1:Prologue
以前、某小説賞へ投稿したものになります。
0/――prologue
その日がとても寒かったのを、わたしは覚えている。
ちらちらと空から舞い降りる白い欠片と、大地を染め上げる銀色の絨毯。
肌を刺すような冷たさは、絶え間なく。呼吸をすれば、喉は冷気に言葉を失う。
それなのに、わたしの手を中にあるそれは、あたたかくて、氷の様に冷たかった体を溶かしていく。まるで、魔法のように。
「――嬢ちゃん、そいつが気に入ったかい」
優しい声に、わたしはこくりと頷いて答えた。
「……ねぇ、おじちゃんは、魔法使いなの?」
筋骨隆々のその人へ、わたしは問いかける。
見たことも無いもの――まるで『魔法』としか言い表せないものを作り出し、奇跡を起こす。それを、わたしはそうとしか形容できなかったから。
「違うよ。俺は魔法使いなんて大それたものじゃない。ただの『魔女』さ」
けれど、その人はあっさりとそれを否定した。
「まじょ……? 男の人なのに?」
「ああそうさ。『魔女』を継いだんだ。だから、男だが、俺は『魔女』なんだよ。それに、『魔法の道具』は作れるが、『魔法』は使えない。そんなわけで『魔法使い』でもないのさ」
意味がわからなかった。『魔法の道具』を作れるのなら、そしてそれを使うことが出来るのなら、それは『魔法使い』みたいなものじゃないか。
「違うんだよ。俺は『魔法の道具』を作るだけ。嬢ちゃんの手の中にあるそれが『魔法』なんだ。……ま、わかんねぇだろうな」
首を傾げるわたしに、その筋肉だるまの男は少し誇らしげに笑った。その姿は、自分よりはるかに年上だと分かるのに、同年代の男の子がはにかんでいるようでもあった。
「なぁ、嬢ちゃん。おまえさんも、魔女にならないか」
「魔女になれるの?」
「ああ、たぶんな。きっと、おまえさんは魔女の才能がある。いつかは俺以上の『魔女』になれる。そうして――そうだな、いつか『自分だけの魔法』を作れるようになった頃には、分かるだろうさ」
そう言って、彼は節くれだった大きな手で、わたしの頭を乱暴に撫でた。
「『魔法』の意味も、本当の『魔法使い』は、誰かってことも」
その言葉は、ずっと――
――何年たっても、ずっと、頭の中に響いている。
「――ねぇ、師匠」
あたしは棚の上、小さな額縁の中に納まる、その人に語りかける。
「あたし、師匠みたいにやれるかな。師匠みたいに、なれるかな」
返事は無い。そんなことは分かっている。それでも、いつものように、これまでのように、あたしは口を開く。
「師匠の言ってた意味、まだ分からないよ。でも、師匠みたいに頑張ってたら、いつか分かることが出来るかな」
こつん、と縁を指で弾く。
「師匠。そこで、見てて。あたし、頑張るよ」
豪快な笑顔で写されたそれに、あたしは誓った。ちりん、と玄関に取りつけていた鈴が鳴った。続けて、鈴のように澄んだ声が届けられる。
「ご主人様、お客様です」
あたしは一つ深呼吸をする。さあ、最初のお客さんだ。教えなくてはならない。知らせなくてはならない。師匠の後を、あたしが継いだってことを。
「――ようこそ、あたしが森の魔女よ」
さあ、魔女の物語を始めよう。