戦闘(天音深鈴)
魔物が人間を襲う理由とはなんだろう。
これについては世界中の学者達が研究を進め諸説あるが、主流となる考え方は主に三つ。
1、本能説
人間と魔物との戦いはゆうに1,000年を超える。魔物の本能には人間を見つけたら殺せ、という考えが遺伝子レベルで刷り込まれているのだ。
2、略奪説
魔物の中には人間のように武器や防具を持ち戦うモノがいる。中には酒を飲んだり、化粧をするモノまでいる。魔物達は人間を殺し、そういった戦利品を奪っていくのだ。
3、捕食説
魔物の中には人間の肉を好んで食うモノがいる。魔物にとって人間は食料でしかないのである。
シボーラの街に向かう途中、天音深鈴は不運にも三つの説の中で最も性格が凶暴で残忍である魔物達に出くわしてしまった。
「ちょっと厳しいかしら……」
天音は思わず弱音を吐いてしまう。それもそのはずだ。突然馬車を襲われて馬は絶命してしまった。馬車の中には商人が一人、母親とその子供と思われる幼い女の子、馬車を引いていた年老いた御者の男。戦闘が出来そうな者はいない。
それに対し相手の魔物は5体。
「ぐ、グールだ!く、食われちまうぞ!」
そう言ってだらしなく腹を膨らませた商人が腰を抜かしながらもずりずりと後ずさりする。
母子は抱きあい祈りを唱えているし、年老いた御者は絶望の顔で全てを諦めている。
グールと呼ばれた魔物は人型であるが、姿は真っ黒で、まるで人から皮を剥いだようなグロテスクな見た目をしている。
体は黒いくせに、その爪や歯は鋭く尖り、白く光っている。別名屍食鬼の名の通り、恐ろしい姿だ。
やつらの眼がギラギラと青白く光っている。きっと美味そうな食事だとでも思っているのだろう。ほら、今涎を垂らした!
天音は相手を見るのも嫌だったが、これから戦う相手を観察しない訳にもいかない。
やつらの背は皆170センチメートルくらいで、魔物としては別段大きくもないが、太ももは筋肉でパンパンに膨れ上がっており、おそらく素早い動きが可能だろう。
5体一気に来られれば、こちらに勝ち目はないかもしれない。
しかし幸いにも奴らは一番前にいた一体以外は戦闘の構えを取っていない。
きっと奴らは私達を舐めているんだ。
そう思った天音は他の者達を庇うようにその前に立ったが、あえて腰にある武器は抜かなかった。
「(ここが私の正念場……さぁ、かかってこい!)」
天音が覚悟を決め唇を噛み締めると、それを待っていたと言わんばかりに、グールは物凄いスピードで飛びかかってきた……。
飛びかかるグールに向かい、天音は腰の武器を素早く抜き出す。
彼女の武器はレイピア。
両刃のソードとも片刃の刀とも扱いが異なる刺突専用の武器である。
本来であれば装飾のされた柄や手を覆う金属板がついているレイピアは、見た目以上に重い武器なのだが、天音の使うそれは、そんな飾りなど取り払い、より速く、より実践的に改造されていた。
それに加え魔素で強化された身体。つまりその一撃は超高速である。
天音のレイピアの先端は飛びかかるグールの脳天を貫き、グールは即死した。
「つ。強い……」
腰を抜かした商人の口から思わず言葉が漏れた。
天音はヒュンヒュンとレイピアを鳴らし、構える。
「さぁ、かかってこい……化け物!」
あまりに一瞬の決着に、残された四体のグールも戸惑っていたようだったが、天音のその一言を口火に、グール達は悍ましい奇声を上げ、一斉に天音に襲いかかった。
一体片付けたとはいえ、それは殆ど不意打ちの様なものである。
天音が本気になったグールを相手にするとしたら、一体ずつでも実は厳しい。
だが天音は決して諦めてはいない。だからこそ天音は攻撃せず、四体の攻撃を避ける事にだけ集中した。
レイピアの殺傷能力は低い。急所に当たらなければ魔物に殆どダメージは与えられないし、むしろ攻撃の瞬間に隙ができる。
避けて避けて避けまくる。絶対に急所を狙える隙は出来る。
天音はそう信じ神経を研ぎ澄ました。
天音の予想通り、その瞬間は訪れた。
十分攻撃可能な体制、そして天音の射程圏にはグールの頭が……。
もちろん天音はこの期を逃さない。閃光の様に繰り出したレイピアが2体目のグールを絶命させる。
しかしそれと同時にグールの一人が天音に飛びかかり、鋭い爪で切りつけた。
その一撃が絶対に避けられない不可避の一撃である事は誰の目にも明らかで、自分達の命運を決める戦いを瞬きもせず見守っていた馬車の面々は、あっ!と声を上げ、思わず目を瞑ってしまった。
シャイィーーーーン
瞬間、刃物と刃物がこすれる様な音が。予想していた天音の苦しむ声などは聞こえてこない。
おそるおそる片目を開く。
天音は無傷。そしていつの間にか天音の左手には短剣が握られている。
天音はしてやったりとニッと笑ってみせた。
パリィイングダガー。
オリンピックくらいでしかレイピアを見たことのない、今の人達には馴染みがないかもしれないが、通常レイピアを使う際は左手に短剣を持ち、敵の攻撃を受け流す事が一般的なのだ。
見事2体目のグールを打ち倒し、窮地の場面で敵の攻撃を受け流した天音を見て。馬車の面々には希望が湧いてきた。
「凄い!勝てる!勝てるぞ!」
商人の男が騒ぐと、幼い女の子も、
「頑張れ!お姉ちゃん!」
と天音に全力でエールを送った。
天音自身も実は勝利を感じていた。3体なら受け流しを使えれば攻撃を受ける事はほぼない。そしてまだとっておきも残しているのだ。
グールはやはりまた1体やられてしまい、攻めあぐねている様子だったが、
ギィー、ギィー
とおそらくやつらの言語なのだろう。少し3体でやり取りをすると、再び飛びかかってきた。
単調な攻撃。
後ろに飛び攻撃を交わそうとした天音は、グールの内の一体が、自分ではなくあの幼い女の子に向かい襲いかかっているのが見えた。
「あっ……」
思わず天音から声が漏れた。
もちろん自分以外が狙われる事を考えていなかった訳ではない。戦いつつも目を配っていたし、いざとなれば守れるようにとも考えていた。
何が悪かったかと言えば、2体目を倒し勝利が見えたことによる慢心。グールが話し合っていたのはこれだったのだろう。
しかし、グールにとってもこれは一か八かの作戦だ。天音への攻めが甘くなる。元にこの瞬間天音の実力であれば3体目のグールを倒せる状況だった。
3体目のグールを倒しておけば、あとの2体はほぼ確実に勝利できる。女の子の命を犠牲として……。
しかし天音はそんな事を考えながら、身体が自然に動いてしまっていた。
自分でも驚くほど速く動けた。
ああそうか。レイピアもダガーも重いから投げ捨てたんだ。
それで、女の子は?
あぁ、良かった。無事だ。
あれ?どうして泣いているの?大丈夫、泣かないで……。
商人は絶望に膝を崩し、女児の母親は慌てて2人に駆け寄る。年老いた御者はただ神に祈るばかりだ。
女の子の鳴き声が高く高く空に響いた。
天音の腹はグールによって大きく引き裂かれており、生暖かい血がとめどもなく流れ出していた。
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