廃ビルの三人
占いを断られた老人は悔しそうに踵を返す。声をかけるなら今しかない。
「ローガンさん、ですか?」
天音がそう聞くと老人はピタリと足を止め、不思議そうに首をひねる。
「誰だ、お前たち。何故私の名を?」
やはりこの老人はローガンだった。銀一郎の話であれば、彼は信用できる人物だ。
「ヒナさん、たぶんこの方なら銀一郎を探す手助けをしてくれると思うんですが」
「ふぇ?銀一郎……見つかる?」
ヒナは泣き過ぎておかしくなってしまったのか、まるで幼児退行したみたいな喋り方になっている。クールな彼女の面影はどこにもない。
「今、銀一郎と言ったな?ギンと知り合い……どういう事だ?」
ヒナがこんな状態ではどうしようもない。
独断ではあるが、天音は思い切ってローガンに協力を求める事にした。
「ローガンさん、その、銀一郎に関することでお話があるんです。……実は……」
天音とローガンが話し込んでいる所を、すぐ近くの路地裏から覗き見る小さな影があった。
影の主は彼らを観察しながら、鋭い牙を口からのぞかせニヤリと笑った。
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銀一郎が自宅で見つかった件は、すぐにマスコミに知れ渡った。
もちろん新聞にも、行方不明少年重体、事件に巻き込まれたか?と大きく取り上げられる。
銀一郎が目を覚ます気配は無かったが、事件は他の所で起ころうとしていた。
銀一郎が入院している病院からそう離れていない場所にある小さな廃ビル。
いつ倒壊するかも分からないこの場所には、誰一人近づいたりする者はいない筈なのだが、そこには今、男二人女一人の計三人が寝泊まりしている。
廃ビルに住んでいる一人は眼鏡をかけた20代前半と思われる女性。容姿については悪くはないと思うのだが、なんというかどうにも惜しい。髪はボサボサで伸び放題だし、使っている眼鏡も瓶ぞこの様に分厚いセンスのないものだ。
女は廃ビルの埃だらけのソファにちょこんと腰掛け微動だにしない。
同じ部屋に30前後だろう、これまた髪がボサボサで無精髭の男が横になっている。男が横になっているのは、どこから持って来たのか、随分と高価そうな寝具一式だった。
そんな所に、このビルの三人目の住人が、ずる賢そうな顔をひょこりと出し帰って来た。
そのヒョロリと背の高い三人目の住人は、腕にビニール袋をさげており、中にコンビニのおにぎりや飲み物がいっぱいに入っていた。
「盗って来たぜ、大将」
背の高い男がそう言うと寝ていた男は気だるそうに起き上がった。
大将と言われているのでおそらくここのリーダーだろう。
「食い物に飲み物、それにあんたが言ってた新聞だ」
男は不機嫌そうにそれを受け取る。
背の高い男は女にも食い物を差し出すが、女は黙って首を横に振った。
「けっ!愛想のねぇ奴だ!」
そう悪態をついて床にどかりと腰掛け、自分が盗んで来た食事にがっついた。
しばらくの間全員が黙っていたが、新聞を読んでいたリーダーの男がおもむろに話し出した。
「……。お前はこれ、読んだのか?」
「いや、俺が新聞なんて読む筈ないだろ」
そう言ってけっけっけと不気味に笑う。
「ここ読んでみろ」
そう言って新聞を差し出す。
「何々、行方不明少年重体で発見!?もしかしてこれは……」
もちろんそれは銀一郎の記事だ。
「あぁ。たぶんこいつも異世界から帰って来たんだろう」
「はぁー、やっぱりいたんだね、俺たち以外にも」
男は相変わらずヘラヘラとしているが、リーダーの男の方はますます不機嫌そうだ。
「異世界から帰って来たなら魔素を使えるかもしれない」
「だけど重体で、話せもしないみたいだぜ!」
「……もし目を覚ませば俺たち計画の邪魔になる……。殺せ」
冷淡なその言葉に男は流石に身を震わせる。
「いやいや、相手はガキ一人だろ!それにいくら俺が悪だからって人殺しまでは……」
「作戦では何人も殺す事になるんだ。一人二人どうってことない。
それにお前の能力なら誰にも気付かれずに殺れるだろ?」
「いや、しかし……」
「……俺に逆らうのか?」
「…………。いやいやあんたに逆らうなんて、冗談にもなっちゃいねぇ。分かった、やるよ」
承諾すると、リーダーの男は初めて嫌らしく笑みを浮かべる。
「……期待しているぞ」
そう言うとリーダーは再び布団に横になり、眠りにつく。
やれやれと言った風にその横になった姿を見つめる。新聞をもう一度新聞を読み、見つかった少年の名前を確かめる。
「桐島銀一郎ね……。はぁー……」
男は桐島銀一郎を殺すため、廃ビルを後にしたのだった。




