Ⅰ.俺の幼馴染がイギリス人とフランス人とドイツ人とブラジル人と日本人のハーフですこぶる美人な訳がない!
俺の名前はボルケイノ=松本、至って普通の男子高校生だ。
そんな俺が今何をしているかと問われれば、それは自分の布団で寝ていると単純に答えることができる。
耳を澄ますと、家の外から雀の鳴き声が心地よく響いてきた。普通ならもう布団から出て、朝の支度をする時間だろう。
「……」
しかし、俺はまるで冬眠中の熊のように体を丸めて寝静まっている。こうなると、地球が爆発しても動かないのが俺だ。
『……ポーン』
遠く、どこかで不快な電子音が鳴った気がする。だが、既に夢路へ歩き始めた俺を止めることは何者にもできはしない。
『ピン……』
また、せがむように無機質な音が生まれる。けれど、もはやそれは俺の耳には届かない。気がつけば、どんどんと意識が溶けていき、視界が闇に包まれる。布団の温もりが、俺のことを祝福しているようにも想えた。
『ガチャ』
ああ、何て気持ちが良いのだろうか。まるで世界が自分だけのもののようになった気分で。高揚感がウナギ登りだ。
『バンッ』
体が軽い。風船のように軽くなった体が今にも宙に浮き上がりそうで。ああ、意識を手放すこの瞬間。この瞬間が、俺はとても。とても愛おしい。
「……っとに」
おやすみなさい。
「こらー!!! 早く起きなさいよ、馬鹿ー!!!」
「うぐっ!」
甲高い声と共に腹部に生まれた衝撃で、俺の体はくの字に曲がる。どうやらいつものごとく俺はかかと落としを食らったらしい。
そして、当然のようにはぎ取られる布団。あの心地よい温もりが急激に失われる。ああ、俺の愛しの恋人。Good bye。
「もう! いつまで寝てんのよ!」
そう言って眉間に梅干しのような皺を寄せているのは、俺の幼馴染の山田=クリスティーぬ。流れるような長い金髪に青い瞳。そして、今にも透けてしまいそうなほど白い肌。もちろん髪型はツインテールで、真っ赤なリボンをつけている。
クリスティーヌの母親はイギリス人で、父親は日本人。つまりハーフだ。だから顔立ちは驚くほど整っている。いや、更に言うと父方のおじいちゃんがフランス人で、母方のおばあちゃんがドイツ人である。また、血筋を辿るとブラジル人もいたようで、そのサンバ独自のナイスバディが見事に彼女にも遺伝していた。つまり、おっぱいがでかい。
「おいおい、俺の家に勝手に入ってくるなって言っただろう?」
頭をかきむしりながら迷惑そうに俺は告げる。
「私だって別にあんたの家になんか入りたくて入ってる訳じゃないわよ! こ、こっちだって迷惑してるんだから!」
「じゃあ、何でわざわざ俺を毎日おこしに来るんだよ?」
欠伸混じりに訊ねる俺。だが、次にクリスティーぬが言う台詞は分かっている。これは俺達にとって儀式のようなもの。お互いに素直になれないひねくれものだから。
「そ、それはおばさん達が留守の間、あんたを世話するように頼まれたからよ! か、か、か、勘違いしないでよね!」
クリスティーぬは顔を真っ赤に染めて、そっぽを向いた。そして更に腕を胸の前で組んで、あからさまに不満な態度を示している。
しかし、それが照れ隠しということは俺にはお見通しだ。だが、俺も素直になれない孤独なロンリーウルフだから、ぶっきらぼうに彼女に告げる。
「あ、そう。じゃあ、もう俺は起きたから、さっさと出て行ってくれよ」
「な! そんなこと言って、私が出て行ったらまた寝る気でしょ! あんたがちゃんと朝の支度するまで、絶対ここを動かないんだからね! そ、それに……下で朝ごはんも……作ってあるし」
後半は声が小さくて何を言っているのか分からなかったが、どうやら彼女はここを動く気はないらしい。
「はぁ……」
俺は一度ため息をついて、彼女に確認する。
「分かった。支度して良いんだな?」
「え? な、なによ? できるんだったら、さっさと支度しなさいよ!」
俺は再度彼女に確認する。
「本当に良いんだな?」
「もう! 訳分かんなこと言ってないで、急いでよ! このままじゃ、私も遅刻しちゃうじゃない!」
彼女は俺の意図していることが分かっていないようだ。しかし、それなら仕方がない。俺は別にこれを狙ってやった訳ではないのだから。言うならば事故。そう、偶然そうなってしまった事故に過ぎない。だから、今から行うことに関して俺は一切責任を持たないし、読者からの糾弾も拒否する。あるいは法律や裁判なんかでも俺を裁くことはできない。
一応、それを確認してから俺は自身の横たわっているベッドから飛び降りた。
「よいしょっと」
すると、今まで俺を覆っていた毛布が体からずり落ち、その全貌を明らかにする。
「へ?」
それはしなやかな曲線を描く、一糸まとわぬ裸体。俺は昨夜、その寝相の悪さによってどうやら服を全て脱いでしまっていたらしい。もちろんそこには下着も存在しない。まるで、生まれたままの姿だ。
そして俺はそのまま教科書の入った鞄を探し始める。部屋が散らかっているせいで、見つけるのには少し骨が折れそうだ。
「き……」
すると、小さな声が聞こえた。
その方向に視線を向けると、先ほどよりももっと真っ赤になったクリスティーぬが、涙目になりながら立っている。
「おい、大丈夫か?」
その様子に、俺は心配になって立ち上がる。
途端、クリスティーぬは自分の左手を限界まで振りかぶり、俺の頬めがけて平手を思い切り飛ばしてきた。
「きゃーーー!!!」
「おべぇ!!!」
その破壊力のなんたる凄まじさ。まるでダンプカーに跳ねられたかのような衝撃を受けて、俺の体は空中でトリプルアクセルを決める。
「し、信じられない! あんた、そんなもの早くしまいなさいよ!」
クリスティーぬの目からは少し涙がこぼれていた。
しかし、俺も負けていられない。ひりひりする頬をさすりながら、抗議する。
「俺はちゃんと確認しただろ! 『支度してもいいのか』って!」
「きゃーーー!!!」
すると、また張り手が飛んできた。
興奮して、無意識の内に立ちあがってしまっていたらしい。
「うぼぇ!!」
「もう、知らない! バカ!」
そして、俺が空中でトリプルアクセルを決めている間に彼女は部屋を出て行ってしまった。
「うー、いててて」
そんなこんなで、いつもと変わらない俺の一日が始まっていく。