘れてはならないが、アルバはヴァニタスで、他の生徒は全員魔法が使える。
アルバが一人で心の中だけで焦っていると、ミナセがアルバを見て口を開く。
「せっかくアルバさんがいるんだし、今日は本物の戦いを想定したものをしようかな」
ミナセの台詞にアルバはひとりでにホッと胸をなで下ろした。
「で、でも、私まだ人相手なんて」
「大丈夫。私がやるつもりだから。リンちゃんはミリンダさんと一緒に見てて。気づいたことがあったら、後で教えてくれればいいから」
「……うん分かった」
そしてミナセはアルバに向かいあう。
リーリンはミリンダに連れられ、二人の邪魔にならないように離れた場所で見守っていた。
「訓練って言っても、そんな決闘みたいなことするわけじゃないよ」
「だったら、俺はどうしたらいい」
「アルバさんは刀を抜いちゃダメ。代わりに私の攻撃を避けてくれればいいから」
「そんなことでいいのか」
「まぁね。自主練で怪我したら意味ないし、私がアルバさんに敵わないってことは分かってるから」
「そうか」
アルバは頷くと、刀には触れずにミナセの動向を伺う。
ミナセは武器を持っていない。実践訓練の時の思ったが、この子は武器を持たず魔法を使い戦うタイプにのようだ。ロイボアに対しても拘束魔法で動きを止めながら、魔法で攻撃していた。
ミナセは自分の腕をアルバに向けると戦闘態勢に入ったようで、アルバから目を離さなくなる。
「ちょっと試したいこともあるし。いくよ」
「ああ。来い」
ミナセは自分の腕に力を入れ、アルバをじっと真剣な眼差しで見つめている。
すると、何もないはずの腕から、何かが射出された―――ようにアルバは感じた。光も何もないが、何となく魔法が放たれたように感じたアルバは、咄嗟に上に飛び上がると、気配のようなものを避ける。
これに、ミナセは驚いた表情を一旦見せる。一度腕を下ろしアルバが地上に降りるのを待っていた。
アルバはそのまま元いた場所に降り立つと、なにがなんだか分からないようにミナセを見る。
ミナセの反応を見るに何やら魔法を放ったようだが、光も何もなかったためにアルバによく分からなかった。魔法が当たったであろう場所から煙も上がらなかったために、攻撃魔法ではないだろう。
すると、拘束魔法でもうったのだろうか。
ミナセの得意の拘束魔法は、ロイボアの時も始めは光を見せていなかった。ロイボアの動きが止まって初めて足元に何やら光が出ていたのだ。
「あー……やっぱり避けられたか」
「今のは何だったんだ?」
「拘束魔法だよ」
アルバの思った通りだった。あの気配は魔法で間違ってなかったようだ。
「なんで分かったの?拘束魔法なんて、当たるまで見えないのに」
「うーん……なんとなく気配で」
「気配……か。難しいな」
「ヴァニタスじゃなかったら見えるのか?」
「人によるかな。でもほとんど見えないよ。見えちゃったら拘束魔法の意味なくなっちゃうじゃんか」
ミナセの言っていることはアルバにも理解できた。
相手を拘束するのに、その魔法が見えてしまえば意味をなさない。不意打ちに使うしか、使い道がなくなってしまう。だから、拘束魔法は当たるまで透明というわけだ。
「まぁ、いろいろ問題はあるけどね」
ミナセはそう言うとまたアルバに向かい腕を伸ばし、拘束魔法を放つ。
アルバは先ほどと同じように気配だけで判断し、上に飛び上がった。しかし、ミナセはそこで終わらせることなく空中に浮かぶアルバに向けてもう一度拘束魔法をうつ。
空中にいて、刀の使えないアルバには防ぐ方法がない。簡単に拘束魔法に当たると思われたが、アルバはなにを受けるわけでもなく、そのまま床に足をつけた。
確かにミナセの手からはないかが放たれた気配を感じた。透明だったし拘束魔法なのだろうが、アルバには当たらなかったようだ。
だが、不思議だ。ミナセの手は完璧にアルバの身体をとらえていた。あそこで外すことなどあるだろうか。
「なにを使った?」
「拘束魔法だよ。初めに避けたのと同じ」
「だが、当たらなかったぞ」
「そう。ここが拘束魔法の欠点なの」
そう言ってミナセは改めてアルバに手のひらを向けた。
「アルバさん。今から私は拘束魔法をうつ。だから、これを、私から見て右……アルバさんは左にジャンプして避けてみて」
「……分かった」
「じゃあいくよ」
アルバはよく分からずも、ミナセの言った通りミナセの拘束魔法を左に飛んで避ける。
何の問題もなくよけれた。追ってくることも、曲がることもない。
「まぁこんな感じで、拘束魔法ってまっすぐにしか飛ばないの」
「……なるほど、そういったことか」
「そう。だから、落ちてくる人を狙うには、その人じゃなくって、拘束魔法のスピードと、狙う人の移動速度とを頭の中で予想して、ちょうど交わる場所にうたないといけないってわけ」
つまりは、空中のアルバを狙った拘束魔法は、アルバに当たることなく屋根まで飛んで行ってしまったというわけである。飛ぶ方向が分かっていながら、アルバに魔法が当たらなかったのもそのためだろう。
拘束魔法に関しては、発動を感じるとこが出来れば避けるのは簡単というわけだ。
「さらにはもう一つ」
「まだあるのか」
「あるよー。アルバさん。今度は拘束魔法に当たってみて」
「……分かった」
ミナセが放った魔法を、アルバは避けることなく素直に身体で受ける。途端にアルバの身体から自由が奪われ、立っているのがやっとになった。足元には魔法独特の光が出ている。
「そこから、身体に力を入れるの」
「……ああ……」
ミナセに言われた通り、アルバは自分の身体に力を入れ拘束魔法から抜け出そうと試みた。
するとしばらくして、徐々にアルバの身体が動いてくる。腕や足なども少しずつだが動きはじめ、そして最終的には足元の光が弾け飛び、アルバの身体に自由が戻ってきた。
代わりにミナセの身体が弾かれるように後ろに仰け反る。
「大丈夫か」
「うん……大丈夫」
ミナセは問題なく立ち上がる。
「発動者の魔力が弱かったり、拘束した相手の力が予想以上に強いと、今みたいに弾かれちゃうときがあるの」
「つまりは、戦い向きの魔法じゃないってことか」
「そういうこと」
まっすぐにしか飛ばないのに、いざ当たっても弾かれる可能性がある。敵の動きを止められる分、リスクは大きい魔法のようだ。
「まぁ、私は好きだから使うけどね」
「こんなにも欠点が多いのにか」
「うん。だって、動きを止められるっておもしろいじゃん」
「おもしろい……か」
アルバはミナセの言葉に少しだけ笑みを見せる。
戦い方は人それぞれ。本人にあった戦い方なら、誰が文句言おうと関係ない。ミナセはとてもミナセらしい理由で拘束魔法を使っていた。アルバはそんなミナセの態度が嫌いではない。
それから、アルバはミナセの放つ魔法を確実に避けるようにし、ミリンダとリーリンが見守る中、自主練は進んでいった。




