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……、……、…ピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、
ピピピピピピピピッ!!
バンッ!!
「あぁ……起きなきゃ……」
目覚まし時計を叩き止めた格好のまま布団に突っ伏してるのは、今代の封印の巫女。
ノロノロと起き上がり、半分閉じた目で出勤の用意にとりかかる。いつもの朝のいつもの行動。
彼女の名前は、サチ・コーソン。二十四歳、女性。
中堅の広告代理店で事務職につく、ごく普通の社会人。住まいは実家で、両親と四つ下の弟との四人家族。
サチは、二階の自室から階段を降りて洗面台にむかい、歯みがきをしながら昨日の出来事を思い出してみた。
***
昨日、日曜の午後。家族は全員外出しており、久しぶりに一人のゆっくりとした時間を、リビングのソファーに寝転びながら読書して過ごしていた。
リビング南側の大き目の窓の外には、ゴーヤの緑のカーテンが見事に育ち、真夏の午後にも関わらず涼しい風が室内に入ってきていた。
サチにとって至福の時間だった。
やがて、うとうとしだしたが、サチはそれに逆らわず、読みかけの本を傍のテーブルの上に置くと、ゆっくり目を閉じた。
すると、まだ眠りの浅い微睡みのなか、ミコ……ミコ……ミコ……と言う声が聞こえてきた。サチは、一瞬目を開けようと思ったが、眠たさに負けて寝ることにした。するとまた、声が聞こえる。「ミコミコうるさい……」
と寝言のようにつぶやきながら、近所で、猫でも呼んでいるのかと思った。
だが、なんと、目を閉じた真っ黒な空間から淡い光に包まれて、だんだん人の形が現れたのだ。現れた人は、見覚えのある、白く長い異国の服を着た、白く長い口髭が立派な老人だった。老人はサチを見るやいなや、「巫女! 」と大きな声で呼ぶと、抱きつかんほどの勢いで、ズンズンとせまってきたのだった。
そこからが、怒涛の展開。
老人に、「巫女」とはっきり呼ばれた瞬間から、サチの脳内に、歴代の封印の巫女達の記憶、自身が三百年毎に覚醒する巫女の今代であること、これからなすべき役割、次から次へと情報が湧き、溢れ出てきたのだ。
サチは吐きそうな気分に立っていられなくなり、膝を付いた。その様子を見て、老人はあわててサチの側に駆け寄り、背中を優しくさすった。
「巫女!! どうされた?!」
サチは、きちんと説明できないまま、踞っていることしかできなかった。
しばらくそうしていたが、少し気分が良くなったところで顔を上げ、老人に礼を言った。
「ありがとうございます。もう大丈夫です。」
サチの顔色を見て老人も安心したようで、背中から手を離した。
そして、老人はサチの正面に膝を進めて姿勢をあらためると、問うてきた。
「『封印の巫女』ですね。」
サチは、老人の目を見てしっかりと頷き、老人の服に付く意匠をさっと確認し、返した。
「あなたは、神官長ですね。」
老人は、あぁ! と感激したように声をだした。
老人は、神官長ユンベルグと名乗った。
ユンベルグは、巫女の覚醒が二年遅れており、ずっとずっと捜し続けていたことを切々と話した。
覚醒した巫女を世界の中から捜すのは神官長の務め。覚醒した巫女とは夢を使って繋がることができる。それが、この神官長は二年間も夢で呼びかけ続けていたのだ。
サチは意図的に隠れていたわけではないが、老いた神官長に重荷を背負わせたことが可哀想になり、素直に何度か謝罪した。
ユンベルグは捜し出せなかった理由を聞きたがったが、「いまは詳しく話せません。ごめんなさい。」としか言いようがなかった。
サチの中では、理由となる記憶があったが、いま話すとこの老人をひどく驚かすことになり、夢を使った心話中は、精神的ショックをひかえたかった。
ユンベルグは「――そうですか。」と引き下がったが、目には、知りたい! という思いが溢れていた。
その目をみて、サチは、いつかちゃんと話しますからと、ユンベルグの肩に手を置き、子供に言うように優しくなだめた。