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 執務室に通された神官は、開かれた扉の前で一礼し、視線を少し下げたまま入室した。


 大きな窓のある、明るく広い執務室の正面奥には、この部屋にふさわしい重厚な机が置かれていた。主の机の傍には、補佐官も控えているようだった。


 神官が視線を上げると、主と補佐官はすでに執務の手を止めていたようで、じっとこちらを見ている視線とまともにぶつかった。神官は、一瞬ギョッとしたが、すぐにうやうやしく頭をさげ、主に対する挨拶を述べようと「陛下、」と口を開いた。


 しかし、すぐに補佐官の言葉によって遮られた。


「神官イシムだな。挨拶はよい。陛下は神官長よりの報せをお望みだ。」


挨拶を遮られたイシムだったが、動揺することなく緊張した顔を少し上げ、申し上げます、と言葉を続けた。


「神官長ユンベルグは、昨晩、封印の巫女の覚醒を確認いたしました。すでに、夢での心話にて巫女と会談し、早急に入国されるよう要請しましたとのことです。」


 ぶしつけに主を直視しないように、視線は少し下げたままであったため、革張りのイスのギシッとしなる音で、主が安堵のため背もたれに体重をのせたのだと察した。その音を聞いて、イシム自身も二年越しの仕事が終わったのだ、と小さくホッと息をついた。


 安堵も束の間、普段は感情をあまりみせない補佐官が、矢継ぎ早に問いかけてくる。


「今代の巫女は、どこの国で覚醒されたのだ? 」


「極東の島国、イツシです。」


「おお! イツシ! あの国は小国ながら経済的に豊かで、国内も安定し、治安もいいと聞く。極東周辺の国々は黒目黒髪の人々だ、巫女もそのような方なのだろうな。」


「はい。ごく一般的な家庭でお育ちになり、大学を出られてからは、現在、一般企業にて勤務されています。年は二十四歳とのこと。」


「そうか、そうか。それで、いつ入国される。迎えの手はずは? 」


「はい、かねてよりの手はず通り、神官長の指示のもと各々動き出しております。ただ、巫女の希望で、今後の活動の支障となるため、メディアへの露出だけは、避けたいとのことです。」


「なるほどな、三百年毎に行われる巫女の覚醒。先代の巫女の時代すらマスメディアなどあるはずもない。三百年の時を経て、綻びかけた世界各地の封印を再び施すのに、マスコミに追い回されては支障どころではあるまい。わかった、何か手を考えよう。」


「よろしくお願いいたします。それから、巫女の入国に関してですが、現在勤務中の職場に急な退職で迷惑を掛けるわけにはいかない、と言うことで、一週間の猶予をご希望です。」


巫女からのこの希望を聞いて、補佐官は一転して落胆の表情をあらわした。


 神官イシムは驚いた。

 

 この補佐官は壮年の自分と同世代だ。

名前は、エアンスト。背はすらりと高く、顔立ちもなかなかりりしい。先代から今代の陛下にわたっての補佐官の首席であり、世界唯一、「魔」封印の力を持つ国として特別視されるなか、各国と渡り合ってきた手腕の持ち主だ。いちいち、会談や交渉の場で感情を見せていては話にならない。その人のこの落胆ぶり。


 しかし、それも仕方なし、とイシムは思った。

本来なら、二年前、若い陛下が即位されたと同時に、三百年ぶりの巫女の覚醒も起こるはずだった。文献上に残る、代々の前例がそうであったから。しかし、それは起こらなかった。その時の動揺と焦燥は、二度と経験したくないものだった。


 ただ、何かをご承知のような陛下のご様子と、代替わりの際に行われる、もう一つの継承が恙無く行われたことにより、巫女の覚醒も必ずあると信じ、ただ待つことになったのだった。そして、二年待っての、今日の吉報だったのである。この時間のずれには何か意味があったのだろうか、とイシムは思うのだった。


 ここまでの補佐官エアンストとの問答の最中にも、目の前の主から、一言も質問はなかった。神官から何か声を掛けることは許されない。イシムは、エアンストの落胆ぶりをなだめるように、「はじめのご希望は一か月でしたが、一週間で了承頂いたようです。」と言い添えた。

エアンストは、「巫女は律義な方のようだ。世話になった人たちに後足で砂をかけることは出来ないしな。二年も待ったのだから、今さら一週間くらい……。」と力なく頷いた。


 エアンストは、陛下に、「何か・・・」と声をかけたが、結局質問などはなく、浅く頷かれただけだった。イシムは、二年前の何かご承知の様子から今のご様子と、たいへん気にはなった。エアンストもその様子に当然気づいているようだった。だが、聞き出すわけにもいかず、イシムは今後逐一報告することを伝え、主の執務室を退出したのだった。




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