精神崩壊
リチャードははっと我に返り、すぐさま手紙を拾い上げヒナのところに走った。
その頃ヒナはもう目を覚ましていたが、諸々のショックで呆然としてしまい、動き出せずにいた。
そんなヒナがいる部屋にリチャードが駆け込む。
「大変だ!」
駆け込んできたリチャードを見て、ヒナの様子を見てくれていた気立てのいい看護婦が眉をひそめる。
「先生、女の子の部屋ですよ!もっと静かに入ってきて下さい!」
リチャードはすまないと謝りつつも、そんな場合じゃないと、ポストにあった手紙をヒナに渡した。
「これを読んでくれ!」
ヒナは無気力に手紙を受け取りそれを眺める。
気力が出ず、体に思うように力が入らなかったはずのヒナであったが、その手紙の一文字一文字を目で追うたびに怒りが湧き上がり、体の底から力が湧き上がってきた。
手紙を読み終えたヒナはくしゃりとそれを握りつぶし言う。
「ギンは何としてでも助ける」
リチャードは、ヒナがそう言って今にも飛び出そうとしているのを見て、慌てて止めにかかる。
「この手紙には宛名が無いみたいだけれど、君には心当たりがあるのかい?」
昨晩の事といえば、差出人はゴールズ以外考えられない。
リチャードの質問にヒナは黙って頷く。
「犯人が分かっているなら保安員に任せよう!
無闇に相手の所に行くのは危険だ」
ヒナはそれは駄目だとリチャードの案を断る。
「保安員など、あいつにとっては障害にすらならないだろう。
それに手紙には一人で来いとあった。
ギンの安全の為にも私だけで行く」
決意の固いヒナだが、リチャードも譲らない。
「患者を誘拐されたのは病院の落ち度だ。
病院の代表として、せめて私だけでも一緒に連れて行ってくれ」
ヒナは、リチャードがそう言って、自分や銀一郎の事を気にかけてくれている事を、喜ばしく思ったが、やはり屋敷には連れて行けない。
「もしあなたに何かあれば、ギンが帰ってきた時だれが治療を続けるのですか」
確かに、連れて行けと感情のままに言ったものの、リチャードは一切戦う術を持っていないし、足手まといになることは明らかであった。
「……分かった。
でも今から二時間経っても戻らなければ、保安の方に連絡するよ」
「ああ、それで構わない」
ヒナはリチャードと看護婦に礼を言って病院を後にした。
ヒナはこの呼び出しが罠であり、相当の危険があることはもちろんわかっていた。
しかし今回の件が危険であればある程、ヒナは怒りと同時に何故か喜びが湧き上がってくるのであった。
「(どうしよう……。こんな時に不謹慎だが、銀一郎のために命を掛けられると思うと嬉しくて仕方がない)」
ヒナの頭の中にはゴブリンキングと戦う銀一郎の姿が焼き付いていたし、重症を負った彼を背負った時の感触、彼の体を行き交う魔素までも、ヒナははっきり思い出せた。
「(銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎)」
彼女は色んな出来事に心をズタボロにされ、とっくに精神をやられてしまっていた。
「(銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎、銀一郎……)」
そして幸か不幸か、ヒナの心は精神を保つために、銀一郎に対する異常な程の好意、愛情を生み出し、それを心の支えにした。
ヒナ自身は気がついていなかったが、その感情は彼女をさらに強く覚醒させていた。
つまりどういうことかといえば、
今ここに、史上最強のヤンデレが誕生したのである!




