Ⅲ.俺が義理の妹の頭をなでなでしてから、食パンをくわえた幼馴染とぶつかる訳がない!
「うーん、今日はいい天気だ」
俺は雲一つない広々とした青空に、とびっきりの笑顔をプレゼントした。心なしか、空もそれに応えてくれた気がする。
「早く行くわよ!」
クリスティーぬはそう言って走り始めた。そんな彼女の白く細い手首を、俺はぎゅっと掴む。
「危ないぜ」
「え?」
すると、俺達の目の前を一台のトラックが走り抜けた。もし、気付かずにクリスティーぬを先に行かせていれば、大きな事故に繋がったかもしれない。間一髪のクリスティーぬ。略して、間クリ―ぬ。
「あ、ありがとう……」
そう言って振り返るクリスティーぬ。その青い瞳と目が合った。
「……」
「……」
見つめ合う二人。そこには俺達にしか共有できない特別な時間が流れていく。
「お母さん。見てみてー! カップルだよ、カップル!」
「あらあら、お熱いわねー」
それを終わらせたのは一組の親子連れだった。
やれやれ、こんな風にはやし立てられるのは好きじゃないんだが。別に意図した訳じゃないが、これだとまるでロミオとジュリエットだな。
「……よ」
「ん?」
「いつまで手握ってんのよ!」
「あだっ!」
そこで顔を真っ赤に染めたクリスティーぬが平手打ち。あーあ、また頬が腫れちまう。俺は苦笑いを浮かべながら、地面に倒れこむ。アスファルトで頭を怪我しないように、ちゃんと受け身は取りつつね。ここ、ポイント。
「……お兄ちゃん?」
聞き覚えのある声に反応して仰向けになると、そこにはスカートから覗くピンク色の下着が。正確には、ピンク色の下着を履いた小柄の女の子が立っていた。
「なんだ、ディアじゃないか」
彼女の名前はディアゴスティーニ=松本。呼びにくいから、俺はディアと呼んでいる。名前でお気付きの方も多いと思うが、俺の妹だ。いや、義妹って言った方がいいかな。ある日、突然親父が連れてきた女の子。その経緯はここでは割愛するが、一応俺達に血の繋がりはない。大事なことだからもう一度言うが、俺達の血は繋がっていない。結婚できる。
いや、そんなつもりは毛頭ないのだが、とにもかくにも彼女は俺の義妹だ。ついでに言うなら、今は全寮制の私立学園に通っていて、学年は中学1年生である。学園ではその愛くるしい顔立ちも手伝って、男子からかなり人気があるみたいだ。けど、お兄ちゃんはまだ交際とかディアには早いと思うぞ、うん。
「どうしてこんな所にいるんだ? お前の学校は違う区だろう?」
俺は仰向けのまま訊ねた。
先ほどからディアのスカートが風でかなり煽られている。しかし、それを押さえようとする仕草が見られない。兄としてはちゃんと注意した方がいいのだろうか。
「……お兄ちゃん、どうしてるかな? と思って」
ディアは無表情でそう答えた。普段から無口なディアは、こういうときでも多くは話さない。周りからすれば無愛想にも見えるかもしれないが、俺にはそこに秘められた気持ちがすぐに分かった。
「あーもー、しょーがねーなー」
俺は立ち上がると、右手でディアの頭を優しく撫でた。それはディアが初めて家にやってきた頃、彼女が泣くたびに俺がやってあげていたことだ。
「……」
そうするとディアは俺に顔を見られないように俯く。だが、その表情は簡単に予想がついた。だから、今は敢えて違う場所を俺は見つめる。
「……ありがとう」
「おう、また何かあったらすぐに来いよ」
そう言って手を振ると、ディアは胸の辺りで小さく手を振り返した。そして、ちゃんと学園の方へ向かっていく。その背中にはもう寂しそうな雰囲気は見られない。
「アンタって、ほんとにシスコンよね」
「はは、そーだな」
俺は苦笑しながら鞄を拾い上げ、学校の方へ振り返った。
すると。
「うおっ!」
「いたっ!」
何かとぶつかり、尻もちをついた。
「いててて」
打ちつけた尻をさすりながら、俺が視線を向けるとそこには食パンをくわえたクリスティーぬが同じく尻もちをついていて。
「き、気をつけなさいよね! バカ!」
「な、そっちだって余所見してたんじゃねーのか!?」
「あーもー! うるさい! うるさい! こんなバカに構ってたら遅刻しちゃう!」
そう言ってクリスティーぬは一人だけ立ち上がると、謝罪もなく走り去ってしまった。
一方の俺はと言うと、「なんだよ、あいつ」とぼやきながら落とした鞄を拾って起きあがる。
「アンタもたいがい運がないわね」
「やれやれ、そのようだ」
そうして俺とクリスティーぬは二人で並んで学校へと歩き始めた。




