一通目
拝啓 君
お元気ですか? 僕は相変わらず、気ままな旅を続けています。
そちらで僕が死んだことになっているそうですが、本当でしょうか。
猫は歳をとりその日がくると姿を隠す、などと人間は信じているそうですが、少なくとも僕に限っては違います。いつもの旅が少し長引いているだけです。
もうそちらには帰らないかもしれませんが、元気で居ることをあの家の住人にお知らせ下さい。
ところで、君は僕が誰か分かっているでしょうか。
突然、手紙を受け取った君は僕が何者か分からないかもしれませんね。
僕は、とらです。
君がよく知っているあの家を、昔、拠点にしていた片目の上に古傷がある虎模様の猫です。
たぶん覚えているはずです。
君はよく庭で蟻の巣を見ていたり、セミの抜け殻を探したりしていましたね。誰か人と遊ぶよりそうしていることが多くて、いつも暇そうで。
最近、ふとそんな君の事を思い出す機会が多いのです。
こうして手紙を書いているのもそのためです。
ところであの頃、僕はあの辺の何匹かのメス猫に子供を産ませたのですが、もしかして僕の子孫は今もあの土地に根付いているのでしょうか。
僕が何ヶ月も家に帰らず旅をするのが好きなのは君も知っていますね。
ここ何年と家に帰らぬのは前にも書いたとおりやはり旅のためです。といっても君が知っているような近所を放浪する旅ではありません。
あの日、いつものように近所放流の旅から家路についた僕は玉虫色の宝石を首から下げた老人に出会った。家の側の烏瓜がなる、君もよく知っているあの空き地に彼は佇んでいました。
老人は僕の首に宝石を託すと、どこともなく消えていったのです。彼は優しい目をしていました。
そして消える間際にこう云ったのです。
「次は君が旅をする番だよ」
そろそろ筆を置かなければなりません。
(猫の手に筆は似合いませんか? 旅をする猫は人間と同じように筆だって持つものなのですよ。)
なぜならアルバイトの面接に行く時間だからです。ここに来てから資金が底をついてしまった。
また手紙します。
とら