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Ⅴ.俺が魔王で義妹がゾンビで幼馴染がネクロマンサーな訳がない!

 やかましい怒号が耳を貫く。血の匂いが混じった土埃が鼻を掠める。俺はこの劣悪な環境の中、自分の居場所は結局ここにしかないのだという事実をどうしようもなく気付かされた。

 視線を上げ、辺りを見回せばそこには争い事しかない。人間はかくも愚かで度し難い存在なのか。そう嘆く心が奥歯を強く、強く噛みしめさせる。


「人は変わることなどできないのか」


 そして小さく呟いた。だが、その声は火薬が爆ぜる音にむなしく掻き消されてしまって。


「……」


 俺はうなだれる。

 もう二度と使うことなどないだろうと思っていた鎧を纏い、もう二度と振るうことなどないと思っていた魔剣ジハードを左手に握り、もう二度と帰ることのないと思っていた戦場の地を踏みしめている。そして、右腕でもう二度と目を開くことのないディアを狂おしいほど強く抱きしめた。


「……いいだろう」


 これまでどれほど無理をしていたのだろうか。腕の中に眠るディアはまるで枯れ木のように軽くて。そのことが身を引き裂かれるほど悔しくて。今の俺の表情は悪魔のようにも映っただろう。だが。


「ならば、俺も貴様らの意志に応えよう……!」


 悪魔などと生ぬるいことは言わない。俺を再び戦場へ引き戻したことを必ず後悔させてやる。


「ならば、俺も貴様らの罪に応えよう……!」


 目に映る何もかもを破壊しつくしてやる。近付く何もかもを焼きつくしてやる。俺ならできる。いや、俺だからこそできる。俺にしかできない。何故なら俺は――。


「我の名前はボルケイノ=松本! この世界を滅する者なり!」


 魔王だから。


「……」


 そう宣言して、俺はジハードを抜いた。そして、一度だけ小さく呟く。


「ディア……、約束守れなくてごめんな」


 途端、空が悲しく嘶き、大地が歓喜の声を上げ始めた。

 すると戦場は嘘のように静まり返り、それまで勇猛果敢に武器を掲げていた兵士達が一斉にこちらを向く。その顔は、思わず笑ってしまいそうなほど茫然としていて。まるで、実在しないドラゴンにでも出会ったかのように目を見開いていた。


「魔王だ……」


 そして誰かがぽつりと言った。


「魔王だ」


 次に声が重なった。


「ま、魔王だ!」


 最後にそこに恐怖の色が加わる。


「前軍撤退!!!」


 悲鳴のような指揮官の声を皮切りに、兵士達が逃げて行く。俺はその無防備な背に向け、ジハードを振り下ろした。

 しかし、遠く離れたこの場所からでは、当然刀身は彼らの体まで届かない。だが、俺の狙いはそれとは別にあった。


『キュゴオオオオオオ!!!』


 それは刃先から放たれた光の衝撃波。俺を中心に生まれた力が、全方位の兵士を一人残らずなぎ倒していく。


「うわあああ!!!」

「あああ!!!」

「ぎゃあああ!!!」


 兵士達はその驚異の斬撃に抵抗することもできず散っていった。その姿はまるで嵐の中を舞う小さな木の葉だ。巨大な渦の中に落とされた一匹の虫だ。いずれにせよ、もはや彼らにできることなどありはしない。ただ、己の死を待つこと以外は。


「あはは!」


 俺はとりつかれたように剣を振っていた。その目から流れ出る何かを否定して。


「あははは!」


 きっと、俺はとても弱々しい顔をしているだろう。情けない顔をしているだろう。


「あはははは!」


 だから、ディアの方を振り返ることはできない。


「あははははは!」


 もう二度と。


『キュゴオオオオオオ!!!』


 そして――。

 そして戦いが終わると、そこには何も残らなかった。いや、見るも無残なジハードの爪痕だけは俺を責めるように大地に残っている。


「これから、どうしようか……」


 俺は急ごしらえのお墓の前で誰に言うでもなくぼやく。

 しかし、そこに答えは返ってこない。ただ、耳元で風が吹き抜ける音がする。


「はぁ」


 無意識に溜息をついた。その行為にはいくつもの感情が込められていて。けれど、俺の胸にぽっかりと空いた穴は埋められなくて。


「なーに、しょぼくれてんのよ!」


 振り返ると、幼馴染の山田=クリスティーぬがいた。

 流れるような長い金髪に青い瞳。そして、今にも透けてしまいそうなほど白い肌。もちろん髪型はツインテールで、真っ赤なリボンをつけている。

 クリスティーヌの母親はイギリス人で、父親は日本人。つまりハーフだ。だから顔立ちは驚くほど整っている。いや、更に言うと父方のおじいちゃんがフランス人で、母方のおばあちゃんがドイツ人である。また、血筋を辿るとブラジル人もいたようで、そのサンバ独自のナイスバディが見事に彼女にも遺伝していた。つまり、おっぱいがでかい。


「なんだ、お前か」

「『なんだ、お前か』とは失礼ね! あんたが一人で落ち込んでるみたいだから、わざわざ来てあげたのに!」

「ああ、心配してくれたのか?」

「し、し、し、心配なんてしてないわよ! か、か、勘違いしないでよね! あくまでこれはそう! わ、笑いに来たのよ! あんたの情けない顔を見てね!」


 俺が訊ねると、クリスティーぬはそっぽを向きながら必死に否定してくる。


「そっか」


 それでも俺はクリスティーぬが今ここにいてくれることが嬉しくて、にこりと笑った。


「……!」


 すると何故か顔を真っ赤にして、クリスティーぬは今以上に顔をそむけてしまう。よく分からないが、彼女には彼女なりの事情があるのだろう。


「よっ」


 そして俺は体に力を込めると、中継ぎなしで勢いよく立ち上がった。悲しい余韻を振り払うために、その場でうじうじと座り込んでいた弱い自分と決別するために。

 空を見上げると、神様からのプレゼントだろうか。まるでアニメのラストシーンのようにディアが大きく映り込んでこちらに微笑みかけてくれていた。俺はそんなディアに向かって強く笑って見せる。もう自分は大丈夫だと、心配する必要はないということを示すように。すると、ディアは嬉しそうに目を細めて空へと吸い込まれていった。幻覚でもいい、彼女には今も笑っていて欲しいと俺は願う。


「うーん、とりあえずやってみっか」


 俺はそう言いながらどこへともなく足を踏みだした。

 そして、まだ現役の魔王だった頃の記憶を無理矢理呼び覚まして、世界を滅ぼす方法を考え始める。

 続く後方で、俺の歩調に合わせる足音が聞こえた。


「えっと、まずは城だな。城。世界を滅ぼすためには最初にどこかに拠点を構えて、仲間を増やさなきゃならない。さすがの俺も一人じゃ、世界は滅ぼせないだろうしなー。たまに勇者とかも現れるし」

「そうねー。でも、やっぱりどうせ城を造るんだったら綺麗な場所がいいわよね。周りにお花畑とかあるような」

「え? お前も来るの?」


 両手で頭を抱え口笛を吹きながら俺は訊ねる。けれど、今から返ってくる言葉なんてとっくの昔から知っていた。


「あ、当たり前でしょ!? 世界を滅ぼすなんて大それたこと、あんただけじゃ不安だし。しょーがないから私もついていってあげるわよ!」

「私も」


 そう、彼女はそういう奴なのだ。どこか人がいいというか、素直じゃないというか。いや、素直じゃないのはお互い様か。


「そっかー、二人ともありがとう。俺、すごく嬉しいわー……って。二人?」


 振り向くと、クリスティーぬの隣で当たり前のようにディアが立っていた。


「え? ディア、お前死んだはずじゃ……?」


 その信じられない光景に、俺は機械のようにぎくしゃくと体を動かしながらディアに近付く。

 しかし、そこに生まれた大いなる疑問に答えたのは彼女ではなくクリスティーぬだった。


「ああ、言ってなかったっけ? 私、先月ネクロマンサーの資格取ったから、死んでたこの子を秘術で生き返らせたのよ」

「……復活」


 状況を把握しきれていない俺にクリスティーぬは、当然のように告げる。

 関係ないが、彼女の横で無表情のまま小さくガッツポーズをしてみせるディアがとても可愛らしい。


「え? 嘘? だってさっき空に……」

「空……?」


 ディアが小首を傾げて聞き返す。

 どうやら空に映っていた彼女は本当に俺の自分勝手な幻覚だったらしい。今度は俺の顔が火が付いたように赤くなる番だ。


「まぁ、生き返らせたって言っても結局ネクロマンサーの秘術ってゾンビを生みだすものだから。普通の人間とは違うんだけどね」

「……がおー」


 戸惑う俺のために、クリスティーぬが新たに訳の分からない補足を付け加えてくれた。

 関係ないが、彼女の横でゾンビの動きを真似しているディアがあり得ないほど可愛らしい。


「え……? て、ことはだよ。俺はもう世界を滅ぼさなくていいってこと?」


 そして俺は混乱の末、当然の疑問を彼女らに投げかけた。

 それに応えてくれた彼女らの言葉は実にシンプルで。


「いや、世界は滅ぼしなさいよ。男が一度言ったんだから」

「お兄ちゃんは……男」


 理由に納得いかないが、これからの俺の進路を確定させるのには十分すぎるものだった。


「そ、そっか」


 そしてまた俺達は歩き始める。


「あ、で、でもディア。お前、昔俺に『もう人を殺さないで』って言わなかったっけ?」

「……あれは人間だった頃の話。今はゾンビ。だから……別腹」

「そ、そうなんだ……」

「そうよ。というかあんたって、昔から頭固いわよねー。だから魔王なのに、モテないのよ」

「……な! 関係ないだろ、そんなこと!」


 下らない話をしながら。ただ、この一時の幸せを噛みしめるかのように。


「……大丈夫。ディアはお兄ちゃんカッコいいと思う」

「ディーアー! お前は本当に優しいなー!」

「ディアちゃん、あんまりこいつを甘やかしたら駄目よ?」


 これから先のことなんて俺には分からない。もしかすると俺達がやろうとしていることなんて無謀で、最終的にはそのきっかけすら掴めずに終わってしまうかもしれない。

 でも、この二人がそばにいてくれるなら、この二人と一緒なら。俺は不思議と、どんなことでも出来るような気がしていた。


「……確かに。お兄ちゃんすぐ調子乗るから」

「ディーアー! そんなことないよー!」

「あはは、妹のディアちゃんの方が兄貴よりもしっかりしてるわね」


 魔王とゾンビとネクロマンサー。こんなあべこべの三人でいったいどこまで行けるのだろうか。どこまで進めるのだろうか。


「そういうお前だって、昔は一人で眠れなかったくせに」

「そ、それは私がまだ小さい頃の話でしょー! い、今はちゃんと寝られるわよ!」

「……お姉ちゃん、可愛い」


 それは誰にも分からない。だって、まだ。まだ俺達の物語は始まったばかりだから。


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