ミレバルとワレバル
水の賢者、ミレバルの部隊は川を下っていく。
右の青い瞳は賢者の証。
賢者は必ずオッドアイになり、炎の赤、土の緑、光の黄、闇の紫、そして水の青となっている。
世の中には様々な瞳の持ち主がいるが、例えば赤い瞳を持つ者は確実に炎の魔法使いにはならないという法則がある。
そのルールは全てに当てはまるのだ。
故にミレバルは、束ねた白髪に、似合わない緑と青の眼を持っている。
エリド王国には川が多く、ミレバル達水使いにとってはいい環境だと言えた。
平たい氷のボードを作り、それに乗って空中を滑っていく。
この魔法は近くに水辺がなくてはならない。水を創り出すこともできるが、魔力を消費する為、できる限り少なく抑えたい。ボードからは常に水が失われて行く。その分を補う為に川の上なのだ。
先ほどまでいたペテロ草原からはドーン川を下っていくしかないが、幅が狭い為、一列で進む。
「煙…」
煙が見えた。それも王城の方角。
時間的には、ワレバル達はもう着くくらいだろうか。
彼らが着いていてくれれば安心なのだが。
その時、川沿いを進んできたのだろうか、ワレバルの部下二十名程がこちらに向かってきた。
「ミレバル様。ワレバル様の命で来ました、漆黒の翼部隊長、ウィットスです」
シャドーボードでこちらに並走しながら説明してくる。
「ワレバル様達、漆黒の剣らは間も無く王城へ。その他の部隊はエレバル様と合流の後、王城へ向かいます」
それならば安心できる。漆黒の剣は五賢者のすべての部隊の中で最も強い。
魔力の少ない盗賊など、相手にならないだろう。
しかし、判然としない。どうして魔法使いとしての技量が無いに等しい盗賊に、王城の占拠などという真似ができたのか。
「ありがとう。君達はこちらといくのか?」
「はい、迷惑ならば隠れますが」
隠れるというのは、シャドウダイブのことだろう。
自らの影に隠れるという技だが、正直影だけが動く姿は好きではない。
「いや、このままで偵察をお願いできるかな。こちらよりそちらの方が得意だったろう」
「了解致しました」
五人はミレバルの部隊を囲み、個々に術を発動する。
術符、シャドウアイ。それを地面に叩きつける。
サーという音が聞こえ、黒い輪が広がっていく。それを移動しながら行えるのは、日頃から隠密任務で騎士団と協力している所以だろう。
隠密に長けているワレバル達は森の野獣の警戒や警護任務が多く寄せられる。
だが、他の部隊はそうはいかない。
災害のときくらいしか要請がないのだ。
あっても村にモンスターが出たなど。
正直大概のモンスターは棍棒でも倒せる。が、モンスターにそもそも恐怖している村人達は、すぐに馬にまたがって巡回所へ飛んでくる。
駆けつけてみると何も持たないゾンビが一体、村の中を徘徊していて、来るのにかかった時間より早く処理が終わる。
そして村長から手厚い感謝をいただき、帰っていくのだ。
まあ、訓練はしている。それもきつめの。
訓練は王女の命令らしかったが、ようやっと意味がわかった。
しかし、五賢者にも知らせないとは、何を考えているのだろうか。
「ミレバル様、ゾンビと思われる集団を進行方向約一キロ先に発見しました」
ゾンビ?盗賊に関係が?
「数は?」
「おおよそですが三百程です」
異常だ。
川幅も広くなって来た。三列になる。
「蒼の剣、矛は私と共に王城へ。他はゾンビを倒してからだ」
「了解しました」
「私たちはどうしましょうか」
ただでさえ魔法攻撃の効きにくいゾンビ達。実戦の経験がある者がいてくれた方がいい。
「君たちは残ってくれ」
ミレバルの部隊は蒼の剣、盾、弓、矢、矛、翼、雷、猫、鳥、そして蒼の翼。
各部隊が剣一番隊という様に八番まである。
一隊は五名、計四百名だ。
しかし、今回は虎以降の部隊はいない。五聖地のうちの一つ、ラガ湖に行っている為だ。
「そろそろ現れます」
急な曲がり角を滑っていくと、ゾンビの群れ。川の中にまでいる。
密集していて避ける隙もない。恐らくは壁役。足止めが目的だろう。
ーーーなら。
「アイスシャワー!」
大きい氷の雨がゾンビを襲う。が、突然現れた植物の壁の前に砕け散る。
ゾンビの使役する、最下級の魔の植物だ。
しかし、この植物『デーモンステム』は現れるだけで何もしない。今はそれでありがたいが、放置すると周りの木々を侵食する為、出来ればやめて欲しい。
でも。
「それは考慮済みだ」
勢いをつけ、氷で濡れる植物の上を滑り、ゾンビの壁を突破する。
「後は頼んだ!」
城の煙は大きくなってゆく。
背後からは既に血の香りがしていた。
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「…これは……」
燃えていた。
が、城ではなく。
「倉……庫…?」
「ワレバル様、これは一体…」
城からは戦いの音もなく、血や肉の焼ける匂いは倉庫から。
ぅ…うぉぇという声と酸の香り。
その香りが気にならないほど、ものすごい匂いだった。
訝しげに倉庫から少し目を離す。
その視線の先にもう一つの倉庫。
「なっ……火を消すんだ、早くしろ!」
「は、はい!」
部下たちは吐き気をこらえて鎮火用の放水ポンプに魔力を送る。
シューと勢いよく水が出てくる。
二箇所、三箇所、と増えていき、火は弱まるが、隣の倉庫に引火する。
「伏せろ!」と言うが、間に合わない。
ドン、という爆発音。それに合わせ、隣の火石倉庫が吹き飛ぶ。
爆発はものすごい勢いだった。シャドウダイブなど考えもつかないほどの勢い。
木でできた倉庫は一瞬で吹き飛び、隣の倉庫もまた勢いよく吹き飛ぶ。
「……くっ………ぅ…無事か……?」
ゆっくり目を開けると、土が舞っていて。その前に手が。
手を握って言う。
「……無事か?」
返事が無い。そして気づく。
隊の印である刻印が無いことに。
警戒し、起きようとすると「んがっ」激痛。
脇腹に木片が刺さっている。
防御服の上から刺さるということが爆発の大きさを物語る。
右手で木片を掴み、抜く。
「…ぅうっ!ぁっ……あぁっ」
足元には先ほどの手がまだ転がっている。誰か知る由もない。
理由は簡単。肘から先のみしかないからだ。
真っ赤な血が燃え、骨にこびりつき、皮膚は爛れている。
思わず木を手放す。
「……たい……ちょう、無事ですか?」
後ろから間違えようのない声。剣の副長、オズラインだ。
幸いか、衝撃で飛ばされただけで、大事はないようだ。
「オズ……ラインか」
埃も収まり始め、視野が広くなっていく。
そこに広がるのは、木の刺さった部下たちの死体。千切れ飛んだ盗賊の死体。
地獄絵図。阿鼻叫喚の叫びが聞こえてきそうだ。
しかし実際は。
「…うぁ……」「…なんだ……」という声。
倉庫の中に入っていたのか、大量の肉塊。
そこらに転がる手、足、頭、胴。
苦しみながら死んでいったような、焼け焦げた、白目の顔。
祈るように合わせられた手。
思わず尻餅をついて、置いた手の先にも顔があって。ひっ、と声が出る。
自分の立場がなかったら逃げたかっただろう。
「し、漆黒の盾二番隊、生存者二十八名です!」涙をこらえた鼻声に、皆が動き出す。
「漆黒の弓一番隊、生存者二十五名!」
「漆黒の剣五番隊、せい、生存者。な、十七名」
十七。半分以上死亡ということだ。
その後も報告が続き。
生存者百十六名。内、五十九名重軽傷。
壊滅的。いや、実際壊滅している。
しかし、この国での死は、新たな敵の生。
ゾンビや、スケルトン、グール、最悪の場合、リッチーなどにもなる。そのメカニズムは分かっていないが、魔力の大きい者ほど上位のモンスターになると言われている。
「エレバルの到着までけが人の手当を。遺体は一箇所に並べ、トゥルーダイの準備」
トゥルーダイとは、死体をモンスター化させないための魔法。真の死をもたらすことで、モンスター化を止める。
「……わかりました」
黙々と、けが人の手当てと遺体の移動を行う。
誰も文句は言わない。
黙って運ぶ。魔法では運ばない。そういう習わしだ。
「隊長。こちらへお願いできますか」
「…わかった」
最期を見届けるため、重い足を運ぶ。
「ナバヤータ」
「た、隊長……」薄い目を必死にこちらへ向けようとする。
親友のカレンに体を支えられて座っているが、その間にも胸からの血は止まらない。
弱冠二十五。
あまりにも早すぎる死。
「お…おれは…ふぅ……やくっ…に、た…てたの……で、しょうか」
「もちろんだ。去年の冬のことは、君のお陰だろう」
血が、口の端から流れてくる。
「か、カレンを……この馬鹿を…おねがっ…い………します」
口角がほんの少し、あがる。
いつもの大きな笑顔は少しも見えず。
「お前の方が馬鹿だろ、馬鹿。こんなことで……」
涙目のカレンと、それを見て笑うナバヤータ。その姿に、ワレバルはかつての仲間を重ねる。
「どっちも馬鹿だよ、互いに負けないくらいに」
ふふっ、とナバヤータは少し笑い。
「…俺の、分まで」
目を、閉じた。
「馬鹿がっ………」
カレンは親友であったものを両手に抱き、ゆっくりと歩いて行く。
ワレバルは声をかけられない自分を嫌悪する。
「トゥルーダイの準備、整いました」
「わかった。……すまない」
全ての遺体が綺麗に置いてある。各遺体の上には、天使の導きと呼ばれる石がある。その前にワレバルが立った時。
「それはダメよ〜。それは私のものになるんだから…ね♡」