使者
「……レレバル?」
何度か問いかけるが、返事がない。少し陽も落ちて来て、空が赤く染まってくる。
レレバルの肩に留まっていた鳥がガアアッと不吉な声を出す。
すると、それに反応したように、レレバルの口が開かれる。
「………私は、神の使徒」
いつもと違う口調、虚ろな目。全員一歩引き、武器に手をかける。
しかし、レレバルは動かない。
「……神?」メアが問う。
「この世界の創生の理由であり、五つの魔法を司る者。ハスタ様」
ハスタという名は、メアには覚えが無い。また、五つの魔法というのは不可能で、魔法は一人一種しか使えないはず。
比喩、なのか。
「三千年の歴史において、最強の魔法使い」
レレバルは話を続ける。
「ハスタ様は王族、並びに騎士団の討伐を決意された。そこで本日、城に兵を送られ、一つ目の目的を達せられた」
口角を少し上げる。
「もう間も無く、戦争は始まるだろう。心していろ」
肩の鳥は羽ばたいて夕焼けへと消えてゆき、レレバルが目を覚ます。
「おや、みなさん、どうかされたのですか?」
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メア達が王城へ戻ると、既に城には灯りが灯っていた。
そして、門の前にワレバルとミレバル。
「お帰りなさいませ」二人の声は暗い。
グロエス騎士団とレレバルとアレバルの兵士達は途中で別れた。なのでここにはメア、レレバル、アレバル、ファリア、ダイスケと数名の護衛の兵士しかいない。
「お二人にはここに泊まっていただきます」メアが王城を示す。
「私たちは会議がありますので、食事はお二人で。ここに慣れるまでは彼女達が案内します」
どこからか現れた二人の美女が頭を下げる。
「ロスチェルです」
二人とも金髪だが、長い方がいう。
「チャスルルです」
こちらはショートで、しかし二人ともそっくりだった。
メアは会釈し、「部屋へご案内を」と言った。
「こちらへ」
二人のメイドについて行く。
「では、お言葉に甘えて。おやすみなさい」ファリアは腰を折る。
「おやすみなさい」メアが返す。
レレバルとアレバルはいつの間にか他の賢者二人と話しており、そこにいた兵士達も、任を解かれていた。
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「ーーーこちらをお使いください。何かあればそちらのベルをお願いいたします」
十畳一部屋の寝室には、十畳とか表すのにふさわしく無いフローリング。一人がけの机用ソファー。机には電灯。いくつか引き出しがある。
机の隣にはベッド。真っ白なベットは夏のためか、少し薄めだ。
「夕食はこちらの時計で九時半を予定しております。それまでおくつろぎください」
では、と髪の長いメイドは出て行く。
ダイスケは取り敢えずシャワーを浴びることにした。
広い浴槽に大きな鏡。
シャンプーらしきボトルは1つ。
ボディーソープかシャンプーかリンスかはわからないが、一つということは共用なのか。
タオルにその洗剤を出し、泡だててみる。液体では白、泡立てると黒。しかしダイスケは気にも留めず体を洗う。
しかし、彼の心に僅かな違和感が生まれる。なぜかも、何に対してかも分からないが、何か、大切なーー
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「エレバルが、か………」
会議室ではエレバルを除く四賢者とメア、ナラダの六人で会議が行われていた。
賢者達はフードを深々と被っている。実はこれが彼らの正装なのだ。
長いローブには各部隊の印と防御系魔法がかけてある。本来ならこれを戦場に着ていくのだが、
「やはり賢者とはいえ、怪我をしている者を連れて行ったのはまずかったのでは……」
ミレバルの言葉に沈黙が起きる。
「……しかし、彼が行くと言って譲らなかったんだ」とアレバル。
「止めても来たでしょうし」
二回目の沈黙。
「…新しいエレバルの候補を選出させましょう」
「し、しかしメア様、まだエレバルは………」
そこまで言って言葉が詰まる。
「明日、私の方で現場に調査隊を向かわせます。そして状況を見て判断します」
メアはこういう場合の公私はしっかりとつける。そういう育ち方をした。
「次は、ワレバルから」
進行役はいつもレレバルの仕事だ。
「はい。私の部下の死者、重軽傷者九十二名です」
沈黙。
「また、私たちを襲った女についての情報です。その本人の話を信じるならば悪魔の鉄鎚の三幹部の一人、アリシアス・バーミンレット。双剣使いです」
ワレバルが空中に浮かぶ闇に手を突っ込み、数枚の紙を取り出す。
「これが、作らせた手配書です」
紙の上には大きくWANTEDの文字。
下には似顔絵、特徴などが。
「Aランク……本当なのか?君の部隊の死者の殆どは爆発による者だと聞いたが」
珍しく焦るレレバル。
口調が速くなる。
「しかし、王城の防衛隊、並びにウイングの一端を一人で倒したということが事実ならば妥当だと判断しました」
「一端?」
「はい。ウイングのトップである二人の死体は確認できませんでした」
ウイング。
「待て、話が逸れる。王女。その悪魔の鉄鎚について、どうされるつもりですか」ミレバルの的確な、しかし長くなるであろう質問。
「もちろん、放置などはしません。しかし、敵の戦力は未知数。聖地と王城の警備を強化します。警戒レベルを最高度にします。ナラダ」
「了解しました」ナラダは急いで部屋を出る。
「恐らく、敵はまたこの城を襲うでしょう。故、城の周りの堀の補強。並びに裏門に続く森の一角を平地にし、被害を受けた倉庫の拡張、武器庫、その他軍事施設にします」
「では、その作業は私が」と土の賢者、アレバル。
「頼みます」
夜も更け、空には巨大な月が浮かぶ。
「また、五聖地も、各自お願いします」全員の同意を得て。
「これは内密にしたいのですが、先程、王族のみの持つ指輪が届きました」と、机の上に指輪を置く。金のリングにオレンジの石。そして、血。
ワレバルが反応する。「この指輪は………」「母です」
緊張と動揺。王族には各騎士がいたはず。第九王女の騎士、アンタレスを除くと全員Bランク。当時は念の為、二十四人の王族は全員城にいた。加えて警護団の守備部隊も。
つまりーーー。
「ーーレベルが違う、ということか」
沈黙が場を支配する。
「ですが私の遭遇したアリシアスにはそれほどの力はなかったと思われます。私も負傷中で、且つ、彼女はロレンチカに追い詰められていました」
爆発時の脇腹の傷は、既にほぼ塞がっていた。
「手配書はAとしましたが、戦った感想としてはBです。ですが、魔法を使っていませんでした」
「そういえば、彼は何処に?」
レレバルが昔の同僚を懐しむ。
「自宅に帰りました。明日、城に呼ぶつもりです。彼の戦力は大きいですから」とワレバル。
「では、ファリア氏から提案されたダイスケ氏の王就任案はどうされますか」
「指輪が届けられたのが殺されたということなら王位継承権はメア様のみにあります。しかし、王国典範には純系で無くとも、王族と婚姻の関係にあれば可能であるとあります」
アレバルによると、つまりそういうことらしい。
「私が、結婚する………と、」
メア険しい顔をする。当たり前だろう。会って1日のよくわからない男と結婚するなどどうかしている。
それよりも、彼らを信用していいのか。
「可能性としては、これしか」
「典範を変えては……」エレバル。
「駄目だ。五百年の歴史の中、守られ続けた典範を変えるわけにはいかない」ワレバルが言う。
「……わかりました」
「し、しかしメア様」
この判断は翌日、ファリアを通してダイスケに伝えられた。