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「サチ様、こちらです。」
ドキドキする胸に手をあてながら歩いていたサチに、ヴィルアムが声をかけた。
顔をあげると、正面に自動ドアがあり、その中に通された。
そこには、手荷物検査と出入国審査のカウンター、そして、空港の職員が待機していた。
「 本来なら、こちらから入って頂くのですが、ご家族の手前先程のゲートを通っていただきました。申し訳ございません。」
ヴィルアムは、すまなさそうにサチに説明した。ここは、専用機やチャーター機で出入国する人たちの特別なゲートだが、そんなことは知らないサチは、何が、申し訳ないのか、さっぱりわからなかった。
「いえ、いえ。大丈夫ですよ。」
にっこりと笑っておいた。
すばらしい早さで、手続きを終えると、車に乗り降り、いよいよ飛行機に向かった。
「そういえば、わざわざ飛行機をチャーターしていただいてすみません。そういう贅沢は……」
サチが、ふと、思い出したので、そういいながらヴィルアムに顔をむけた。
「チャーターですか? 」
ヴィルアムは、首を少しかしげなが、聞き返した。そして、「ああ。」と納得したように言うと、サチをみて、にっこり微笑んだ。
「チャーターでは、ありません。サチ様専用のプライベートジェットです。祖父が勘違いしてお伝えしたのでしょう。かなり、高齢ですから。」
「専用? 祖父? 」
待て、待て、聞き捨てならない単語がでてきたぞと、焦りそうになったが、サチは、冷静になれと自分に言い聞かせた。
サチの様子を見ていた、ヴィルアムは、「後でゆっくり、お話します。時間はたっぷりありますから。」と言ってからクスリと笑った。
「さ、着きました。あれです。」
そういうと、飛行機を指差した。
サチには、笑った理由がわかった。流し目で、そう言われて、一気に顔が熱くなったからだ。先ほどからのサチの動揺に気づいていたのだろう。ヴィルアムにとってはちょっとした冗談のつもりなのだろうが、
動揺を気づかれていたことの恥ずかしさもあって、今、きっと顔が真っ赤だ、とサチは思った。
車を降りた目の前には、世界で活躍する有名人、所謂セレブが乗るようなジェット機が、朝の光に白い機体をさらしていた。
促されるまま乗り込むと、三人の乗務員が、サチを迎えてくれた。
「機長のタリヒ。副操縦士のジル。彼らは、元空軍パイロットです。彼らは、『力』もありますので、サチ様の専属になるにあたり、封印師になりました。世界中お供いたします。それから、彼女は、サラ。王宮の侍女です。機内でのお世話をさせていただきますので、何なりと、ご相談ください。」
三人は、「宜しくお願いします。」と、折り目正しく挨拶してくれた。もうここは、平常心で頷いておこうと思った。
「サチです。宜しくお願いします。」
三人とも粒ぞろいだ。
タリヒは、三十代半ばほど。茶色の髪に茶色の瞳。機長の制服がすごく似合っている。
ジルは、二十代半ばのサチと同世代ぐらい。赤に近い茶色の短髪で茶色の瞳。なかなかの容姿で、外を歩けば、さぞ視線を集めるだろう。
サラは、シニヨンにまとめた金髪に、濃い青い瞳。二十代後半くらいだろうか。理知的な美人だ。
現代の神国は、美男美女の国なのか、と思ったが、違うだろう。
サチのために集められた人たちだ。
サチが喜ぶと思ったのか、どうか分からないが、全然嬉しくなかった。
ますます自分が、違う方に引き立つじゃないかと、言いたかった。
飛行機の中は、天井が高く普通に立って歩くことができた。クリーム系の落ち着いた白で統一され、座席は、全て革張り、機体の前方が、四人用テーブル席とソファなどがあり、後方は、なんと、個室だった。二人用のテーブル席と、ベッドがあり、真っ白なシーツで綺麗にベッドメイクされていた。さらにその奥には、化粧室が備わっていた。
サチは、勢いよくヴィルアムに振り向いた。
「なんです、か! この飛行機っ! 」
「これから、世界中でお仕事をされるのです。少しでも快適に過ごして頂くためです。サチ様専用ですので、ご活用ください。もうすぐ離陸しますので、リビングのソファへどうぞ。」
サチが、巫女だから云々以前に、この人たちとは、普通、の基準が違うのだ。
庶民感覚でいちいち取り乱していたら、疲れるし、話が前に進まない。
「えー! ほんとですかぁ! ありがとうございますぅ! 」とでも言っておけばいいんだ。きっと。
サチは、疲れぎみにやれやれとソファに深く座った。
ソファに座ると機内の窓から、空港のターミナルが見えた。
飛行機は、滑走路に進むと、どんどん加速し、飛び立ち、ぐんぐんと高度を上げていった。今ごろ、サチの家族は、全然違う飛行機に手をふっているのだろうと思うと、少し切なくなった。
サチは、ごめんなさい、と窓に向かって手を合わせた。
高度が安定すると、テーブル席に移動し、サラが紅茶を入れてくれた。
香りがよく、暖かい紅茶を一口飲むと、ホッとする。
向かいには、ヴィルアムが座っている。
長い足を組み、 優雅に紅茶を飲んでいた。
視線を少し落とし、長い睫毛から覗く、明るい青い瞳がきらきらしていた。
サチが、リラックスするようすすめたので、いまは、ワイシャツにネクタイ姿だ。
ワイシャツ姿になると、しっかりした体格であるのがよくわかった。着やせするタイプだろう。
サチは、空港での、胸にドン!を思い出し、リラックスなどすすめなければよかったと後悔した。
また顔が、熱くなりそうだったので、ふと思い出したことを、そのまま口にした。
「そ、そういえば、私に護衛の方がついてたのですが、その方は、どうされたんですか?」
「私とサチ様が会うのを確認して、帰国しました。」
「帰国? それなら、一緒にこの飛行機で帰られれば……。私、全然気付かなかったんです。お会いしてみたかったです。」
「彼の仕事です。お気になさらず。……彼が気になりますか? 」
ヴィルアムの声色に、少し低いものを感じたサチは、何故だか分からなかったが慌てて答えた。
「い、いえ! ただ、お礼が言いたかっただけなんです。」
そう言うと、ヴィルアムは、「そうですか、いずれ、機会があれば。」と、にこりと微笑んで言った。
サチは、ヴィルアムのこの微笑みに、あっ!と気付いた。
「あの! ヴィルアムさんは、神官長のお孫さんなんですか? そういえば、微笑まれた時の雰囲気が、似てらっしゃいますね。神官長の微笑みって、目力があるというか、思わず頷いてしまいそうになりますよね。」
サチは、神官長ユンベルグの微笑みを思い出した。
「よく似ているといわれます。私の父は、封印師の道を選んで、同じく封印師の母と世界中を飛び回っています。私は、神官の道を選びました。祖父が引退を考えていますので、私が、次の神官長になります。」
「ヴィルアムさんが、次期神官長!? あの、失礼ですが、おいくつなんですか? 」
「はい。今は、二十七歳です。異例の若さですが、周りにも認めてもらっています。ご心配なく。」
サチは、ユンベルグとの会話を思い出した。
たしか、若いが出来る男だ、と言っていた。「神官長? 若すぎでしょ!? それに身内? それも孫って! ホントに大丈夫なのかぁ? 」と、一瞬白い目でヴィルアムを見そうになった。しかし、これだけの容姿で仕事が出来ないわけがない、むしろ、外見が極上なのに、仕事が出来ないほど残念なことはない。それこそ、偏見だということに気づかず、決めつけはよくないと思いなおした。
「そうですか、仕事がお出来になるんですね。でも、何故、神官に? 」
「私が小さい頃から、祖父の代で、『封印の巫女』の覚醒があることは、わかっていました。私は、三百年に一度、覚醒される巫女、あなたを身近で支えたかった。」
ヴィルアムの眼差しは、真剣で、純粋だった。本当に小さいときから、その思いで努力をしてきたのだろう。
サチは、少し戸惑ったが、きちんと返事をしなければ、と思った。
「ありがとうございます。とても心強いです。」
サチの返事を聞いて、ヴィルアムは、優しい微笑みを返した。
「どうぞ、私のことは、ヴィルとお呼び下さい。言葉使いも普段通りで。」
「とんでもないです! 年上の方を呼び捨てなんてできません。ヴィルアムさんこそ、呼び捨てでお願いします。」
二人で、どうぞどうぞと譲り合いながら、二人同時に笑いあった。
サチは、クスクスと笑いながら、提案した。
「フフフ、なんか、変ですね。それじゃ、ヴィルさんとお呼びします。私のことは、様以外で呼んで下さい。言葉使いはすぐには無理です。おいおいということでお願いします。」
「そうですね。では、必要な時以外はサチさんとお呼びします。言葉使いはいつもこんな感じなので、このままでご容赦下さい。」
ヴィルアムも笑って頷いた。
「早速ですが、サチさん。もうすぐ、お昼ですが、昼食後に少し仮眠されますか? 朝が早かったのではないですか?」
そう言われれば、この一週間は寝不足で、昨夜は、三時間程度しか寝ていなかった。ヴィルアムからの提案は、とても魅力的だった。サチは、「そうします。」と素直に頷いた。
昼食は、機内食として持ち込んだと思えないほど綺麗に皿に盛り付けられ、味も申し分なく、ワインまで付いていた。
サラの丁寧な給仕で、ヴィルアムとともにとった。専らの話題は、サチの家族や会社、友人などのことだった。
仕事の話、つまり、神国に着いてからのスケジュールなどは、のちほど。神国の現在の状況や、世界の封印、情勢などについては、国に落ち着いてから、徐々に、ということになった。
***
昼食後、飛行機後半部の個室に入り、サチは、やっと一人になった。
疲れた。
ワインのせいか、すごく眠い。
ラフな服に着替えたかったが、仕方なく、着ていたワンピースのままベッドに入った。スカートの裾が乱れないように整えると、シーツをふわりと掛け、まくらに頭を預けた。
あっというまに眠ってしまった。
カチャリ。
サチが寝てしばらくすると、個室のドアが開いた。
入ってきたのは、ヴィルアムだった。
ヴィルアムは、サチの眠るベッドの端に腰掛けた。
サチの顔がよく見えるように、額にかかる前髪を指先で、そっとよけた。
そして、シーツから出ていた、手をとり自分の手で優しく包んだ。
白くて細い指、爪は何も塗られていないが、形よく整えられている。
力を入れると簡単に折れてしまいそうなほど華奢な手だった。
「あなたが、『封印の巫女』なのですね。ずっとどんな方かと思い描いておりました。本当になんて、お可愛らしい。どうか、ずっとお側に……。」
そうささやくと、ヴィルアムはサチの手のひらに、そっとキスをした。