危険な捜索
このまま道端で話している訳にもいくまいと、侘助は由香里を近くのファミレスに誘った。
初対面の女子高生をいきなり誘うというのはもちろん抵抗があったが、今の侘助はどんな些細な事でもいい、情報が欲しかったのだ。
由香里の方も侘助の誘いに戸惑いはしたものの、兄を見つけたいという気持ちが優った。
2人はファミレスに入りドリンクバーだけを注文すると、すぐに井筒純也の失踪について話し始めた。
話し始めたとは言ったものの、実際話していたのは由香里の方で、侘助の方はただたまに相槌を打つくらいだった。
由香里の話はざっくり言えばこうだ。
井筒家に一ヶ月程前に警察官が現れ、突然井筒純也の行方不明届を出す様に勧めを受けた。
井筒の母親は息子がいなくなっている事をその時初めて知り、もちろん警察の言う通りに行方不明届の手続きをしたのだった。
しかし、一週間経ってもで井筒純也は見つからないし、それ以降警察からの連絡もない。
そんな状況にしびれを切らした由香里は、とうとう自分で兄を捜索する事にしたのだ。
するとどうした訳か、今までは全く無かった井筒純也の悪評が爆発的に広まり出した。
その内容は井筒純也が警察本部の金を横領し逃げているだとか、重大な犯罪を犯してしまい指名手配中だなどと言うものだ。
そんな噂が立ち上ったせいで、井筒の母親はノイローゼになり、井筒父も会社で不遇を受けているらしい。
さらに問題はそれだけではない。井筒純也の悪評が広まったのと同じころ、井筒の母親が変なことを言い出したのだ。「誰かが私たちを監視している気がする」と。
最初はノイローゼ気味の母の妄言かと思っていたがどうもそうでもないらしい。井筒の父親も怪しい人を見たというし、由香里本人も何処からか視線を感じる事があった。
そんな時に、たまたま侘助が付近で聞き込みをやっていた訳である。それを見た井筒由香里の友達が不審者だと思い本人に連絡し、居ても立っても居られなくなった井筒由香里は侘助に文句を言いに行った。
それが侘助がいきなり蹴られた件に繋がるのだ。
侘助は由香里の話を聞き事の重大さに気がついた。
おそらく井筒の家族が監視を受けているのは事実だ。そしてそれは警察だ。何故なら井筒も有働も行方不明の捜査は公開捜査になっていない。つまり井筒が行方不明である情報を持っているのは警察か家族だけなのだ。
井筒の家族が感じた視線が尾行や監視だとするなら、そんな事を数週間も続けられるのは個人とは考え辛い。
それこそ警察の様な組織の力が必要だ。
つまり井筒と有働の失踪は警察が家族を監視するまでの重大案件になっているのだ。打ち切られた様に見えた捜索も秘密に続行されているのかもしれない。
これは不正アクセス以外にも、何か重大な秘密があるのかもしれない。
侘助は深い溜息をつき由香里に告げる。
「話を聞かせてくれてありがとう。ただ、何と言うか……君はこの件から手を引くべきだ」
「……絶対そう言うと思ってました。高雲さん途中から顔真っ青になって一人で唸ってるし。
駄目ですよ、私絶対、兄を見つけますから」
侘助はより一層憂鬱になる。
「手を引け、捜索は警察に任せろ」
「嫌です。
だって……私達を監視してるのって……警察なんでしょ?」
その言葉に侘助は一瞬たじろぐ。その様子を由香里は見逃さなかった。
「やっぱり……。
私、分かってるんです。お兄ちゃんが何か隠してた事。たぶんお兄ちゃん、人に言えない悪い事をしていたんです。
兄がいなくなる2日前、兄が部屋で誰かと電話しているのが聞こえました。兄は焦った様子で、感づかれているって本当ですか、どうしたらいいんです、あの人にバレたらおしまいだとか。
私なんだか恐くなって、自分の部屋に戻りました。あの電話、きっと兄と一緒に悪い事してた人からなんです」
侘助は由香里にこれ以上隠し通せない事を悟った。
「……君の言う通り、監視の正体は十中八九警察だ。だからこそ、今手を引けば……」
「兄は!
……兄は悪い事をしていたかもしれません。でも、私にとって兄は……。
高雲さんも、探している人がいるんですよね?それって何でですか?……その人の事が、大切だからじゃないんですか?
……諦めろって言われて、簡単に諦められるんですか?」
由香里の意思は固い。いくら侘助が説得しようと、由香里は捜索をやめないだろう。
「……分かった。君がどうしても井筒純也を探すと言うなら……一人でやるな。私と一緒に探せ」
「えっ!?」
意外な申し出に、由香里は驚く。
「井筒純也は私が探している男、有働春彦と一緒に失踪している。そして有働は井筒純也と同期の警察官。
そして私は元警察の人間だ。
案外私が探している有働春彦と君のお兄さんは一緒にいたりするかもしれない。
それに君が一人で探すより、元警察官の私が付いている方が、よっぽど効率がいいとは思わないか?
他にも2人で探すメリットはある。
これでも身体は鍛えてきているんだ。何か危険があっても君を守れるだろう」
由香里は侘助からいくつもの事実を告げられ驚いていたが、それ以上に侘助の提案に疑問を感じた。
「なんだか私に都合の良いことばっかり。高雲さんが私と一緒に行動するメリットなんてないじゃないですか」
「君は井筒純也の捜索を辞める気はないんだろ?一緒に探すなら君の安全は私が守れる。それがメリットだ。
さぁ、選んでくれ、私と一緒に探すか、このまま一人で捜索を続けるか」
由香里はぐっと唇を噛みしめる。
「……私、足手まといにはなりません。必ず高雲さんの力になります。危ない事だって覚悟しています。
だから、一緒にお兄ちゃんを探してください」
由香里の返事を聞き、侘助は由香里に右手を差し出す。
「よし、じゃあこれからは絶対に単独では動くな。何かやる時は必ず連絡する事。いいな」
由香里は差し出された手を取る。
「分かりました」
侘助と由香里が協力関係を結んだ直後、侘助の携帯に着信があった。
「すまない、ちょっと」
由香里に断って携帯の画面を確認すると知らない番号だ。
「はい、もしもし」
「郵便の者ですが、高雲さんの携帯でよろしかったでしょうか」
「はい、そうですが」
「簡易書留が届いておりますがご不在だったので、今日はいつ頃お戻りになられますか?」
「書き留め?すいませんが差し出し人は誰になっていますか?」
「それが、差し出し人は書いてないんですよ。心当たりありませんか?」
差し出し人の書かれていない書き留め。侘助の頭に真っ先に浮かんだのは有働春彦の姿だった。
有働は何かのっぴきならない状況に陥って姿を隠しているのだとしたら、宛先を書かずに自分にメッセージを送り助けを求めてくる可能性は十分にあると侘助は思った。




