暗い路地の先
王都の外れも外れ。
普通の国民はもちろんのこと、王都の居場所がなく路地裏でひっそりと暮らしているヴァニタスでさえも近づくことのない、そんな暗くじめっとした、一切整備されていない道をフードの目深にかぶった一人の男が足早に走っていた。
男は辺りを見渡すように警戒したのち、誰もいないことを確認すると、ボロボロの民家の扉を、何かの合図ともとれるような独特のリズムで叩いている。
男が扉を叩き終わってすぐ、中から声が聞こえて来る。
「入れ」
男の声だ。まだ若いのか声のトーンは少しだけ高い。
フード男はその声を聞いたのち、再度周囲の確認をすると、見つからないように素早い動きで扉を開け、中に入っていく。
中には照明器具などなく、左右に一本ずつある蝋燭によって照らされているのみ。
そんな薄暗い民家の中に、一人の男が椅子に座って、中に入ってきた男を見ていた。
髪は色を失っているかのように白く灰色っぽい色で、ぼさぼさに伸ばしきったままだ。前髪もたれ、その奥から鋭い眼光をのぞかせている。
そんな男の放つ奇妙な雰囲気にも気を取られることなく、民家に入ってきたフード男は、白髪の男の前に膝をつくと敬意を示すように一度頭を下げた。
「報告いたします」
フード男の声が静かな民家にこだまする。
「王女アリス・ロイスタシアの襲撃に向かったヴァニタスの男達ですが、どうやら失敗したようです」
「そうか……。それで、そいつらはどうした」
「主犯格の男は自殺。しかし、他の四名に関しては王宮騎士につかまり牢獄行きとなっております」
「くくく……情けない奴らだ。あんなにも息巻いていたのにこのざまか」
白髪の男の口角が吊り上がる。
まるでこの結果が分かっているかのように、白髪の男に驚きはなく、余裕そうな表情を見せていた。
「……どうしましょうか」
「なにがだ?」
「捕まった男達です。もしかしたら、我々のことを話すかもしれません。早急に手をうっておかねば」
「気にするな」
「しかし」
「俺が気にするなと言っているんだ。分かったな」
「は、はい」
白髪の男の発する声には力があった。逆らったらどうなるか、分からせるかのように膝をつくフード男を、下ろした前髪の隙間から睨みつけている。
男の鋭い眼光に、フードで隠れた額には汗がにじみ出ていた。
「他の奴らにも言っておけよ。王宮には手を出すなってな」
「は、はい。分かっております」
「それに心配はいらねぇよ。俺達がやらなくても、後始末はあのお方がやってくれるだろうさ」
「あのお方とは、協力者のことですか?」
「ああそうだ」
「いったい何者です……」
「今は言えねぇな。しかし、俺達を悪いようにはしないさ」
「はぁ……」
あのお方というのが何者かは語らないが、そう言った白髪の男の顔には笑みが浮かんでいた。
「しかし、これで『あれ』の存在が王族にも知れたことになります。やはり、ヴァニタスなんかに渡すべきではなかったのではないですか」
報告にきたフード男の目は、白髪の男が座る椅子の両側に置いてある大きな木箱に注がれていた。
よく見ると隙間から仄かな青白い光りが漏れ出てきている。
「いや、そうとも限らねぇ。俺達が活動していけばいずれは知れ渡ることになっただろうさ。この、魔力の原液はな」
白髪の男が得意げに立ち上がると、木箱の蓋を開け中身を眺めている。
木箱の中には大量の小瓶が入っていた。その全てに青白く光る奇妙な液体が入っていたのだ。
これこそ魔力の原液と呼ばれるもの。魔力の原液は魔力を極限にまで濃縮したものだ。これを飲めば、何もすることなく基礎魔力『5』以上の力を簡単に手に入れることが出来る。さらに言えば、魔力のないヴァニタスでさえも、魔法を使えるようになるという優れものだ。
しかし、この魔力の原液には数々の欠点がある。まずは、持続性がないこと。原液分の魔力を使えばすぐに元に戻ってしまう。次にまたその力を得たいなら、同等の原液をとらなけらばならない。そしてもう一つは『副作用』があること。魔力を直接身体に流し込んでいるため、使い続けると流し込まれた魔力が身体を壊してしまうらしい。一種の拒否反応というものだ。自分の魔力ではないものを摂取するため、魔力の発する波長にやられ、身体のあちこちで機能不全を起こす。幻覚を見たり、性格が攻撃的になったりと様々だ。
しかし、原液にはどうやら人を虜にするものがあるようで、一度使うとその圧倒的力に誰もが魅了され、副作用が分かっていても次々に買ってしまうという。
そのせいで、表の世界には一切浸透していないのにもかかわらず、裏の社会では結構な高値で取引されているものだ。
男達は裏社会の売人という立場に属している。
そんな男達の目的は、魔力の原液をこの王都に広めるとこにあった。
「それに、これはいい機会だ」
魔力の原液を眺めていた白髪の男が声を漏らす。
「もしかしたら俺達に大金が入り込むかもしれねぇぜ」
「どういうことですか?」
フード男からは、言葉の意味を理解できていないような雰囲気が漂ってくるが、白髪の男がそれを気にしている様子は見られない。
元々の座っていた場所に戻ると、怪訝そうなフード男に向かって言い放った。
「次の俺達の客は、学園の生徒だ」
目を見開き、口元には笑みを浮かべている。
「……ちょっと待ってください。学園の生徒を狙うなど、我々の身が危ないですよ。それはあなたも分かっているでしょう!?」
「ああ。だが、商売に危険はつきもの。危険を恐れてたら、この裏社会で生き残るのは難しいぜ」
「しかし」
取り乱す男とは対照的に、白髪の男は何やら自信に満ちた余裕そうな顔を見せていた。
「学園の生徒っていうのは金持ちの子供ばかりなんだろ。いい客になると思わねぇか?」
「そうですが……原液などに手を出すでしょうか?貴族の子供ということは、すでに将来の安全が確保されたも同然の奴らばかりです。いくら子供とはいえ客にするなど難しいのでは。原液という聞きなれないものに手を出すとは思いにくいのですが」
「今まではな」
不安そうな言葉を白髪の男が一蹴した。
「だが、あのヴァニタスが王女様に原液のことを話しているはずだ。学園の訓練を襲うとか言っていたからな。少なくともその場にいた生徒には原液の存在が知られたはず」
「それでも、やはり手を出すかどうか」
「なんだ忘れたのか?」
そう言って白髪の男は少しだけ身を乗り出す。
「ここは魔法主義国家だぜ。いくら貴族だろうと魔法の実力がなければ、王宮内での発言権は小さい。それはすでに調査済みだ」
「……つまり」
「そこをつけば、へたするとこれまで俺達が相手にしてきた屑みたいな奴らより、売るのは簡単かもしれない」
「なるほど」
「そして生徒が客になったら、その親、さらには実力がなくて発言権が得られてない貴族の奴らにまで売りつける。すると」
「金持ち共が客となり、俺達ははれてこの王都に根を張れる……ということですね」
白髪の男の説明で、これまで取り乱し気味だったフード男まで、口元に笑みを浮かべるようになっていた。
「まずは、生徒に接触しなければならないな。そこら辺はお前に頼んだぞ。うまく丸め込んで俺のところにまで連れてこい」
「そこはお任せください。ですが」
「なんだ。まだ何かあるって言うのか?」
「もしばれた場合はどうします」
「ばれることなんてない。魔力の原液を使ったことは見た目だけでは判断できない。増幅された魔力も、普通の人間には見えないんだからな」
原液を飲んでも、元々持っている魔力の波長や強さに変化は見られない。魔力の持っていないヴァニタスでなければ、気づきようもないということだ。そんな特性がまた、表社会に原液の存在が知られていない一つの要因でもあった。
一般人からしたら原液を使っているかなど見分けるすべはないのだ。ばれることなどまずありえなかった。
「もしです。もしばれた場合、ライラという女は厄介ですよ」
「ライラか……魔道師をも凌駕する魔力と知識を持ちながら、学園の理事長なんてやってる奴がいたな」
「そうなれば我々もただでは済まないかと」
「ライラとて所詮魔法に頼った奴だ。お前の様にフードを使えば脅威にならない。なんたって、あれは全ての魔法を無効化するんだからな」
白髪の男は自分の後ろの扉を指さす。
その扉の向こうには同じデザインのフード付きの服が並んでいた。
「……なんだ、まだ何かあるのか?」
白髪の男がまだ納得した様子のないフード男の顔を見ながら呟く。
「はい」
「相変わらず慎重な男だ。いいだろう。言ってみろ」
「学園に最近就いたという守り人というのも気になりまして」
「守り人だと」
「はい。どうやらヴァニタスの男のようで。王女襲撃を行った男達もそのヴァニタスにやられたとか」
「……くくく……あははははは!!!」
白髪の男が唐突に笑い出した。
自分の発言に何がおかしかったの理解に苦しむフード男が、眉を寄せて大笑いしている白髪の男を見る。
「あははは!!!……ヴァニタスだとな。そんな奴気にする必要もねぇ」
「しかし、原液を使った男を倒しています」
「所詮あいつもヴァニタス。魔法の知識がない奴を倒したところで、俺達が警戒する人物にはならねぇよ」
「グリード出身でもですか?」
「ああ。どこから来ただろうがそんなこと関係ない。ヴァニタスはどれだけ力をつけようともヴァニタスなんだからな。原液のある、ヴァニタスでもない俺達には敵わねぇよ」
白髪の男はそう言い切り、警戒に値しない人物であると、学園の守り人を切り捨てた。
ふーそ男ももう何も言うことがないのか、言い返すことはなく、続く言葉を待っている。
「いいか。俺達の次の目標は学園の生徒だ。しっかりと仲間達に伝えておけよ」
「了解しました!」
報告に来たフード男はそのまま、民家から音を立てず出ていった。
白髪の男は椅子に身体を預けると、これからのことを思い、学園のある方向を見ながら不気味に口角を吊り上げるのだった。




