異変
ある夜の事。
そのゴブリンは暫く1匹だった。
前には仲間もいたのだが、冒険者にやられ、彼だけが命辛々逃げ出した。
生き残ることが出来たとはいえ、それからの生活は厳しいものだった。
今まで大勢でとっていた獲物は取れなくなった。仕方なく、森にある野草や、たまに捕まえられるネズミを食って飢えをしのんだ。
今日の夜は腹が減って急に目が覚めてしまったのだ。
野草を採りに行こうと立ち上がったゴブリンだったが、目の前に1匹兎が横切った。
肉……久しぶりのマトモな肉!
彼は必死に追いかけた。しかし腹が減って力が入らない。ゴブリンは等々兎を見失いってしまった。
しかし彼は兎の代わりに、闇夜の中で変わった物を見つけてしまう。
それは世界に空いた穴である。
穴というよりは裂け目といった方がイメージしやすいかもしれない。
何もないはずの空中にヒビが入り、宙に裂け目が出来ていたのである。
裂け目はゴブリンの体がすっぽり収まるくらいの大きさで、裂け目の中はこの森の闇夜よりもずっと真っ暗であった。
そんな得体の知れない裂け目の中に、ゴブリンは躊躇なく足を踏み入れた。
なぜそんな無謀な事をしたのか、知る術はない。
しかしゴブリンは人間に比べ大分知能が低い生き物だ。きっと特別な考えもなく、ただなんとなくそこに足を踏み入れたのだろう。
ゴブリンは裂け目の中に真っ逆さまに落ちていった。彼が飲み込まれていくと、裂け目はひゅんと閉じてしまい、後には静寂だけが残った。
さて、ゴブリンはどこに行ったのか。
彼が目を覚ましたのは全く見知らぬ土地であった。
倒れている地面は灰色で硬い。さっきいた森の土の地面とは大分違う。
そして夜中だというのに周りが明るい。
細長い木の様な物があちらこちらに立っており、その先っぽが光り、辺りを照らしている。
呆然としている彼の耳に、ニンゲンの声が聞こえた。
「ああー!くっそ!」
ゴブリンは身構えた。今の弱っている状態ではニンゲンには敵わない。間違いなく殺される。
ニンゲンはゴブリンから10メートル程離れた所にいた。
フラフラと歩き、大きな声を上げている。
「部長の糞野郎!やめてやる、チキショウ!」
男は全身に黒い服を纏っていた。見たこともない鎧?ゴブリンは不思議に思った。
ただ、今なら不意打ちできるかもしれない。
彼はめちゃめちゃに棍棒を振り回し、男に突進した。
男はゴブリンに気がつき声を上げる。
「ん?う、うわぁー!なんだこいつ!!」
それが彼の最後の言葉だった。
男はゴブリンの棍棒に頭をしたたかに打たれ、ドクドクと血を流しゴロリと地面に倒れた。
こんなに呆気なく、人間を……。
ゴブリンは倒れた人間を見た。
久しぶりの食料、ニクが……そこにある。
これはある夜の事……。
銀一郎と石川が戦った夜、そのすぐ近くで起きた出来事だった。




