不正アクセス
侘助は大学を卒業後、警視庁にキャリア組として就職した。
有働も同じく警視庁に入ったが、キャリアではなかったので侘助は警部補、有働は巡査である。
しかし侘助も有働もそんな事は気にせず、プライベートでは相変わらず二人は一緒に道場に通ったり飯に行ったりした。職場では部署も違うのでほとんど会うことがないため、何も問題は無かった。
二人とも仕事に慣れて来た社会人数年目のころ、有働が道場で浮かない顔をしているのを侘助は見つけた。
「お前らしくもない。いつも悩みなんて無縁なんて顔しているくせに」
侘助が声をかけると有働は辺りを見渡し何か警戒しているような様子だ。
「侘助……今日の練習は少し早く上がってくれないか、話があるんだ」
今まで有働がここまで真剣に話をしてきた事は無い。何かのっぴきならない事態になっているのだと侘助は悟った。
「分かった」
有働は練習が終わるといつもの飯屋では無く、個室が使える飲み屋に侘助を連れ出した。
「誰にも聞かれたくなかったからな、個室にした。悪いが今日は酒は……そうだ、お前は元々飲まなかったな」
一通り注文が届いた頃に、有働は深いため息をついた後、話をはじめた。
「単刀直入に言う。警視庁のデータベースを悪用している奴がいるかもしれない」
「データベース?何のデータだ?」
「犯罪者情報だ。お前にわざわざ説明する必要もないだろうが、犯罪者であろうとその個人情報は捜査の名目以外で使用するのは犯罪だ」
「犯罪者情報なんて、捜査以外何に使うんだ?ゆすりや脅迫か?」
「犯罪者情報を調べている理由までは分からん。だが相当数の犯罪者を調べているのは間違いない」
「で、誰なんだ?」
「俺たちの同期だよ。お前はキャリアだから分からんだろうが、井筒って奴だ」
「……確かなのか?」
「限りなく黒に近いグレーだ」
「……お前、この話他の奴に話したか?」
「いや、まだお前にしか話していない。俺はこれから井筒の事を調べるつもりだ」
「だったら俺も……」
「いや、お前には別の事をやってもらいたい」
「なんだ?」
「犯罪者情報のデータベースに入れば履歴に足跡が残る。
井筒が不自然にデータベースに入っているのはほぼ間違いないのにもかかわらず問題になっていない。
これは情報管理課の誰かが協力していなければ不可能だ」
「つまり俺は、その情報管理課の協力者とやらを探せばいい訳だな」
「そう言う事だ。正直井筒を見張るより難しい仕事だと思うが頼めるか?」
「ここまで聞いて、俺が断ると思うか?」
「ふっ。そうだよな。本当は俺だけで何とかするつもりだったんだが情報管理課の奴とは何もコネが無くてな。署内で信用できて、情報管理課からも話を聞けそうなのはお前しかいなかった。すまないな」
「俺も情報管理課に知り合いはいないが、実は2年前まで情報管理課の部長だった天音警視と最近付き合いがある。その線から調査できると思う」
「それは好都合だ。情報管理課の奴は誰も信用できないが、二年前の部長なら問題無いだろ。
井筒がデータベースにアクセスし始めたのはおそらく最近だしな。
それに天音警視は真面目でかなり優秀な人だって話だ。お前の裁量で天音警視にもこの話をしてもらって構わない。
ただ、井筒が不正をしているのが決まった訳じゃない。
天音警視に話す時は井筒の名前と、できれば俺の名前も伏せておいてほしい」
「そうだな、分かった」
「とりあえず各々調査して、3日後またこの場所この時間に2人で会って話をまとめよう」
「ああ」
この不正アクセス事件が、銀一郎達を巻き込んだ異世界大量失踪事件にまで発展していくとは、この時誰が予想できただろうか。
何故異世界に子供達は送りこまれたのか。事件の犯人と動機を見つけるヒントはこの事件にこそあったのだ。




