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侘助が目を開けると、そこは森の中であった。


さっきまで自分の部屋にいたはずだったのに、あまりの事態に一瞬景色が歪み血の気が引いたが、すぐに重要な事に思い当たり、狼狽している場合じゃないと気がつく。


部屋で一緒にいたはずの由香里はどうなった?慌てて周りを見渡すと、侘助の真後ろに由香里が倒れていた。


「おい、おい!大丈夫か!おい、目を覚ませ!」


「……うーん……」


どうやら一時的に気を失っただけで意識はあるようだ。

由香里は目を開ける。


「えっ?何これ?ここどこ?えっ?どういう事?」


「分からん。気がついたらこの森の中にいた。こうやって実際に草や土の感触を感じてもなお、荒唐無稽過ぎて夢なんじゃないかと疑っている自分がいる」


侘助がそう言うと、何を思ったか由香里は侘助の頬をえいっと引っ張った。


「いて!何をするんだ!」


「ほっぺ痛い?」


「当たり前だろ!」


「やっぱり、夢じゃないんだ!」


「う、嘘だろ!?人の頬をつねって現実か確かめるなんてやつが現実に存在するのか?」


「戸惑ってるね?残念だけど私の存在は本物だよ!」


侘助は深い溜息をついた。


「お前は凄いな。こんな時なのに」


「ははは。ちょっとは冷静になれた?」


そう言った由香里の身体が小刻みに震えているのに侘助は気がついた。

本来なら自分が勇気付けなければならない立場の筈なのに。


「……歩けるか?」


「うん、体は大丈夫。制服に土がいっぱいついちゃったよ」


2人は歩き出した。何処へ行くとも知れず。


これが登山中の遭難であれば、道を覚えていれば引き返す、分からなければ上を目指し登る、それも無理であればその場に留まり救助を待つというのが基本なのだが、今回の場合はそうもいかない。


突然森の中で目を覚まし、道も平坦、助けが来る見込みは無い。


あては無くとも2人が助かるにはとりあえず歩くしか道は無かった。


30分くらい歩いたろうか、最初は由香里がなんやかんやと喋っていたが、段々と2人とも無言になる。


由香里の歩みが遅くなってきたため、侘助はチラリと後ろを見た。そこでハッと気がつく。


由香里は足を引きずっていた。


無理もない。侘助と由香里は裸足だった。森の中を裸足で女子高生が歩くのは並大抵の事ではないだろう。


侘助は自分の不甲斐なさにギリギリと歯を噛み締めた。


しかし悔やんでいても何かが変わるわけではない。侘助は由香里に背を見せスッとしゃがみ込む。


「……乗れ……」


「えっ?」


「おぶってやるって言ってるんだよ、早く乗れ」


「い、いいよ!私重いし、それにまだ疲れてないし」


「……足、怪我したんだろ」


「あ、あれ?バレてた?」


そう言って由香里はおどけてみせる。


「で、でも本当に大丈夫だから!私、足手まといにならないから!」


「そんな足で歩いていて、いざという時動けなくなったらその方が迷惑だ。いいから乗れ」


「は……はい」

そう言って由香里はおずおずと侘助の背に乗った。


「……ごめんね」


「……謝らなくていいんだ、こういう時は」


侘助がそう言うと由香里はちょっと元気を取り戻し微かに笑った。


「そうだよね、ごめんじゃないよね。ありがとう、侘助さん」


そう言われた侘助もふっと笑みをこぼしたのだった。



2人はまたしばらく森の中を進んだ。最初は由香里は自分が重くないか侘助を心配したが、侘助の鍛え方は伊達では無かった。女子高生1人担ごうが、ひょいひょい進んで言ってしまう。


しかしいつになっても見えてこない森の出口に嫌気がさしていたその時だった。由香里はある事に気がつく。


「水の音がする」


「本当か?どっちだ?」


「たぶん、あっち」


由香里が指差す方にしばらく歩くと、確かに侘助の耳にも川のせせらぎが聞こえた。


「よくあんな所からこの音が聞こえたな」


「ホントだね。おぶわれていたから音に集中出来たのかも……あれ?待って?」


「どうした?」


「川の方から、なんだか話し声みたいな音がする」


「野生動物だったらまずいが、人だったら願っても無いチャンスだな」


「うーん……動物とは違うと思う」


「なら急ごう」


そう言って侘助は早足で川まで向かう。


視界が開けてきた。確かに小川がある。そして二つの動く影。動物じゃない、服を着ている。あれは人間だ。


「おーい、そこの二人」


侘助がそう呼びかけると二つの影は揃って振り向いた。


振り向いた顔は人間のそれとは違い、薄汚れた緑色で耳が鋭く尖っていた。


「ギィー!」


そう声を上げ、二匹のゴブリンは侘助と由香里を威嚇した。


「なんなんだ、こいつらは!」


由香里はゴブリンの姿に恐れ慄き戸惑っていたが、侘助の方は違った。


侘助は一瞬でゴブリン達がこちらに敵意を持っている事を察知した。そしてゴブリン達は威嚇だけでなく、侘助達の隙をみて、襲いかかってくるだろうということも、侘助にはわかった。


それは長年格闘技を続けてきた侘助の野生の勘の様なものであった。


「すまない!」


侘助はそう言って草の生い茂っている辺りに由香里を投げ込んだ。


「ええー!?」


流石の侘助も由香里を担いだままでは戦えない。最良の選択であった。驚きはしたものの、由香里に怪我は無い。


侘助は一瞬で構えを作る。


ゴブリンの体は小さい、体格は小学生と同程度。しかし侮ってはならない。力は強く何より凶暴だ。さらにこのゴブリン達は鞣し革の鎧を身につけていた。

「ギィッヒッヒ、ギィイーヒヒ」


ゴブリン達は侘助が丸腰であるのを確認するとニタニタ笑い出した。


二匹のゴブリンは懐からナイフを取り出す。二匹は圧倒的な優位と捉えたようだ。


「ちっ!」


思わず舌打ちをする。侘助は長年空手の修練を積んでいるが、基本は一対一を想定しているし、ましてや武器を持つ相手との戦闘などやった事がない。


さらに相手は異形の化け物、不確定要素が多すぎる。


戦闘態勢を取ったものの、侘助の頭には様々な思考が慌ただしく飛び交っていた。


しかし敵は待ってくれる筈もない。ゴブリン達は侘助目掛けナイフを振りかざし、一斉に飛びかかった。


二匹のゴブリンの動きは決して遅くはなかった。


これが並の武闘家であれば避けきれなかっただろう。だが侘助の空手の腕は達人クラス。二匹の動きを完全に見切る事が出来た。


武器を持った相手の攻撃を受けるのは悪手。ならば捌いて突きが定石。


侘助は二匹の攻撃を軽々と避ける。さらに飛び上がっていた一匹の顔面に重い一撃を加えてやった。


手に感じる確かな感触を確かめながら、侘助は呟く。


「……一ヶ月ぶりで正直不安だったが、体は覚えているもんだな」


一撃をくらったゴブリンの方は目を回したようにふらふらした後その場につっぷした。どうやら気絶したようだ。


もう一匹のゴブリンはと言えば仲間がやられた事に激昂している。


怒りに支配されたゴブリンは力の差も分からず、不用意に侘助の懐に飛び込む。


もちろんそんな攻撃は当たらない。それどころか、ナイフを握っていた手の甲に正確無比な侘助の蹴りがヒットしナイフは吹き飛ぶ。信じられないといういった様子で目を白黒させているゴブリンだったが、そんな事は御構い無しに、その頭目掛けてさらに侘助の二撃目、後ろ回し蹴りが炸裂する。


容赦ない一撃を受けたゴブリンは即死だったたのだろう。地面に倒れて動かなくなった。


「す、すっごい!すっごい!侘助さんってホントに強い人だったんだ!」


「言っただろ。鍛えてるって」


「……ごめんなさい。なんかちょっと女子高生の前でカッコつけたかったのかなーくらいに思ってました」


「……」


「どうかしました?」


「いや、普通に結構ショックで」


「あははは。ショック受けてないでちょっと引っ張って下さい。茂みにお尻はまって抜けなくなっちゃいました」


「もうちょっとそうしてろ」


「あー!傷ついたからって、意地悪ダメですよ!はやくはやく!」


「別に意地悪じゃない。お前を助ける前にこの気絶している耳長緑男を縛りあげなけりゃならない。ちょうどいい具合の蔦が、ここにある」


「ぶー!」


この得体のしれない緑の化け物は何だ?とか、いったいここは何処だ?とか、またこんな風に襲われる事があるのか?など、2人の疑問や不安は尽きることはなかったが、取り敢えず身に迫る危険が去った事で2人は安堵しており、軽口を叩きあう事が出来たのだった。

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