その1 ゲルトルーネ
私はエルフである、
名をゲルトルーネという。
エルフの女性とは元来魔術に長け、魔道具や魔法薬の精製で社会に貢献してきたものであります。
しかしかくいう私は女ですが魔法はからっきしで、その代わりのように腕っ節の方は男に勝るものを持って生まれてきたのです。
幼い頃はそれを理由にいじめられたりもしましたが、口よりも先に手が出てしまいますのでそれはもう、相手が泣いて許しを乞うまでは拳を振りおろしたものです。
エルフは温厚で争いを好まない種族だと世間一般的には思われていますが、やはりそれはエルフ社会の仕組みがしっかりしているからであります。
だからこそ幼少の頃は血気盛んであった私も、十四の歳で独り立ちをし、たくさんの方に助けて頂きながら生計を立ててこれたのであります。
いかにも不器用に見えるでしょう私が何をして今まで生計を立ててきたかと申しますと、それは只一つ、狩猟です。
これまたエルフの男の仕事ではないかとお思いの方も多いかと思います。
最近は女性の猟師も多くはなって参りましたが、確かに狩猟といえば古来よりエルフの男が生業とするもの。一部の部族ではありますが、男の成人の儀が狩猟の成功であるという部族も未だにあると聞きます。
私は魔法も使えず、不器用であるからこそ、エルフの生活と密接にある狩猟に幼い頃より興味を持ち、生業とすることもなんの抵抗も無かったように思えます。
私にはウルクドゥラクという師がおります。
魔法をまるで使えない私を気にかけて、幼い頃よりエルフと自然との繋がりや狩猟の仕方を教えてくれていた、まさに師であり親のような存在です。
もう私の3倍程の歳になるのですが、その日の狩りを終え夕飯を食べ終わると、紅茶の湯気で口ひげを湿らせながらよくヒトとエルフの昔話をします。
話の順番や表現はたびたび違いますが、大体の中身はいつも同じものです。
「エルフはしばらく、ヒトよりも神聖な生き物であるとされていた」
師ウルクドゥラクは語り始める。
ヒトには扱えぬ魔法を使い、ヒトとは生活を隔て、森や谷などより自然に近いところで暮らしており、その美しい容姿から森の神とも称えられておりました。
しかしある日、ヒトの王の城に伝わる古の石盤が解読されたとき「エルフとは古代にヒトの一族が魔法を用いて産み出した生物である」という文があり、そのことは瞬く間に世界に広まり、エルフはヒトの作り物ということが一般的になってしまいます。
それはエルフ差別へと繋り、ヒトが神聖な場所であったエルフの里を襲い、沢山の悲しいことが起こったといいます。
(私の祖母もまた、ヒトに拐われたと聞いています。)
長いエルフへの迫害が続いたある時、この世界の魔力を司る世界樹の管理者についたレネという男が自分がエルフであることを明かし、エルフとヒトの権利を平等にするよう求めたと言います。
少しの争いはありながらもヒトの王はそれを承諾し、友好の条約を結ぶとともに、その証として象徴とする精霊を産み出したと言うことです。
精霊には未だに名は付いていないそうですが、ヒトの器にエルフの魔力を載せて産まれ、この世界のどこかにいるそうです。
師ウルクドゥラクの話は大まかにこのような事で、そこから未だに残る小さなエルフ差別の話や、ヒトとエルフが交流したからこその現在の狩猟技術の進歩等について、その日の狩りの反省点と共に語り続けます。
私は話の半分あたりから身体を毛布にくるみ始め、終わる頃には冷めかけた紅茶を見つめながら瞼を閉じます。
そして昼間に追いかけた獲物をまた、夢で追いかけるのです。