盗撮した相手が幼なじみだったんだけど
何度も言いますが、盗撮は犯罪ですからね。
人混みの中で。
カシャ、と小さな音が鳴った。が、それは電車の音に紛れて誰にも聞こえなかったに違いない。
…………好きでこんな事やっている訳じゃない。いわゆるイジメと言うヤツだ。少し離れたところから、ニヤニヤと下品に笑う級友たちの視線が僕に突き刺さる。
痴漢、盗撮は犯罪です。
当然の事だ。だが、やらないと僕はありきたりに罵倒されてありきたりに殴り飛ばされるだろう。
スカートの中から、スマートフォンを抜き去る。
被害にあった事を露知らないだろう、イヤフォンをした女子高生に心の中で猛然と謝る。そして速やかにその場を立ち去ろう――、としたところで、その腕を誰かに掴まれた。
ぶわっ! と顔面に汗がわき上がる。冷たい汗が背中を急激に濡らしていく。
やたらと白い手が、僕の手首をしっかりと掴んでいた。…………果たして、それは被害者の手だった。さっきまで僕に背を向けていた女子が、こちらを冷ややかな目で見ていた。
バレテル。
僕は直感的にそう悟った。視界の端に、慌てて立ち去る級友たちの姿が映る。薄情者。
女子高生はイヤフォンをつけたまま、僕の耳に口を寄せると、言った。
「…………ついてきて」
ここで従う以外の選択肢があったら、是非とも教えて欲しかった。
^∧^
それから幾駅か電車に揺られ、少女に手を引っ張られて降りた駅は、無人駅だった。あれほどにも混んでいる電車でもこんな駅に停まるなんて。普段ぼんやりと乗っていた僕は知らなかった。
駅を出て、少し歩いた辺りで、少女は急に振り返って言った。
「…………盗撮したね?」
少し怒ったような顔をして言う少女を見て、初めて少女が凄まじい美少女だと気付いた。……と同時に、どことなく見たことのある顔だと思った。
それにしたって、なぜこの少女は人に知らせようとしないのか不思議だった。
盗撮された事に気付いたんならその場で叫べば良かったし、駅員に知らせるのもアリだ。交番もさっき通りすぎた。
……もっとも、少なくとも痴漢の場合は親告罪だ。恥ずかしくて訴えられない女性も多いらしい。だから、痴漢で狙われる基準は顔ではないそうだ。大人しそうか否かによるらしい。
だが別にこの少女の場合怖じ気づいている訳でも無さそうだ。現に面識のない僕をここまで引っ張ってきている。
「…………しました」
「素直でよろしい」
ふむ、と少女は頷くと、『スマホ』と言って手を差し出した。僕は大人しくロックを外し、少女に渡す。
ここで逃げようと思えば逃げられた。だが、別に好きでやっていた訳じゃない僕としては、少女に対する自責の念が強かった。
少女は画像フォルダを開くと、
「………………普通にピンぼけしてるし。というか、今日は体操服着てるから撮っても意味ないんだけど」
とか何とか言いながら画像を削除した。
いやいや、僕をいじめる連中の中には『体操服じゃなきゃダメ』とか言うやつもいた筈だ。この辺りは男子と女子の認識の違いだろう。
「ね、君、常習犯?」
「い、いや……」
これは本当だった。万引きをやらされた事は何回もあるが、盗撮は今日が初めてだ。
「ふーん。まあ、三次元にあまり興味無さそうだもんね」
「え?」
見れば少女は画面をスクロールしていた。そこに映し出されていたのは、僕がこつこつと保存していた十八禁の……。
「うわああああああ!」
慌てて取り返し、電源を消してポケットにしまう。
「児ポ法に睨まれないようにね」
「…………それ以前に普通に犯罪なんだよ」
「そうだね、盗撮も含めて」
うっ、と息を詰まらせる。だが少女は軽く笑うと、
「安心して、訴えるつもりは無いから」
と軽く言った。
「でも謝っては欲しいかな」
「ごめんなさい」
僕は何の迷いも無く腰を折って謝った。いかなる理由があろうと、僕の行動は完全に女性の尊厳を傷つけるものだ。それを醜い言い訳で誤魔化そうとは思えなかった。
「素直でよろしい」
少女はさっきと同じ事を言うと、
「私も幼なじみに久々に会えて上機嫌だから、許しちゃう。ね、〇〇くん」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………へ?」
いきなり名前を呼ばれた僕は、吃驚仰天して立ち尽くすしかなかった。
^∧^
「忘れてると思ったわ、最初の反応からね」
次の駅まで歩きながら、少女はけらけらと笑いながら言った。
彼女は××××と名乗った。その名前には聞き覚えがあった。小さい頃、隣に住んでいた子だ。よく一緒に遊んだ覚えがある。
確か目の色が生まれつき左右で違って、そのせいでいじめられていたんだっけ。それで、一人ぼっちで可哀想だったから、僕は彼女と一緒に遊ぶようになった。
その頃の僕は人気者で、だから少女にも自然と友達は増えていった。
そう言うと少女は笑顔で自分のスマホを取り出して、そのロック画面をこちらに見せた。なるほど、幼い僕と、記憶の片隅にある少女が写った写真だった。
「全く、私じゃなきゃ許してないよ?」
「さっきは何聞いてたの?」
「ボーカロイド楽曲。聴く?」
「いや、いい……」
僕は軽く断った。ボーカロイド知識でオタクの僕に勝てるやつはそうそういないと思う。少女が渡してくるのも、僕が既に聞いたことあるやつだろう。
「ふぅん」
少女は詰まらなさそうに言うと、スマホをポケットに仕舞った。
「でも、なんで僕が盗撮したって分かったの?」
「超能力でね?」
「なるほど、尊大だね」
「恵まれた力がツラい……。ああ、左目が疼くよ」
「自虐ネタ? 返しに困るなあ、カラコンでしょ?」
「特注のね。ふふ、こんな詰まらない会話、昔を思い出すなぁ」
「昔はこんなに語彙力豊かじゃないよ」
「違いないね。で、質問の答えだけど。窓が色々反射するのは、知っといた方が良いよ。後は私の注意力に掛かっている」
「お見事。そして、本当に悪いことをしたと思っている」
「だからそれはいいってば。私は幼なじみになら盗撮されても許せる系の女子だから」
「もし僕が幼なじみじゃなかったら?」
「あのまま絶叫だよ」
「うわぉ」
「実際に痴漢されたときやったし」
「うわぉうわぉ」
それから少しとりとめのない話をした。
少女からいつ引っ越してきたのか聞かれたり、趣味の話になって僕がアニメについてとうとうと語ったり(驚いた事に彼女はその話題に完璧についてきた)。
ボーカロイドの話になって、もしかしたら彼女は僕より詳しいかも知れない事に驚愕したり、昔話に花を咲かせたり。
そして大分と歩いて、いよいよ次の駅が見えて来た頃――辺りは薄暗くなり始めている――、になって、少女は盗撮の話題に返った。
「そういえばさ」
「ん?」
「君はなんで私のスカートの中を撮ったの? 私が可愛いから?」
「確かに君が可愛いのは認めるけど、違うよ」
「うわ、天性のナンパ野郎だ。本人の前で堂々と『可愛い』とか言うかな普通?」
「だって真実だから」
「恥じらい無くむしろ押してきたよ、恥ずかしー……照れるなぁ」
そんなこと言われても困る。少女は小さいときから随分可愛かったが、今見るとトップクラスの美少女だ。さぞや告白されることも多かろうと思ったが、さっき女子校だと言われた。
「で、話を戻すね。なんで盗撮したかだけど……、いじめられていたんだ」
「え……?」
少女の声に不審の色が滲むが、それを無視して進む。
「僕は中学で生活が酷く退廃してね。アニメとネットに閉じこもって、どんどん『人気者』の地位を無くしていったんだ。高校ではそのあまりの暗さから『キモい』とか『死ね』みたいな言葉を浴びせられてね。机だって女性器の図やら卑劣な言葉やらが油性ペンで書きなぐられているし、上履きは便器にぼちゃん、体操服には一杯ハサミが入っている」
少女が息を詰まらせるが、僕は気にせずに続ける。泣くな、僕。
耐えるんだ。耐えて、全て吐け。
「教科書は破られて紙飛行機になって、机の中には猫の死体。鞄の中にはたくさんかんしゃく玉……踏むと音がなる小さな火薬の玉ね、を山のように入れられて、果ては弁当にどこから持ってきたのか塩酸をかけられた」
「…………ひどい」
「だからさ。万引きやらされたり、盗撮やらされたりなんてまだ軽いんだよね。はは、狂ってるよ……」
ぱた、ぱたたっ。雫が手を濡らした。
「……?」
知らず知らずのうちに、涙がこぼれていた。手のひらに滴り落ちたときに初めて気付いて拭おうとしたら、その前に少女に強く抱き締められていた。
「〇〇くん……」
「…………痛いよ、離して」
「〇〇くん!」
ここが大通りだったら、僕は道行く男に嫉妬で殴られていたかも知れない。でも幸い、ここは小さな路地で、人通りは皆無だった。
「覚えてる? 私達が初めて話した時のこと……。君はいじめられて泣いている私に何て言ったのか」
「…………ごめん、覚えてないや」
「〇〇くん」
少女は僕に強く言い聞かせるように言った。
「君の本当にいなきゃいけない場所は、そんなところなの?」
その少女の言葉に、ばぢん、と記憶が弾けた。
『君、いつも泣いてる』
『…………だれ?』
『俺、〇〇って言うんだ。一緒に遊ぼ』
『でも、私……目が……気持ち悪いから…………』
『ねえ、聞いて』
『……ぅん?』
『君の本当にいなきゃいけない場所は、そんなところなの?』
『…………?』
『君を気持ち悪いなんて言うヤツはほっとこう。そんなヤツらにずっといじめられる場所にいる必要はないよ』
「あの言葉は、何かのアニメの影響だったのかも知れない。でもね、〇〇くん。私は確かに、その時君に救われたんだ」
「やめて……やめてくれ。涙が、止まらなくなる……我慢が……」
「我慢する必要なんてないよ! なんであんなに強かった君が、そんなところにうずくまっているの!?」
「僕は……」
「君は! そんなところで我慢している義務も、意味も、必要も、無いんだよ! これからは苦しかったら私を頼ってもいい! ううん、私じゃなくても、親だって」
「でも、それは……」
「難しい事は分かってる! 私だって経験している。でもね、でもね……」
そこまで言って、少女は僕の胸に顔を埋めた。
「…………そんなに君が苦しんでるなんて知って仕舞ったら、私が耐えられないじゃない……」
夜のとばりが降りる。
僕は泣きじゃくる少女に感謝と罪悪感と、それから恋心を抱きながら、ずっと立ち続けていた。
^∧^
三ヶ月が過ぎ、季節は入れ替わろうとしていた。
人は変われるとはよく言ったものだ。あれから、僕は懸命に努力して、いじめられる立場から抜け落ちた。今ではクラスからいじめは消え去り、僕に友好的に接してくれる者も多い。
――なんて簡単に言ったが、もちろん全然簡単じゃなかった。彼女という支えがあったから、ここまで来れたのは疑う余地も無い。
そして僕は下駄箱で、スマホに届いたメールを見てにやついていた。差出人、××××。問題はメール内容だ。僕は弾む心でスマホをポケットに仕舞った。
冷やかしてくる級友たちと冗談を言い合いながら、僕は校門へと足を向けた。
本文
デートの話だけど、今度の日曜日に、◇◇駅の改札で待ち合わせにしない?
朝の十時半くらいでどうかな?
ふふ、初デート、初デート。下らない話が一杯出来るね! 今からわくわくだよ!
END
幼なじみ、心の支えから一歩進んだ関係へと、僕らは一歩進んだ。
信じられないかも知れないね。でもこのお話は、正真正銘。
盗撮から始まった、ラブストーリー。
fin.
あとがき
このお話のネタを思い付いたのが一時間前。
そっから今まで必死こいて書いてました。善は急げって言うじゃない?
タイトルからは想像出来ない真面目ストーリーはいかがでしたか? 面白くない? そうですかそうですか。
それでもブクマ感想ポイントお待ちしてますね。