アリシアス
これでーー
「なっ!」エレバルは叫んでしまう。
炎の蛇が消えたのだ。一瞬にして。
剣に力を込め、弾き、距離をとる。
(消された?いや、あれは)
「助太刀しますよ」後ろから声がかかった時、スケルトンはもういなかった。
つまり、相手は剣士のみ。
「ありがとう」
互いの顔を見合わせ、頷く。
剣士は片手。つまり、二方からの斬撃。これでーー「勝てる!」二人の声がピタリと揃い。
飛び上がり、剣に全体重を乗せる。
そして、視界がブラックアウトする。
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「ーーーというような構成です」
メアが始めた説明はレレバルによって締めくくられた。
「つまり、王国としては大きく分けて七部隊、そして騎士団が二つ存在する……ということですね?」
誰もが頷く。「はい。他に貴族もいますが」
ガァァ、ガァという鳥の声。
「これは……」出口に近いレレバルが外へ出る。
「何ですか?あの声は」ファリアが尋ねる。
「ああ、あれはメッセージ・バードです」メアが説明する。「着く時間がまちまちになってしまうので、あまり使われませんが緊急では使います」
「しかもあれは術符。高価なものです。自分で生み出すこともできますが、かなり高位の魔法になるので珍しいですね」
アレバルが説明を加える。
「私たちの騎士団でも一隊に二枚しか持たせていません。なので魔術師の方に協力して頂いています」と、ミラントレッタ。
「見てもいいですか?」
素直な疑問が投げかけられた。
恐らく見るのは初めてなのだろう。感情を表に出さないダイスケさえも椅子から身を乗り出している。
「もちろんです」
メアは自らテントの入り口を開ける。
「すみません、ありがとうございます」
ファリアとダイスケが立ち上がり、出て行く。走るとまではいかないが、先程よりも歩くのが心なしか早く感じる。
薄暗いテントから出ると、眩い光が出迎えていて。
そこに待っていたのは、肩に黒い鳥を乗せた、レレバルだった。
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「誰だ!」ワレバルは叫ぶ。
平屋倉庫の焼け跡の上に乗る女。
「あら、こっわーい」
いやらしい笑み。
彼女を一言で言うなら、ピンク、だろうか。と言うかピンクしかない。
髪、薄い唇、鎖帷子、籠手、足甲、剣。
その全てがグレーにピンク。
薄めの色だが強烈。数人の兵士が思った(友達いないな)という正答はワレバルの頭には浮かばず、代わりに、危険だ、という正答が出てくる。
『戦闘態勢』の手話。
皆が腰にさした杖にゆっくりと手を伸ばす。
「あら、もう挨拶は終わりでいいの?」人差し指を顎に当て、挑発してくる。
その指先は赤かった。
「……お前か」
カレンだ。
「え?何か言った?」
「お前が皆を、ナバヤータを、殺したのか!」
心からの叫び。
憤怒。
憎悪。
殺意。
「えぇ、そう。ここにいた盗賊、兵士は私が解体したの。まあ、全部は間に合わなかったけど。幾つか実験にも使うし」
恍惚の表情を浮かべ、快感に声を震わす。
「血、赤い血、その血が流れ出るところ、それを見た本人の恐怖の表情。仲間の絶望の表情。はぁぁ、だから、だからやめられないの」
指についた血をねぶるように舐め、そのままこちらへ向いてくる。
化け物。
しかし彼女は、何か思い出したかのように立ち止まる。
「あーらいけない、自己紹介がまだだったわね。悪魔の鉄鎚、三幹部の一人。アリシアス・バーミンレット。よろしく」
『突撃する、援護しろ』
杖に邪気を纏わせ、飛びかかる。
走りながら、魔力を固めて刃とする。
「楽しませてもらうわね」
彼女はどこからか二本の剣を出す。
二刀流。分散することで、手数を増やし、代わりに威力が減る手法。しかし、ビイインという音。全力の一撃が片手で止められ、二本目が飛んでくる。
「くっ!ダークフォール!」
闇が降って来て、距離を作る。
「うーん、もっと本気で来てくれないと、お姉さんつまらなくて……」
今までの楽しむような目が、冷たいものへと変わる。声も。
「殺しちゃうよ」
ダークフォールは行動阻害と目眩しだが、効いていないようだ。
「六方突貫!」
彼女のまわりを囲んで斬りかかる。
それをバレエのように一回転して跳ね返し、一人は喉を、二人目は目を……と、五人斬るまで三秒。六人目は、「ふふ、どこからにする?」
武器を捨てさせ、押し倒し、右足の先から頭、左足まで、一周なぞる。
「や、やめろ、やめて、くださいっ………」
目から、鼻から、口からめいいっぱい水を出して、ぐちゃぐちゃの顔で言う。
「私のペットになる?それなら助けてあげてもいいかもだけど。お友達もいなくなっちゃったみたいだし」
ワレバルたちは距離を取り、こちらの様子を伺っている。
アリシアスは兵士の鎧を剥がし、馬乗りになる。
肌に冷たい刃が触れ、血が出てくる。
上を見れば、死、前を見ても死。
なら。
「なっ、なります!ならせてください!」
心からの。
「つまらないわね、あなた」
そして右目に、短剣を突きつける。
「最期の色って、何色だと思う?」
腕を振り上げ、何かに気づいたのか、っ!、と男と距離をとる。
「なに?あなた」
彼女の後ろから声がかかる。
「彼は術符さ。そして、この魔法の核」
術符使い、ロレンチカ。「くっ」十二方向からの鎖が、アリシアスに蛇のように飛びかかる。
いつの間にかワレバル達は戻っていて。
「ぐあっ」避けても蛇のようにまた追って来て、腹に刺さる。
「私の……血………」
アリシアスの目が充血し、恐怖を与える。そして叫ぶ。
「眷属たち!」
森からグルルルと言う獣の声。狼の群れ。
百近い狼がワレバルたちを襲う。
あるものは噛まれ、またあるものは長い爪で切り裂かれる。
地獄絵図だった。
狼からの青い血、人の赤い血が混ざり合い、鎧も、毛もどす黒い色に染まってゆく。
ぐあああっ、キャゥオーン。人と獣の叫び声。傷がない時のアリシアスにとってそれは快楽。
麻薬のような快感。しかし、その快感も中途半端に終わる。
狼がいなくなった頃には、生存者が五十名。
「ふふふ、ふ。今日の事、私を傷つけた事。覚えておきなさい」
彼女は狼と共に、突然現れた闇の中に消えていった。
それと同時に集めてあった死体の下に魔法陣が現れ、死体は闇の中に搔き消える。
「助かった、ロレンチカ」
「ったく、なんだよ。やめた兵なんか引っ張り出しやがって」
無精髭、黒髪、くわえ煙草。よく見ると、左腕が無い。また、右目には傷がある。
ロレンチカ。元ワレバル。つまり元闇の賢者。
通常は死ぬまでだが、ある戦闘で左手を失い、ワレバルの証である右目を自分で潰した。
「いや、まだ王都にいてくれてよかった」
数年ぶりの再会に、王都捜査班との合流指揮を執りつつ話してしまう。
「いてくれなかったら、お前の作った術符がなかったら、全滅してた」
真剣な顔。
「だが、あれは誰なんだ?最低でもBランク。それに、何故王城は空なんだ?」
「それはーー」
本来なら彼が聞いた相手は間違っていない。
しかし今回、その質問に答えられるものは一人。そう。王女しか作戦の全体像を把握していない。前代未聞だ。
そのことを言うと、ロレンチカは黙って少し考え込む。
彼は考え事を邪魔されるのを嫌う。
だから、ワレバルは王城に入った。
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エルサート城。
五百年の歴史を誇る、王国のシンボル。
石を組み立てて作ったこの城は、それだけでも結界の役割をしていた。
塀の全長は二キロという長さで、それだけでも大きさを物語る。
階数は五階だが、地下は四階まである。四メートルはあろうかという門をくぐると、階段の左右に兵士の石像があり、荘厳な雰囲気を醸し出す。
階段から視線を上げると、ステンドグラス。
そこで、赤と青のガラスで出来た猫と鳩のような鳥が戯れている。
この二匹はプリベル神が飼っていたとされていて、この国では神聖とされている。
右を見ると応接間と休憩所。それに食堂がある。
左には図書館、武器庫。
図書館といっても、ここには黙示録の原書など、機密事項はない。
あるのは現代魔法のことや、王国の歴史、薬草のことなど、きりがないほど簡単で安全なものばかりだ。
赤い絨毯を登ると会議室。右は五賢者や、その他の寝室。
因みに寝室には全てバスルームがあり、スイートルームのような心地よさだ。左は王族の部屋。
三階は魔法研究室。
苦情が来てから完全防音となった。
四階は王の部屋。
五階は王の間。ここは主に儀式などに使われる。
地下は城で消費される魔力を供給する設備。宝物殿、そしてもう一つの図書館がある。
この図書館にこそ、真の黙示録があるのだ。
ワレバルの目的は、ここだ。