不審な書き留め
何か重要な事があったのだと由香里にはすぐにバレてしまった。
由香里が鋭いのか、侘助が顔に出やすいのか。
今さっき協力すると言った手前、隠すのも憚られたため、侘助は書き留めが来ている事とそれが有働からの物ではないかという推論を正直に話した。
それが不味かった。
「私も行きます!」
「駄目だ!」
「何でですか?一緒に探すって言いましたよね?私もその書き留め、見たいです」
「だからって女の子が一人暮らしの男の家に行くってのは……」
「……何かする気ですか?」
「するわけ無いだろ!するわけ無いが……」
「だったらいいでしょ!行きます!絶対行きます!」
「明日!明日ちゃんと見せる」
「いいえ、信用出来ません!」
「おい、さっき固く握手して信頼を確かめたろ!あれは何だったんだ?」
「あの時100あった高雲さんへの信頼が今の態度で0になりました」
「嘘だろ?そんな薄っぺらいものだったのか?」
「今日見せてくれたら信頼は20になります」
「100じゃないのか?」
「失われた信頼ってのは、そう簡単には戻らないんですよ。それとさっき一緒に払ってもらったドリンクバーのお金、高雲さんの家に行ったら払いますね」
「それくらい奢るよ。こっちは大人なんだから」
「……今高雲さんの信頼が50になりました」
「そう簡単に上がらないんじゃなかったのか!?」
という感じで、ファミレスを出た後は始終由香里のペースだった。そして結局は、
「書き留めの中身を見たらすぐに帰ってもらうからな」
という言葉を侘助から引き出したのだった。
侘助達がマンションについて30分程して配達員が来て書き留めが届いた。
書き留めを受け取った侘助はすぐにそれをリビングに持っていき由香里に見せる。
2人はごくりと唾を飲む。
確かに差し出し人がない。そしてこの書き留めはA4サイズの少し大きな封筒だ。
2人は緊張の面持ちで封を切った。
中から出てきたのは一冊の大学ノートだ。
他に何か入っていないか封筒を逆さにしてみたが何も無い。
こうなってくると益々怪しくなった。
「ノート一冊だけ書き留めで送るって、やっぱりちょっと変ですよね」
「ああ。……やはり有働の失踪と関係がありそうだ」
「……中、見てみましょう」
侘助がノートを開くと一ページ目にはこう書かれていた。
『このノートの中を見るなら、周りに人がいないかよく注意してくれ。
必ず一人で読んでくれ』
侘助はその字をまじまじと眺めたが、有働の字に似ている気もするし、そうでない気もする。
「早く、次のページ見ましょう」
必ず一人でと書いてあるのに由香里がいる事を侘助はちょっと気にしたが、それも今更である。
ここまで来て由香里が引いてくれる筈もない。侘助は黙って次のページを開く。
『差し出し人を書かなかったのはこのノートが万が一誰かの手に渡った時の事を考えてそうした。
頭の良いお前なら、もう俺が誰か察しがついてるだろう』
確かに、状況的に考えれば、こんな事をするのは有働くらいだろう。しかし侘助は何か引っかかるものがあった。
有働の性格的に、こんな回りくどい事をするだろうか。
だが由香里が早く早くと急かすので、仕方なく次のページをめくる。
『俺は無実の罪を被り逃げ出している。奴らは俺に罪を着せるだけでなく、口封じをしようとした』
何故このノートは、一ページに少量しか書かれてない?なぜページをめくらせようとするのか。
たったこれだけの文章、一ページ目に書けてしまうのに。
『今実は俺は一人ではない。俺と同じく口封じをされるのではないかと思い、あいつを連れ出した』
「これ、きっとお兄ちゃんの事だ!」
『俺が今いる場所を、次のページに書く。もしお前が俺達に協力してくれるなら次のページを開いてくれ。
ただ強制は出来ない。このままノートは捨ててしまって構わない。お前が決めてくれ』
やはり、違う、と侘助は思った。これは有働が書いたノートではない。
誰かが有働を偽ってノートを送ってきた。有働はこんな事を書かないし、こんな回りくどい真似はしない。一つ一つの違和感は些細だが、それがここまで積み重なれば間違いない。
そして、この次のページをめくってはならない……。
これは、予感だ。悪い予感だ。予感はあくまで予感だが、こういう時は往々にして的中する。
侘助がめくるのをやめようと言おうとするよりも早く、痺れを切らした由香里が身を乗り出しそのページをめくってしまう。
その瞬間ノートから強い光が溢れ出し、侘助と由香里の二人を包んだ。
ノートが光を放ったのは一瞬の事。たちまち消えてしまった光と一緒に、ノート、そして侘助と由香里の二人も、この世界から一瞬にして消えてしまったのだった。
 




