戦いの後で
いい香り……。
それに、暖かくて落ち着く……。
ここはどこ?
こんな感じ、前にもあった気がする……。
記憶の尻尾を捕まえる前に、天音はハッと目を覚ました。
「気がついたか?」
天音はヒナの背におぶわれたまま、結構な時間眠っていたようだ。
辺りは暗くなっていたが、すぐ先に明かりが見える。シボーラの町はすぐそこだ。
天音が目を覚ました事に気がつき、共に戦った商人たちは喜んだ。
商人の男はすぐさま天音に話しかける。
「良かったよ、目を覚まして。あんまりぐっすりと眠っているものだから、もう目を覚まさないのではないかと心配した。
疲れているだろうがすまない。私達は貴方にどうしても言いたい事があるんだ」
商人がそう言うと、御者の老人がグイと天音の前に出る。
「私の名前はアドルファスと言います。こんな私の命を救っていただき、
本当に……感謝してもしきれません。
馬や車を失った、老いた私には、貴方に何も恩返し出来ませんが、せめて毎日貴方の為に神に祈らせていただきます」
いきなりの感謝の言葉に、天音はえっ?えっ?と戸惑っていたが、次に幼子と母親が話し出す。
「私も貴方に命を救っていただきました。
その上に命よりも大事なものを貴方に守っていただいて……」
そう言って母親は側にいた幼子に目をやり、その頭を撫で言葉を続けた。
「私の名前はジェナ、この子はエマです。
私も貴方に返せるものを探していたのですが、私の宝と言えばこの子くらいのものですから。
お礼と言ってはなんですが、シボーラに着いたらぜひ私の家に寄って下さい。
教会の二件隣の白い家です。きっと待っております」
幼子のエマも満面の笑みで
「おねいちゃん、ありがとう」
と嬉しそうである。
決して人に感謝されるためにやった訳ではない。天音は優等生であり、人からものを頼まれる事が多かったが、まともに礼を言われた事はほとんどなかった。
自分のやった事を、誰かに認めてもらう事、感謝されるのって、悪くない……天音の目頭はつい熱くなってしまったが、ここで泣いたらカッコ悪いと歯を食いしばった。
「おっと、まだ俺が話していない」
そう言って商人が語り出す。
「俺は旅する商人のクックと言う。感謝の言葉もいいが、俺は商人だ。誠意は金や物で示すってポリシーがある。貴方にこれを送ろうと思う」
そう言って商人はあの短剣を天音に差し出した。
グール達を麻痺させたあの短剣。結果的には十数秒の足止めにしかならなかったのだが、本来戦闘であれば数秒足止めできれば勝率は格段に上がるだろう。
相手を選ばず麻痺させる事が出来る短剣があれば、天音の戦闘力は数段上がるはずだ。
願っても無い提案なのだが、天音は受け取るのを躊躇った。
「でも……」
おそらく高価な物だろうと言う天音が躊躇した理由は当たっていた。
安くてもこの短剣は金貨30枚。平民が一年間かけてやっと稼げるような値段なのである。
そして競売にかければその数倍は値段が上がるだろう。
「黙って受け取ってくれ」
クックは真剣な顔でぐいっと短剣を突き出した。
商人がシボーラに行く目的はこの短剣であった。一週間後にシボーラで大きな競売が行われるのだ。それにこの短剣を出品し、一稼ぎしようとしたのである。
そんな思いを天音が知るはずもないが、商人クックの真剣な思いは汲み取れていた彼女は、最大限の誠意を払いそれを受け取った。
商人はそれを見てほっと溜息をつき、今度は御者のアドルファスに声をかける。
「じいさんは良かったら俺の手伝いをしないか?
馬を扱えるあんたがいればとても助かるんだが」
もちろんアドルファスは大喜びである。馬は無いし、わざわざ老人を雇う
者などそういない。
「ぜひよろしくお願いします。クック様」
「水臭い。クックでいいじゃないか。そのかわり、あんたが年上だろうと、俺はアドルとあんたの事を呼ぶ」
このクックという商人、なかなか気配りが上手いようだ。
次にクックはヒナに話しかける。
「ヒナさんにも何かお礼をと思ったのだが、さすがに俺も、今すぐ渡せるものが無くて、その……」
ヒナはそんなことは全く気にしていない。
「礼なら散々聞かせてもらった。
私は彼女と違って命をかけてもいない。
それよりも、勇敢な彼女の名前を聞かせて欲しい。
私は冒険者のヒナと言う。貴方の名前は?」
天音は自分1人が名乗っていなかった事を思い出し。ああとうなづき自己紹介した。
「私の名前は、天音深鈴と言います」
「天音……深鈴!?」
クック達が珍しい名前だと話している中、ヒナだけは別の考えが浮かんでいた。
天音深鈴……銀一郎が探していた女性、しかも回復魔法が使える……。
天音程の回復魔法であれば銀一郎の怪我を治せるかもしれない。
どんな手を使っても、天音深鈴にはついて来てもらう……銀一郎のために……。




