光(こう)と影(えい)
むしむしとしたアパートの小さな部屋からせみの声にも負けず元気な声が鳴り響いている。
「影!早く起きろ~!バミトントンするじょ~!」
「ぁあ…」
「影!早く起きろ~!バミトントンするじょ~!」
「ん…?ぁあ…」
男はその声に観念したのか重そうな目をゆっくりと開けた。
まだ光に慣れない目を細めるとそこにはラケットと羽を持った少年がぴょんぴょん跳んでいる。
「影、おばょ~。ねぇ、バミトントン!するじょ?」
「ぇえ~……するの~…?」
「うん!」
影は目を擦りながらため息混じりでだるそうに嘆く。
「暑いな~…そんなのあとでいいじゃん…それよりなんなの?この暑さは。」
暑さというよりも息苦しい。
まるで顔におしぼりをかぶせられたような息苦しさだ。
「しんとうめっきゃくすれば火もまた涼し。大丈夫だよ。暑くない。」
「そんなのどこで覚えたんだぁ?心頭滅却しても暑いものは暑いんだよ。」
影は皮肉たっぷりに言うと、力なく起き上がった。
「はぁ、こんなに暑いとテンション下がるわ~」
「上げればいいよ!」
「じゃあ、お前はテンションを下げれるのか?」
「ん~ムリ。」
「だろ。だから俺もムリ。」
こんな時は冷たい水で顔を洗うのが一番といわんばかり洗面台に影は向かった。
「はぁ~朝からうるせーし、暑いし、もういや~」
影は勢いよく蛇口をひねる。
が、
「うわ!ぶぁっちゃっう!!!なんじゃこりゃ!?」
「あはは!なんじゃこりゃ!あはは!熱湯じゃ!」
蛇口の水はこの暑さのお陰で湯気をまとっていた。
「ぁあもう!!」
影はますますテンションが下がっていく。
(…これだから夏は嫌いなんだ…)
影は力なく床に崩れ落ちてしまった。
「はぁあついし、うるさいしもう……」
「そんなのこと言わないで~?せっかくの夏だから楽しまないと~ねぇバミトントンしよう?」
「光は若いから楽しいんだよ…もうこの年になるとだるい…バミトントンもだるい…」
「22なのに?」
「そうだよ…22なのにだるいんだ…」
それを最後に影の目から輝きはなくなり体には力がなくなる。
「ねぇねぇ影~」
「うぅん…?」
「さっきねぇポスト見たら、お手紙インされてたじよ…」
光はポケットからくしゃくしゃの紙切れを差し出した。
「ぇぇ?手紙?また請求書か…?」
「ううん。違うよ。わかんない」
「そうか…」
影は封を破ると一通り文字を見たところで声に出し読み始めた。
「えっと…拝啓影殿、ヲタ芸も少々きつくなってきた季節になりまする。お体の具合はどうでしょうか?拙者は同志達のいる、秋葉をはなれ、少しばかり栄光街に里帰りすることになりました次第でございまする…」
「ねぇ誰から?誰から?」
「影殿は拙者の古くからの友人でございまする故、里帰りした際はご挨拶に伺おうとおもっておりました故、お手紙を送った次第でございまする。」
「ねぇ誰これ?」
「こいつは…昔からの知り合いだよ…そうか…帰ってくるのか…」
「影どうしたの?元気ないね。」
手紙を初めて見たときから、徐々に影の顔は血色がなくなっていき今では真っ青になってしまっている。
「ほんと勘弁してくれよ~、あいつといると自分まで現実が嫌になるんだよ~」
影は眉間にシワを寄せながら、自分が知ってるかぎりの苦しそうな顔をして光に訴えかける。
「えっどして?」
「あいつはな……まぁもういやなんだよ! 全てがいやなんだ!! 」
「えぇ!?そんな嫌いなの!?」
「別に嫌いではないけど……ああ!!もう…立て続けにほんと…朝からテンションがた落ちじゃねぇーか!」
こうしている場合じゃない、と嫌々ながらにも影は頭を整理し最善の策を導きだす。
(とりあえずここにいたら確実にやつは来る)
影はさっきの影とは別人のようにてきぱき荷物をまとめ、
「光!夢屋にかくまってもらう!バミトントンは行ってからだ!」
「ぇえ~!?」
「えぇ~じゃない!早く急げ!世の中の暗部はみちゃいけない!」
むしむしとしたアパートそそくさと後にした。