予言者
ゴールズが銀一郎をさらっているというのは嘘であった。
銀一郎を見つけられなかったヒナは、しばらく落ち込んでいたが、気を取り直し、彼を見つけるために旅をすることを決意した。銀一郎はきっと無事で、絶対にもう一度会える。そう自分に言い聞かせた。
とは言ったものの、銀一郎に関する情報は一切ない。病院の者が総出で探していたし、町の中であれば何かしら手がかりが見つかっても良さそうなものだが、そういった報告はない。銀一郎がいなくなった病室にも全く痕跡は残されていないし、普通ならもうお手上げである。
しかし彼女には一つ考えがあった。それはシボーラという都市にいるという大預言者の存在。数々の災害や未来を言い当てた予言者ならば、今銀一郎がどこにいるのかを突き止められるはずだ。
ヒナは銀一郎を見つけるため、シボーラに向かうことを決めた。
この町を出る前に、一度病院に戻ると医師のリチャードがすぐにヒナを見つけて駆け寄る。
「ギンは……見つかったのかい?」
ヒナは辛そうに首を振る。
「そうか……彼は意識が戻らないだけでなく、体中ひどい傷を負っている。できればすぐにでも見つけて、引き続き治療をしたいのだが……」
リチャードも肩を落としため息をついている。本当にこの医者は信頼できる人徳者である。ヒナは自分が銀一郎を探すために旅に出ることを、この男には言っておこうと思っていた。
「ギンの事ですが、どこにいるのかシボーラの予言者のところでお告げをいただいてきたいと思います」
リチャードはその言葉を聞き、少しだけ驚いていた。
「シボーラ!?……そうか、確かにあそこなら、居場所を突き止められるかもしれない。ただ、予言者に謁見できるかどうか」
シボーラの予言者は神聖な存在、その予言を求めるものはごまんといる。本来であれば王族や貴族のみしか謁見は許されない。
ヒナはこの世界に来てから、この世界のことを勉強するため、いくつか本を読んでいる。都市シボーラの予言者はどの本にも載るほど有名であり、予言者に会うことがどれだけ難しいことかもわかっている。
「それでも、私はシボーラに行きます。必ずギンを見つけると決めたので」
リチャードはヒナの目を見て、その意思が揺るがないことを悟った。
「そうか……シボーラまでは馬を飛ばして3日かかる。それにむこうに行けばいろいろ金もかかるだろう」
金に関してだが、ヒナはリチャードに治療費として持っていた金を全部渡しているのでもう一銭も残っていない。さらに銀一郎の怪我は酷いものだったので、渡した金だけではおそらく治療費は足りていないだろうし、追加で払わなくてはならない。ヒナは心苦しく思いながらもリチャードに言った。
「申し訳ありませんが、治療費の残りはもう少し待っていただけませんか」
リチャードはヒナのその言葉に即答する。
「いや、彼の治療はまだ途中だ。私は治療の途中で金を貰ったりはしない。それに旅をするなら君も金が必要だろ」
そう言ってリチャードはヒナが置いていった金の入った袋を手つかずのままヒナに返す。
「こ、これは……」
「さぁ、いきなさい。ギンは君にとって大事な人なんだろ」
ヒナはリチャードの厚意に心から感謝し、病院を後にした。
馬で三日と言ったが、もちろんヒナは馬など使わない。むろん、馬より早いからだ。道さえ間違えなければ明日にはシボーラにたどり着くだろう。
ヒナがシボーラに向かうことを決めたそのちょっと前のことである。
シボーラに向かっていたのはヒナだけではなかった。
天音深鈴。彼女はこの世界に飛ばされたが運の良いことに、銀一郎から事前に聞いていた、ローガンの住んでいる町の近くに飛ばされていたのだ。
彼女は銀一郎から魔素についての説明も受けていたため、すぐに『ある魔法』も使えるようになっていたし、もともと運動神経や勘のいい方だったので、この世界では体の魔素を操って動けばより強い力を出せるということを感じ取り、それを体現させることができた。もちろん魔素コントロールの達人であるヒナ程の動きはできなかったが、魔法と合わせて、この世界でもそこそこ戦えるようになっていた。
しかしいくら強さを手に入れたとしても、知り合いや頼れる者がいないことは生活の上で不便だった。
天音はローガンの住む町にたどり着きローガンの家を訪ねた。ローガンは有名な鍛冶師だったため、その家は容易に見つけられたのだがローガンは不在であった。
近くに住んでいた者に聞いてみたところ、なんでもシボーラという町に向かったらしい。聞けばシボーラまでは100キロ程度。馬車を使えばそこまで遠くない。
もともと天音は望んで異世界に来た。異世界に対する恐怖などはあまりない。むしろせっかく異世界にいるのだからという観光のような気分で、ローガンの後を追ってシボーラに向かうことを決めたのである。
今、それぞれの思惑の元、ヒナ、ローガン、天音、この三人がシボーラに集結しようとしていた。




