シーフの力
名前以外の情報がないとはいえこの町の病院のどれかにいる事は分かっていたため、銀一郎の居場所は案外すんなりと突き止められた。
町で一番大きな総合病院である。
ただシーフの予想通り、銀一郎が入院している病院には刑事と思われる男達が何人も警戒していた。
銀一郎は連続行方不明事件の被害者であり、重傷を負っている。
監禁されていた場所から逃げてきたというのが大半の予想であった。
であれば、犯人が証拠隠滅のために銀一郎の息の根を止めに現れる可能性がある。
警察はそう考え、かなりの人数を警備にさいていたのだ。
警備の厳重さを見てシーフはやれやれと肩を落とした。
シーフは本当の名前を石川鋙郎と言う。
行方不明になる前、つまり彼が異世界に飛ばされる前は空き巣や忍び込みで金を盗み生活していた。何度か警察に捕まったこともあるし、刑事の盗犯係には顔見知りもいた。
今回の件は盗犯は関わってはいないと思うが、石川鋙郎はこの行方不明事件の被害者の一人と思われている。
顔を見られたら一発アウトだ。
どの道石川は、今すぐ病院に入ろうとは思っていない。
石川はぶらぶらと町を彷徨い、深夜まで時間を潰した。
そろそろだろうと病院に来てみると、若干警備が手薄になっている。深夜なのでもちろん客もいない。
「じゃ、はじめますか」
そう言って石川は病院正面からどうどうと中に入って行く。もちろん正面ロビーには二人、刑事が見張りについている。
ロビーの自動ドアが開き、二人の刑事は一斉にそちらを向くが、はて?と顔をしかめる。
「風か何かですかね?」
「ああ」
そんなはずはない。もちろんそこには石川がいたのだが、二人の刑事にはそれがみえていなかったのだ。
そう、石川の能力は光学迷彩。自動ドアを開けた石川は能力で瞬時に姿を消したのである。
石川は体を透明にしたまま二人の刑事に忍び寄り、二人が持っていたコーヒーの紙コップの中にそっと少量の睡眠薬を入れた。
石川のこの能力はほぼ完璧である。
石川は魔素の力で自分の周辺の光を100パーセント透過させている。人間は光の反射によって物を見ているため、今の石川は見えづらいのではなく本当に見えないのだ。
しかし、それだと石川の方も何も見えないという事になるが、石川はこの能力を使う時、光ではなく魔素で物体を見ていた。
全ての物には魔素がある。魔素が見えれば全ての物は知覚できるのである。
この能力を『ほぼ』完璧と言ったのは、視覚以外は消せない点である。
実際刑事に近づく事が出来たのは石川の泥棒としての抜き足の技術があったからだ。他の者がこの能力を手に入れても石川程は上手く使いこなせないだろう。
彼は慎重に刑事のもとを離れると、のんびりと銀一郎の病室を探しはじめた。
5分ほど中をうろうろして、石川はついに見つけた。
途中巡回中の看護師とすれ違ったが、もちろん気づかれるはずもない。
銀一郎の部屋の前には刑事が1人。そして部屋には面会謝絶の張り紙。
これじゃあここですと言っているようなものだ。石川は心底刑事ってのは馬鹿だと侮蔑した。
この刑事もやはり紙コップにコーヒーを入れている。さっきは睡眠薬だったがこっちの奴にはこれだ。
石川が薬を入れたコーヒーを一口飲んだ刑事はしばらくすると顔色を変え、すぐさまトイレの方へと駆け込んで行った。
よし、ここまでは上手くいっている。後はただ、無抵抗な少年の首にブスリとナイフを突き立てるだけ。
石川は銀一郎の病室に入り能力を解除した。
魔素を常時使用し、尚且つ魔素を知覚する必要があるこの能力は非常に燃費が悪い。
つまり物凄く疲れるのだ。
石川はナイフを取り出し、これから自分が殺す相手をまじまじと見た。
「俺は自分がいいやつだなんて思ってなかったが、クソッタレではねぇと思ってた。……間違いない。俺はクソッタレだ!悪いな、少年」
そう言ってナイフを振り下ろした瞬間であった。
意識が戻る見込みなしとされていた銀一郎の両目が突然開き、振り下ろされたナイフを寸前の所でかわしたのである。
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