その視線の先にあるものはあなたの瞳には映らない
ツァイト。
顔のない人形。顔がないのであれば表情もない。瞳も鼻も口も。だけれども、あなたは私を見つめている。
「私はあなたをしっかりとみていますよ」
ツァイトは私にこう言った。
そんな事を信じろと言う方が無理な話である。私は言ったの、瞳もないくせに、とね。すると、ツァイトはクスクスと笑ったわ。
何が可笑しいのかと私はツァイトを睨んだ。
「あなたの瞳には私が映っていますね。でも、みえてはいないようです」
人形のくせに。
「そのルビーの瞳は飾りなのですか?」
私を馬鹿にするかのように囁く。
「私はあなたがみえている」
私はこの人形が嫌いだ。
代々受け継がれてきた大切な人形?
冗談じゃない。
私はこんな物で満足するわけがない。母親が与えたのは愛でもお金でもなくこの人形だった。私を置き去りにして。手に届かない遠くに行った母親はこんなくだらない物しか私に残さなかった。
いらない。
要らない。
「私はあなたなんて要らないの。こんな物残して、私は満足するとでも? こんなのより私はお金を残して欲しかったわ。買いたい服もアクセサリーもあるの。欲しい物がたくさんね。なのに、私に残したのはあんただけよ」
人形と喋るなんて馬鹿みたい。
でも、どうせ最後だから。
「ああ。私は間違っていないと思うぞ。お前の妹は優秀だ。お金は妹に渡すのが当然だと感じるが?」
「煩い。お前なんかに何が見えるって言うのよ。分かるっていうのよ」
笑い声が部屋にこだまする。
「お前は本当に宝の持ち腐れだな。そのルビー、私にくれないか?」
何を言っているんだこの人形は。
これ以上話していたら頭がおかしくなりそうだ。さっさと燃やしてしまおう。
「……言ったはずだ、愚かな娘よ。私にはみえていると。何もみようとしないお前と違ってな」
私はツァイトから目が離せなくなった。
まるで体を掴まれてしまったようだ。びくとも動かすことができず、震える。人形であるはずのツァイトが目の前に迫ってくる。
要らない。
いらない。
「お前が要らないのはこの私ではない。そうだな?」
「ぎゃぁあああ」
彼女の目からはルビーが零れ落ちた。
「残念だったな。お前の娘は何も変わらなかった。代わりに、私は欲しかったものを手に入れた。それは感謝しよう」
窓の外を見つめるツァイトの瞳は太陽の光を受け、輝く赤色の宝石のようであった。