夢屋
160cmぐらいの背丈。
紺のエプロンをして胸まである茶髪をひとつに束ねた女が打ち水をしている。
「あっりっちゃんだ!りっちゃ~ん!」
「あっ光!おはよーう!そんな荷物持ってどこいくの~?」
光は地面を蹴りながら女に駆け寄る。
「おばよ~。避難してきたぞ。」
「おはよーう!避難?よくわからないけど、元気がいいね~。こんなに暑いのに。あっ影もいる」
少し遅れて光の後ろから影がびしょ濡れになりながら歩きついた。
「 はぁ…りっちゃんおはよう。 あ~疲れた!あ~暑い!」
「おはよう。大丈夫?この頃は暑さで人が死んだって聞くじゃん?気を付けないと…」
「ぁあわかったよ、気をつけとく」
影は乱れた息を嫌々ながら整え、女に問いかけた。
「ぁあ、りっちゃんあのさ、急で悪いんだけど…」
「ん?」
「あの……今日から3日、この夢屋に置いてくれない?」
「は?」
「3日間夢屋に泊めて下さい。」
「えっ?はっ??」
知り合いに朝の挨拶を交わしただけで、店に泊めてくれないかと申される。
女はこの状況がいまいちわからず目元が忙しくなった
さすがに不味かったかと影は少しばかり恐縮しながら、
「いや、3日間だけですので。」
「別にそれはわかったよ!えっなんで?」
「えっそっそれは…」
家に会いたくないやつが来るから…
こんな理由で置いてくれるわけがない。居留守を使え、どこかに泊まれと追い返されるだろう…
影は模索する。
(…なんて言おう…)
・家の隣にかなりあれな人が引っ越してきたから
(……う~ん…確かにいやだけど、どうにかなるよね)
・家の近くに変な人がうろちょろしている
(………う~~ん…戸締まりしとけば大体は大丈夫だよね)
・俺にストーカーがついている
(……う~ん…ていうかストーカーって逆になんか嬉しいよ。逃げないよ。ずっと家で待ってるよ。
う~ん…何て言おうかな…)
「影が嫌いなひとが来るんだ」
突如、光の元気な声が響いた。
「えっなに?」
「えっ?あっ!おい!」
影の模索は虚しく光は待ってはくれなかった。
「影は嫌いな人がウチに来るらしいけど会いたくないし、うざいから夢屋に泊めてもらおうって来たんだ」
「ぇえ!?なに~!?そんな理由!?」
「ちょっとちょっとぉ~!何言ってんの!?しかも俺そこまでひどく言ってないし!!」
ひどくは言ってはいないが、やってることは同じだと心の隅に見え隠れしながらも、男は少年の開ききった口を手で覆った。
「……影!最低!!ひどいすぎ!!その人がかわいそう!」
「えっ…いや………そんなつもりじゃ……………」
全てがもう遅い。
事の真実はもうすでに相手も充分承知してしまっている
「いや………違うよ…ちょっと勘違いしてない?これはそのあの…」
「……そんな邪険することもないじゃん!何?友達かなんか?」
「いや…友達とは認めたくない。知り合いだよ。腐れ縁ってやつ」
「なんだ。ただの知り合いなら居留守使えばいいじゃん!?大体そんな理由で夢屋を利用しないでよ!なんならラブホにでも行って!!」
「 かわいそうとか居留守使えとかどっちなんだよ…
いや、それは本当に申し訳ないと思ってるさ……でも…居留守はあいつには通用しないし、この街にはラブホ一つもないし……それに…」
「……?」
「"今の俺"にはちょっと…」
「はぁ?今の俺ってなに?そんなこと言っても、泊められないんだよ。他の所を探せおカバ」
「おカバか。そのぐらいの攻めじゃ俺は退かん。ねぇお願いしますよ~ 3日間だけ…… 」
ここまでくると粘り強いのかしつこいのかわからないが一向に影は食い下がらない。
「懲りないな無理!!っていうかいや!!忙しいんだよこっちは!!」
影のしつこい態度に相手は強烈に怒ってしまっている。
「……ねぇお願しますよぉ。あっそうだ、ここのかき氷うまいよね!」
「はぁ!?何急に!?当たり前です!
良いこと言って泊めてもらおうっていう心が丸見えなんだよおカバ!!
もっと上手く言えよおバカバ!!」
こんなのに付き合ってられないと嘆くと、女は水かさがすっかり減ったバケツに水を足しため店の奥へ消えた。
「……だって影。りっちゃん怒っちゃったね。」
「はぁ……どうするかなぁ~あんなに怒らなくてもいいのに。」
(……なんか無理そうだな…ていうかこの栄光街でも夢屋忙しいんだ……)
影は再度模索した。
(忙しい、泊められない、夢屋、3日間…)
「暑いなぁ~、ねぇ影。せっかくだから夢屋でかき氷食べていこうよ!」
光の声は、今この瞬間現実世界には不在の影の耳には程遠い。
(忙しい、泊められない、夢屋、3日間……)
「ねぇ!ねぇ~!!聞いてる~!?」
(忙しい、泊められない、夢屋、3日間…… う~ん。これしかないのかなぁ~?)
影は店の奥で水をくむ女の元へ走った。
「りっちゃん!さっきはごめん!
話を変えよう!今日から3日間この夢屋を手伝うよ!」
「………っえ?」
「今日から3日間、タダで俺が夢屋を手伝うよ!!」
「は?要するにタダ働きするかわりに夢屋に泊めろってこと…?」
「あぁ!!もうこれしかないと思って。悪い話じゃないよね?なくね?」
「はぁ……どんだけ会いたくないんだよ…ここまで拒否るのは逆に笑えるわ」
女は再び、日の照る外に飛び出し、後ろにいる影に叫んだ。
「こっちにきて!まずは掃除から!荷物は置いてね」
「えっ?」
「これから3日間、きっちり"働いて"もらうよ」
「………あっありがとう!!」