激戦
ヒナの魔素による肉体操作は、銀一郎の数段上をいっていた。
常人では反応もできない程のスピードでゴブリンキングもとい、ゴロタ目掛け突っ込んでいくが、恐るべき事にゴロタはその動きを捉えていた。
ヒナが間合いに入るとゴロタはハルバードで一帯を薙ぎ払った。
一直線に高速進行しているヒナが途中で方向転換をするというのはかなり難しい。必然ヒナは飛び上がりヒラリと攻撃を回避する。
「まだだ!」
ヒナは避けるだけでは緩いと感じたのか持っていたナイフ二本を空中から投擲したが、ゴロタはそれを避けもしない。
ナイフは見事にゴロタの胸辺りに命中するが、ゴブリンキングが生まれつき持っている厚い表皮には傷一つつけられない。
ただの魔素を込めないナイフではダメージすら通らない。
「ナイフは駄目、それなら……」
ならばとヒナはそのまま後ろに飛び退き、その後ゴロタと距離を取る。
弓と矢を取り出しギリギリと引きしぼる。
たった一本の矢に、溢れんばかりの大量の魔素を込めていく。
ゴロタはヒナが打とうとしているそれがどれだけの力を持っているのか本能的に理解したようで、ハルバードをぐっと握りしめ、構えをとった。
ギュンと言う弦の音に続き、ヒナの弓から矢が超高速で放たれる。
放たれた矢には禍々しい程の魔素、その威力を正確に測る事は出来かねるが、おそらく生身の人間に当たれば木っ端微塵だろう。
ゴロタは殺意を持って向かってくるその矢目掛けて、ハルバードを渾身の力で振り下ろした。
矢とハルバードがぶつかり火花が散る。
「バチバチバチバチバチバチ」
ゴロタは激しい光と音を見つめ目を爛々と輝かせた。
「ウォォォォォォォン!」
ゴロタの雄叫びと共に、矢は叩き壊される。
凄まじい一撃であったがこれもゴロタには届かない。
「す、すごっ……」
レイナはヒナとゴロタの超次元の戦いを目にし、驚き固まってしまった。
銀一郎もヒナの手助けをと思うのだが、このレベルの戦いの最中に入っていくというのは、相当の力量がいるし、中途半端な手助けはかえってヒナをピンチに陥れる可能性さえある。
いつでも動ける構えを取るが、今はその戦いをを瞬きもせず見守るのみだ。
矢を防いだゴロタは、久々の強敵を前にして舌舐めずりしてみせた。
ヒナも構えを解きふっと笑ってみせる。
「矢は防がれたが、必死で防いでいた所を見ると、当たればそちらもただでは済まないと見える」
ヒナの見立ては当たっている。あの矢が当たればどこであろうとゴロタは無事では済まない。
「あ、当たらないよ!うちのゴロタはつよいもん」
クイーンは怯えながらもヒナに噛み付いてみせる。
「それはどうかな?それに当たらないと言うならそちらの攻撃も到底こちらには当たらない。
私の方が数段早い」
ヒナの言葉を聞き、クイーンはムッとくちをヒン曲げた。
「ご、ゴロタは、強いんだから!」
クイーンがそう叫ぶとゴロタはヒナ目掛けて向かっていく。
どんな攻撃が来てもヒナには避けられる自信があった。
確かにゴロタのスピードではヒナにかすりもしないだろう。しかしそれは先ほどまでの事。
戦況は既に変わっていた。
「魔装一式、疾風迅雷……」
クイーンがそう呟くと、ゴロタのスピードが上昇した。
「なにっ!?」
振り下ろしたハルバードを間一髪横っ飛びで避ける。
「(なぜ急にスピードが上がった?さっきまでとは段違いだ。しかし、まだ避けられる……)」
ゴロタは間髪入れずにヒナを攻め立てる。
「魔装二式、勇猛無比……」
ダァーンダァーンとゴロタがハルバードを打ち付ける度に地鳴りが起こり、土煙が上がった。
「(パワーまであがっている。どういう理屈だ)」
スピードが上がったとはいえ、まだ避けられる。その油断がヒナの判断を一瞬遅れさせた。
クイーンがグッと拳を握り締めたかと思うと、ゴロタの連続攻撃のスピードがさらにもう一段上がったのだ。
「何っ!?」
爆発音と共にヒナは吹き飛ばされた。
「ヒナっ!」
思わず銀一郎が声を上げる。
攻撃は当たりこそしなかったが、動きが遅れたために、ゴロタの攻撃はヒナの足元、わずか数センチ先に叩きつけられた。
その凄まじい衝撃により、ヒナは地面と共に吹き飛ばされたのである。
「くっ!」
なんとか着地し体制を整えるヒナ。
「どう、これがゴロタと私の本当の力」
クイーンは歯を食いしばるヒナに自慢げに言ってみせた。
「どういうカラクリだ」
「ふふふ、私の魔素をゴロタに送ったの。
速度強化の疾風迅雷、筋力強化の勇猛無比。
私とゴロタは、まだまだ強くなる!」
銀一郎がついにいてもたってもいられずに叫ぶ。
「ヒナ!僕も加勢するよ。
一旦作戦を練って……」
「駄目!!」
有無を言わさずヒナは銀一郎の申し出を一蹴する。
何故そこまで拒否するのか、銀一郎は困惑してみせた。
それでもヒナには、一人で戦わなくてはならない並々ならぬ決意があった。
「一人でやらなきゃいけない……」
あの時……。
「私は動けなかった……」
あの時、本当は私はゴブリンキングの強さに怯えていた。
「私は弱かった……」
弱かったから銀一郎に加勢出来なかった。
「私が動かなかったから、銀一郎が傷ついた……」
もっと力があれば……。
「銀一郎を一番傷つけたのは私……」
銀一郎を傷つけた私が、彼と幸せになれるはずがない、でもせめて……。
「せめて……せめて貴方と並んで、立っていられるくらいに、私は強くなりたい!」
ゴロタは猛スピードでヒナに斬りかかった。あれだけの巨体にもかかわらず、ヒナと大差の無い速さだ。
「駄目だ!ヒナ!」
ヒナを助けようと走る銀一郎だったが、割って入れる余裕はかった。
ハルバードの一撃は、今までで一番速い。
しかしヒナは一歩も動く様子がない。
銀一郎があっ、と声をあげる。
クイーンは勝利を確信した。
「……案外あっけなかったわね……」
「ひ、ヒナっ……」
クイーンはふぅとため息をつき、銀一郎はがっくりと膝を落とした。
しかしゴロタだけが、厳しい表情のまま、土煙の先を見つめていた。
視界が晴れる。するとそこには傷一つなく静かに立つ、ヒナの姿があった。
「う、嘘!?避けられるはずないのに。ご、ゴロタ!」
クイーンの声に従い、もう一度ゴロタはヒナを切りつける。
しかし攻撃は空を切る。今までが嘘のようにヒナは軽々と攻撃をかわす。
「ど、どうして?ゴロタと私の攻撃は完璧なはずなのに……」
「……そちらが高速で動くなら、こっちはもっと速く動けばいい。
ただそれだけの事」
「そんな事、できるはずがない!
今までの動きでさえ、貴方の動きは人間の域を超えていたのに!魔素で強化できる限界なんてとっくに過ぎてる!
それ以上の動きなんて……」
「確かに筋肉の強化だけでは限界がある。
だが肉体以外にも強化できる部分は残っている」
「どういう事?」
「神経強化……」
人間の動きは脳からの電気信号が神経を伝わる事によって行われる。
つまりヒナはその神経系を魔素で強化し、反応スピードを速めたのである。
「ば、馬鹿でしょ!
神経を操作する魔素コントロールなんて、不可能に決まってる!」
「神経系だけではない」
ヒナがそう言ったかと思うと、いつの間にかヒナはゴロタの背後を取っていた。
ヒナはそのままゴロタの背中に渾身の蹴りをお見舞いする。
「グワァウォォォォォ!」
ゴロタは思わず痛みに悲鳴をあげる。
「女の蹴り一つでここまで声をあげるとはな」
「嘘でしょ、ゴロタ!?まだ戦えるよね?」
ゴロタはこの世のものとは思えない凄まじい怒りの咆哮を空に向かい叫び、クイーンの声に応えた。
空気がビリビリと震える。
「み、見なさい!ゴロタはまだまだ余裕!貴方、一体どんな手を使ってゴロタを蹴飛ばしたの!?」
「脳を操作して筋肉制御を無理矢理こじ開けた。
今の私は普段は抑えられている身体能力を100パーセント使い切る事が出来る……」
脳の操作に神経操作。体内の魔素を操作した事のあるものなら、それが如何に現実離れした話であるかすぐに理解できるはずだ。
「で、デタラメだ!」
「デタラメでもなんでも、次の一撃で終わる」
ヒナはそう言ってナイフを取り出した。弓矢の時の様にそのナイフに凄まじい量の魔素を注ぎ込む。
短いナイフが目に見えぬ魔素の刀身で刀程の長さになった。
ナイフの刃がその心臓に届かなくても、その魔素の刃が必ずゴロタの息の根を止めにくる。
クイーンはゴクリと唾を飲んだ。
そんなクイーンをゴロタが見つめる。
自信に満ち溢れた瞳だ。言葉こそ話せないが、クイーンとゴロタは意識を通い合わせていた。
「そうよね、ゴロタ。
私達が負けるはずがないよね、やろう!
私も全力出す!」
クイーンがそう言うと、ゴロタはガードの姿勢を取った。
「魔装三式、金城鉄壁」
大量の魔素がゴロタを覆う。
どうやらゴロタとクイーンはヒナの一撃を耐える作戦に出たらしい。
「私とゴロタは貴方の攻撃を防ぎきる。
貴方の魔素もそろそろ限界でしょ。
その攻撃、防げば私達の勝ちよ!」
その眼光が鋭く光った、と同時に動き出すヒナ。
瞬きする暇もなく、その切っ先とゴロタを覆う魔素がぶつかり、激しい音と光が起きた。
勝負は一瞬だった。
おそらく戦っていた当の本人以外には、何が起きたかも分からなかっただろう。
いつの間にか決着は着き、ヒナとゴロタは互いに背を向けあっていた。
先に動いたのはゴロタの方であった。
ゴロタはヒナの方にくるりと向き直り、ニヤリと笑ったかと思うと、体から血を吹きあげ、その場にズシャンと崩れ落ちたのだった。
 




