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 神官長が去った後、サチはその方向をながめてしばらく黄昏ていたが、いつまでもそうしていても仕方がないと諦め、目覚めることにした。


 ゆっくり目を開けると、眠った時と同じように、ソファーに横になり、窓からは涼しい風がそよそよと入っていた。時間はあまりたっていないようで、窓のほうを見ると、濃い緑色のゴーヤの葉っぱが、まだきらきらしい日の光を受けていた――。




 つらつらと昨日のことを思い返していても、手はテキパキと動いていた。洗顔をしてから部屋に戻り、簡単に化粧をすませると、髪を整え、服を着替える。お仕事仕様のサチの出来上がりだ。

 

 鏡に映ったいつもの自分を、しみじみと見た。

 

「人生何がおこるかわからないって、言うけど、まさかこう来るとは。」

 

ほんのわずかな時間のうたた寝が、サチの人生を急展開させた。

普通なら不思議な夢を見た、で終わりそうなものだが、目覚めた後のサチの中には、確かに、「封印の巫女」としての情報が綺麗に納まっていた。


 サチは、これからやらなければならないことや環境の変化を考えると、焦りや不安を感じたが、とにかく、いまは目の前の問題から片づけていくしかない、と鏡に映る自分を励ました。

 

 身支度を終えたサチは、昨日書いた辞表を丁寧にかばんに入れると、部屋を出た。


 食卓では、弟が朝食を食べていた。


 四つ下の弟は、大学生。

体格も良く、顔も頭もわるくない。

なかなかの好青年だ。姉弟でよく似ていると言われるが、自分ではよくわからなかった。


 サチはキッチンに行くと、母親に「おはよ。」と言って、自分の分の朝食を運んだ。


 母親は、キッチンで洗い物をし、弟は、朝の情報番組を見ながら食べている。


 サチは、二人の様子を何とはなしに見ながら、「退職のことや海外に行くことは早く言いわないと。本当のことは……言わないほうがいいか。言うなら今夜がいいけど……。 みんな夕飯は家で食べるのかな 。」などと、家族に話を切り出すタイミングを考えた。


そこへ、母親がちょうど夕食のことをきいてきた。


「ねえ。今日はみんな夕飯は家で食べるの?」


サチは顔をパッと母親の方へ向け、少し大きめの声で答えた。


「私、食べる! お父さんも帰ってくるの? 」


「そうねぇ。何も言ってなかったし、八時くらいには帰るんじゃない? 」


「俺もバイトないから家で食べる。」


サチは、「今夜言おう! 」と決意した。



 朝食後、いつもの時間に家を出た。


 昨日、辞表を書きながら、一週間で穏便に退職する理由を考えたが、何も思いつかなかった。それに、下手な嘘もつきたくなかった。サチは、会社までの電車の中、つり革にぐったりと掴まって、「何て言おう。あーあ……、これがドラマなら、CM開けたらいきなり夜に変わってたりするのになぁ。」と現実逃避をしてみるのだった。




 午後八時。

 サチは、気力、体力ともにあるかないかの状態で、自宅の最寄り駅までたどり着いた。駅から自宅まで歩いて十分ほど。力なく歩いていると、頭に浮かんで来るのは、会社でのことばかり。



 サチは、朝イチに課長を、「ちよっと、いいですか? 」と接客ブースに連れ込んだ。課長は、「何々? 朝から怖いこと言わないでよ? 」と冗談めかして言っていたが、サチは、「今から言います。」と心の中で宣告し、用意していた辞表を差し出した。

課長は差し出されたそれを、笑顔を消して無表情で見ると、横にそっと避けて、サチを見つめて言ってきた。


「どうしたの? 何かあった?」


心配する声色だった。


それを聞いて、サチは、両手を机につき、頭を下げて捲し立てた。


「すいません! 本当に私の勝手な都合なんです! じつは、どうしてもやりたい(やらなきゃいけない)仕事があります! この度、(巫女として)中途採用されることになりました! ただ先方(神官長)から1週間後に来て欲しいと言われています!」


結局、真実をふせて、そのまま言うしかなかった。課長はびっくりした様子で聞いていたが、一週間後と聞いてさらに驚いていた。


「それは、また、急ぎだねぇ。でも、まあ、そっか、やりたいことね、うんうん。」


そう言うと、おもむろに席から立ち上がった。


「ちよっと、待ってて。部長にも話し通さないとね。」


部長を呼ぶために席をたった課長の背中に向かって、サチは、「課長、ごめんなさい。」と手を合わせた。

 

 四十代後半だが、五十代に見える、ちょとメタボな課長を、サチは少し侮っていた。怒られて、嫌みでも言われると思っていた。


「私って、人を見る目ないかも。」


昨日、新入社員――ロイ君級に落とした神官長にも、早まった評価はやめようと反省した。



 その後、部長には少々詳しく理由を聞かれ、海外の企業への転職などと説明した。さらに、課長のとりなしもあって、なんとか了解を得、サチの辞表は受理された。


 サチの退職のニュースは、瞬く間に社内に伝わり、退職の理由や引き継ぎのことなど、何回も同じ説明や迷惑への謝罪を繰り返した。驚いた社内の友人たちからは、「詳しく話して! 」と夕食に誘われたが、「今日は、家族に話があるから。」と言って、なんとか解放してもらった。




 サチは、足取り重く、家への道を歩いていた。


「――疲れた……。 次は、うちか……。とにかく、ゆるい服に着替えたい。ご飯食べて、一息ついて、それからかな……。」


 家にたどり着き、「ただいまー。」と玄関をあけると、母親と弟が、待ってましたとばかりに、リビングからバタバタと飛び出してきた。

ビックリしているサチの前に、母親が、何かを、ずいっと差し出しながら言った。


「サッちゃん! これ、夕方あんた宛に預かったんだけど! 」


 母親が差し出した手元をみると、それは、かの国の王家の紋章が入った、たいそう立派な封筒だった。


 それを見た瞬間、サチは、ひっくり返りそうになった。













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