圧倒的な差
私は、刀に片手を置いて、そのまま逆立ちの様に炎を超えてしまったアルバに対して、驚きの表情を隠せないでいました。
今までアルバの身体能力の高さは、その移動能力や身体の使い方で理解しているつもりでした。しかし、まさかここまでとは誰が思い当たったことでしょう。
ですが、ずっとアルバの行動に目を奪われているわけにはいきません。
私はすぐさま地面に刺した剣を抜きさると、炎の障壁が消えるのもお構いなしに、逆立ちのよって隙だらけになったアルバの身体に向かい剣を振っていきます。
アルバは私の行動を予測していたのか、振りあがる私の右腕めがけて身体をしならせると反動と使い蹴りをお見舞いしてきます。
私は腕をアルバの蹴りを避けるために後ろへと引き下げてしまいました。
ですがこれで終わりとはいきません。
すぐさま左手を動かすと、自身の頭上にあらかじめ待機させていた炎の奔流を落とします。
炎が重力に任せて勢いよく、私とアルバを飲み込もうと迫ってきます。しかし、私は焦りはしません。炎は私の魔法そのもの。炎の焼く対象に発動者の私は入っていません。
今アルバは私の腕を蹴ろうとし、変な体勢になっているところ。さらに言えば自慢の刀は地面に突き刺さっています。炎に対処するにも刀がなければ意味がありません。そして、炎の勢いを考えればアルバが体勢を立て直し、刀を抜いていては遅い。
私はこの状況に少しだけ自分の勝ちを予測しました。
ですが、私の予想は瞬時に動いたアルバの横顔を見て、すぐに覆されることが分かります。
その顔は笑っていました。
「なるほど。そういうことか」
小さな声が聞こえてきたと思ったら、アルバは私の腕を蹴ろうと前に出した足を地面に着かせ、その足にだけ力を入れ、弾くように地面を蹴りあげました。
でたらめな力によってアルバの身体は宙に浮き、炎に向かっていきます。
その手にはしっかりと刀が握られていました。
そして、アルバは空中で刀を振ると、地上にいるときと同じように炎を真っ二つにしてしまいます。
さすがの私も炎を制御することが出来ずに、炎が私の左右の地面に落ち消えてしまいました。
アルバは浮き上がった勢いで、私と少し離れた場所に足を下ろします。
「……でたらめですね」
私の口からついと言ったような声が漏れてしまいます。
腕を狙った炎を無理矢理な動きで避けたにもかかわらず、さらに私の攻撃も蹴りで防ぎ、そうして迫ってくる炎まで切ってしまった。
ここまで全てが人としておかしなほどの動きをアルバは見せています。なのに、そんなアルバの様子は全くといっていいほど変わっていません。
肩で息をしている様子もなく、なぜか攻めているはずの私の方が疲れているという状況でした。
「あなた、魔法のことは知らないのではないのですか?」
「ああ。全く分からない。だけど、危機回避能力だけは今までいろいろあって人よりも敏感のつもりだ」
アルバの説明に少しだけ納得します。
魔法を知らない、使ったことのないヴァニタスにしては動きが良すぎるのもそう言うことでしょう。
戦闘経験では勝てない。それをまざまざと見せつけられます。
末恐ろしい男ですね。
お互い本気で行くとしても、前の決闘の時や、私を助けてくれた時とはまるで違う動きを見せています。
もちろん私の攻撃に対処していった結果であるのにかわりありませんが、それでもアルバという男の実力は底が知れません。どれだけ頭を働かせた攻撃でも、まるで歯が立たないかのように思えてきます。
「なんだ?もう終わりか?」
アルバが挑発するようにこちらを見てきます。
その目は未だに余裕そうです。
「まだです!」
私はその挑発に乗るのが分かっていながら、炎をさらに展開させアルバに向かって放ちました。
アルバが炎を切ると、私との距離を詰めるため走り始めます。そのスピードに私の目は追い付けておらず、アルバの姿が消えたように錯覚しました。
しかし、私に焦りはありません。
炎を左手で動かし私に向かわせると同時に、私はおもむろに剣を腰の鞘に収めました。
勝負を諦めたわけではもちろんありません。
いくら頭を使った攻撃や魔法で不意打ちをしても、戦いの中で温まった状態のアルバに届かないのは明白。しかし、いくらアルバであろうと私を切るときには動きを止める。
そして、戦いの中で温まっているのはなにもアルバだけではありません。私も少なからずアルバの気配や刀のスピードを感じることが出来ています。
炎を自分の向けながら意識を集中させると、私の目の前にアルバが姿を現しました。
私はすぐさま身体を横に動かすと、アルバの刀をよけるというよりも、アルバの後ろに視線をやります。
そして、アルバが刀を振り、避けた私に追撃して来ようとするのを横目に、私は炎に向かって空いている右手を伸ばすと魔力を一気に高めます。
危機回避能力が敏感であるなら、私が何かをしようとしていることなど、魔力を感じられなくても分かるはず。アルバは剣を鞘にしまってる私の右手を見て、何かをしようとしますがすでに魔力の充填は終わっています。
「水よ。きなさい!」
そして私はありったけの魔力を込めて、右手から炎とは対照的な水の奔流を放ちました―――こちらにくる炎に向かって。
私の炎と水が勢いよくぶつかり合います。
アルバは私の行動に呆気に取られているように見ていましたが、すぐにその姿が煙のよって見えなくなります。
水蒸気です。
炎にぶつかったことによって一気に温度の上がった水により、屋内訓練場が水蒸気で満たされていきます。
普通の水蒸気ならすぐに、浮き上がり晴れてしまいますが、これは魔法によって発生した水蒸気。中にはは魔力が込められています。
酸素と同等の質量までなっているはずです。そして魔力のこもった水蒸気は消えることなくその場に留まり続けます。
一種の魔法と言ってもいいでしょう。
そしてこの水蒸気の魔力は私の物。魔力から伝わってくる感覚でアルバを肉眼で見ることは叶わなくても、場所や動きは把握することが出来ます。
私はすぐに剣を抜き、自身の身体に音を消す魔法を施すと、アルバに向かって迷いなく足を踏み出しました。
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アルバは立ちこめる水蒸気を刀で一度切ってみた。
しかし、水蒸気はこの場から離れることなどなく、すぐにアルバの視界を奪う。
すると、アルバの右側に何かの気配を察した。
アルバはすかさず刀をそちらに向けて構えると、刀に衝撃が走った。その後すぐにその者の気配が消える。
「なるほどな」
アルバはその一瞬で状況を判断する。
つまりはこの水蒸気自体もアリスの魔法であり、さらには自分が出す音も多分魔法で消していることだろう。
視界が奪われたことに対してアルバは少しも焦ることはなかった。何故なら、音を聞けば大体の動きが把握できるからだ。
しかし、それもアリスによって封じられてしまったわけである。
これは少し面倒だと思いながらも、アルバはアリスの魔力量に素直に感心する。
ここまでの魔法の行使を見るに様々な魔法をアリスは使っている。、付与魔法、そして炎以外の魔法も多用していた。炎だって消すことなく魔力をそそぎ続けて存在を保っている。アルバに魔力量がどうかとは分からないが、ここまで魔法を多用し、持続させているのは尋常じゃなく魔力を使うことだろう。
しかし、アリスの魔法の勢いは衰えていない。
これが基礎魔力『5』の力であるのだろう。そして、アリスの魔法に対しての知識やこれまでの努力を物語っていた。
そんなアリスに報いるため、アルバは少しだけ精神を統一させるとゆっくり―――瞼を閉じた。
アルバの視界が暗闇になる。
その間にアルバは一気に集中力を増大させ、アリスの攻撃の気配一点に精神を向ける。
どれほど音を消そうと気配を消そうと、切りかかるときに剣には気配が宿る。それをアルバは瞼を閉じ集中することで感じようとしているのだ。
そして、それはこれまでの経験上、可能であった。
アルバは暗闇の中でもはっきりと自分に迫ってくるアリスの剣を感じ取り、一回一回確実に防いでいく。
アリスはそんなアルバに驚いているのか焦っているのか分からないが、徐々に身体の気配まで感じてきた。息遣いが聞こえて来るようだ。
そして、アリスの攻撃が戸惑いからかあまり続けて来なくなったときアルバはそのまま刀を持つ手に力を入れると、一気に振り下ろした。
空気をも切るアルバの一撃に、アルバを中心に風が巻き起こる。
そしてついには、屋内訓練場に立ち込めていた水蒸気を吹き飛ばしてしまった。
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水蒸気が飛ばされた状況に私は息切れする身体の動きを止めます。
そして、刀を振り下ろしたアルバの目を閉じている顔を見て、驚きのあまり言葉を失ってしまいました。
水蒸気の中、音も消していた私の攻撃を寸分違わず防ぎきったことも信じられませんが、まさか目を閉じていたなんて……。
私は覚悟を決めました。
もう私の中にアルバに対抗する考えがありません。いえ、対抗する術など初めからなかったかのような気さえしてきます。
私とアルバの実力には圧倒的なまでの差がありました。魔法とかの問題ではありません。
こんな男を今まで私は学園から追い出そうとしていたとは、今思うと無理もいいところですね。
きっとまだまだ彼は戦えるのでしょう。ですが、私にはもう、勝てる道筋が見えては来ません。
しかし、ただで終わらせるつもりも私にはありませんでした。
最後に私は全身に魔力を込めます。
この魔法は、魔力消費が激しく戦闘に使ったことなど一度もありません。しかし、それでも私の頭にはもうこの魔法でないとあの男に届かないと思えました。
私は真面目で頑固で、そして負けず嫌いの王女です。最後に一矢報いないと気が済みません。
その瞬間、私の記憶がある情景を映し出しました。
それはニコラスとの訓練の風景。訓練とは言えない適当な遊びの風景。攻撃が当たらない私が無理に剣を振り続けています。
そんな記憶をなぜ今になって感じてるのか分かりません。ですが、そこにダークミストの時に見た時とはまるで違う、安堵ともいえる気持ちが湧き起こってきます。まるで、昔の自分に戻ったかのようです。全く歯が立たないアルバの存在が、昔のニコラスと被ったのでしょう。
そして私は魔力を込めます。すでにレオナルドの決闘で見慣れていることは分かっています。防いだことも話に聞いていました。ですが私は止まりません。難しい考えなどかなぐり捨てて、アルバに膝を折るような一撃加えるため、子供に戻ったかのようにまっすぐにアルバを見つめると、魔力を込めて発動させます。
移動魔法を
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目を開けたアルバは、アリスの姿が掻き消えた瞬間、全てを悟ったかのように意識を集中させ、刀を握る手に力を込めた。
アリスの使った魔法は移動魔法だろう。
レオナルドの戦闘で見慣れているためすぐに分かった。そして、なぜアリスがここに来てそれを使ったのかも。
アリスは終わらせに来ている。アルバにこれまで加えられた攻撃は爆発魔法のみ。それからは全ての魔法がアルバには通用していない。攻撃を加えた回数はアリスの方が上だが、終始アルバに圧倒され続けたのはアリスにとってみれば負けているのと同じこと。
アリスの気配がアルバの斜め上に現れる。
それをアルバはしっかりと目でとらえた。
向かってくるアリスの表情は、何もかもが取れ、まるでアルバに決定的な一撃を加えるのに必死になっている子供のようだった。
敵わないと分かっていながらも、せめて攻撃の一つでもといった気持ちが聞こえて来るようだ。
しかし、残念ながらアリスの願いが叶うことはない。
アルバは刀をくるりと回し、刀身ではなく背の方でアリスの横腹に容赦なく叩きこむと、アリスの身体を吹き飛ばしてしまった。
アリスが屋内訓練場の地面を転がっていく。
そして、転がったアリスは、意外にももう一度立ち上がろうとあがいている。
しかし、地面を転がった衝撃と、アルバの刀をもろに受けた身体はそう簡単に立ち直ることは出来ない。魔力の使い過ぎもあってか、うまく身体に力を入れることが出来ていない。
剣を杖代わりに立とうとしても、すでに剣を掴む手が震えてしまっている。
「それまで!!!」
ライラの澄んだ声が決闘の終わりを告げた。




