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第一章 動き出す歯車2

 ため息をついてみた。何も起こらない。もう一度ため息をついてみた。

 やはり何も起こらない。時計の針が進むごとに、いったい何をしているのだろうか、と言う罪悪感らしきものが襲ってくる。

 実はあの後、女性の言う事に従って、学校をサボってしまったのだ。嗚呼、何と言うことだろうか。今までは盲腸になろうが四十度の熱が出ようが、必ず校門をくぐり、授業に没頭していたと言うのに……。両親がこの世を去ってから、自分はどうもおかしい。

 正直な話、自分には学力以外他人に誇れるものが何もない。運動神経がいいわけでもないし、専門的な技能を持っているわけでもない。時々容姿が可愛いと言われるけど、それは他人との距離を縮めるためのスキンシップであって、参考にはならない。

 学校に行くと、やたら女の子と親しくしている人がいるけれど、そんな芸当、僕には無理だ。

 となると、やはり学力しか残らない。この実力資本主義の御時世に、何のとりえもない人間が生きていけるわけがない。世の中で生存するためには、何か他人とは違うものを持っていなければならないのだ。

 しかし、冷静に考えてみると、学力で勝負することはさして珍しいことではないため、他のことよりも不利だと言うことがわかってくる。

 他の事とはつまり、モデルのように容姿で給料をもらったり、スポーツ選手のように己の身体能力を用いて数億もの金を稼いだり、お笑い芸人のように他人を笑わせることで生活をやり繰りしたり、俳優や声優のように、その演技力によって自分の力を証明したりする事。学力によって将来の道が開かれるのは彼らと変わりないが、余程でない限り公に出る事はない。

 別にそれを望んでいるわけではないけれど、報酬と言う現実を見ると、余裕があるとは言えない。

 彼らだって大いに苦労しているんだろうし、学力においても就く仕事によって余裕があるかどうかは大きく変わってくる。けど、僕の持っている先入観としては、学者にいいイメージはない。

 かと言って、他にできることがないのだから、自動的に道は決まってしまうわけだけど……。

『ココアでも飲もうかな……』

 台所に行き、ポットに水を入れて沸騰させる。意外とこれに時間がかかる。それまでの間どうしたものだろうか。誰か尋ねてきてくれれば、こんな憂鬱な気分にならずにすむのだけれど。

 ピンポーン。

 インターホンが鳴った。誰かが僕を訪ねてきたらしい。都合がいいなぁと思いつつ、玄関へ向かう。

「はーい、どなたですか?」

 訪ねてきた相手に問いつつ、ドアの覗き穴から外を見る。

 相手は一人ではなかった。二人いる。まず目に入ったのは、金髪の少女だった。年はテリオスと同じくらいだろうか。しかし困ったことに、知り合いではない。

 隣にいる男性は、大体二十代前半と言ったところだろうか。灰色の短髪で、顔立ちは格好いいと言うのが一番わかりやすい。が、やはり彼も知り合いではない。

 まったく知らない人がこのタイミングで自分を訪ねてくる……何やら怪しい感じだ。

「開けてください……と言ってもダメでしょうね。危ないですから、ドアから離れて下さい」

 テリオスの問いに答えたのは女の子の方だった。離れていろと言われても、いったい何が危険なのかわからない。どうしていいかわからず、ただ立ち尽くす。

 だが、そんな彼のことなど、ドアの向こう側にいる彼らがわかるはずもなかった。

「氷山の頂に佇みし女神よ……我が言の葉により、汝の力をここに映さん」

 目を瞑り、片手を空に向ける少女。いったい何をやっているのだろうか。

 最近は変な人が多いらしいから、迂闊に相手にしてはならないと学校で注意された記憶がある。この人がそうなのかもしれない。だとしたら相手にしない方が……。

「ゴッド……グレイス」

 フィィィィィィィィ……。

 少女の目が水色に光り、同じく水色のオーラが少女から発せられる。オーラに包まれた少女は宙に浮き、金色だった髪はオーラと同じく水色になり、絶え間なく、かつゆったりと揺れる。彼女の横に立つ男は、彼女の選択をただ横で見ていた。

 向こうはこちらを警戒している。今の世の中、余程の世間知らずでない限り、知らない人間に開けてくれと言われてドアを開ける人間などいない。故に、無駄な問答を繰り返す前に、全てを示す方法を選んだのだ。こうでもしなければ、相手はこちらを受け入れないだろう。

 一方、少女の呟きだけを聞いていたテリオスは、まったく状況をつかめていない。

 一体何なのだこの人たちは……。警察に連絡したほうがいいのかな……などと考えていた、そのときだった。

「ペタル・フリーズ(氷結する花弁)!」

 ビキビキビキビキ……ッ!

 突然、冷たいものが手に触れた。

「……氷?」

 透明な冷たいもの……それは水が凝固したもの、氷だった。

 ビキビキビキ……ッ!

 聞いているだけで寒くなりそうな音をたて、ドアが氷に包まれていく。

「なっ……な……」

 今の気温は20度。氷が発生するような条件はそろっていない。にも関わらず、氷は無情にドアと、テリオスの心にある現実を包んでゆく。

 音がおさまったとき、ドアは完全に氷付けとなっていた。信じられない……と言いたげな表情で、テリオスは氷らしき物に触れてみる。冷たい。やはり氷だ。

「まだ扉の前にいるのなら、今すぐ離れて下さい。怪我をしますよ」

 外から警告の言葉が聞こえてくる。のんきに冷たいなどと思っている場合ではないらしい。突然このような超常現象を起こした者の言葉だ。警告が死刑宣告のようにすら聞こえてくる。

 彼に何かを言う余裕すら残ってはいない。テリオスは急いで扉から離れた。

 バリーンッ!

 まるでタイミングを見計らったかのように、氷が見事に砕け散った。扉と一緒に。少年の思う『現実』の定義と一緒に。

 少女を包んでいたオーラが消え、細い足が地につく。先ほどまで水色に変わり揺れていた髪は、さも何事もなかったかのように金髪に戻り、重力にしたがっている。

 もともとドアがあったところを跨ぎ、少女と男が家の中に入ってくる。このとき初めて、テリオスは二人の全体的な容姿を確認した。

「あ……あわわ……」

 目の前で起きた超常現象に、腰を抜かすテリオス。

 そんな馬鹿な、ありえない。気温二十度の空気の中、水滴が零れていたわけでもないのに氷が発生するなんて……しかも、扉を丸ごと包んでしまうような規模で。

 有り得ないとするならば、今しがた自分が見たものはいったい……。

「テリオス・ギルハートさんですね?」

 床に腰を落としているテリオスを見下ろし、本人かどうかを確認する少女。頭の中が混乱しているテリオスは、正直にうなずくしかなかった。

 彼の返答を受け止めた少女が男に目線を送る。彼女の言いたい事を理解したのか、男はテリオスに大きな手を差し伸べる。

 どうやら『立て』と言いたいらしい。こちらとしても、腰を抜かしたままの間抜けな姿をよく知りもしない人間に晒していたくはない。男の手をとり、何とか立ち上がった。

「自己紹介をしましょう」

 テリオスに歩み寄り、今度は少女が手を差し伸べる。

「お初にお目にかかります。フィル・レインハートと申します。以後、お見知り置きを」



 パリ警察通信部。

「どうした、何があった!?」

 通信部とは基本、一般人からの通報などを受け付けている。そのため、彼らの集まる部屋には、電話機から何から、様々な電子機器が揃えてある。その中でもつい最近設置された、ある者達用の機器が、何かを感知し、警報を鳴らしている。

「特殊な力の波を感知……神術師しんじゅつしです!」

 以前からその存在を訴えるように行動を起こしてきた者達……。彼ら二関する記事は、政府が圧力をかけているため、ほとんど他国に漏れることはない。少し前、東の島国に漏れてしまったといううわさもあるが、もし本当だったとしても、よほどの正義馬鹿でもない限りは、わざわざ関わろうとはしないだろう。気にすることはない。

 さて、一度行動を開始してからと言うもの、彼らがいつ本格的に動き出すか分かったものではなかった。そのため、警察は彼らの力を感知し、監視できる機械を、国中のいたるところに設置していたのだ。

 いつでも叩き潰せるように。

「ついに来たか……。位置は?」

「…………この警察署の……すぐ近くです」

 警報を鳴らしたのは、警察署の近く……最寄の交差点に設置したものだった。

『…………』

 女性が立っているのは人通りの激しい交差点。目線の先には警察署がある。が、決して自主をしにきたのではない。むしろ、喧嘩を売りにきたのだ。

 足元に自分の力を感知するための機械がある。すでに向こうは自分がここにいることに気づいているだろう。だとすれば、すぐにでも不特定多数の警察官がここへくるはずである。

 今ごろあの二人は、例の少年と接触しているだろう。彼らの話がつくまでは、自分が時間を稼がなくてはならない。計画の第一段階だ。本人は気づいていないだろうが、あの少年は警察から監視されている。仲間が彼と話をしている間は、自分に警察の目を向けなければならない。

 お人よしな彼らのことだ。話がついて私が生きていれば、確実に私を助けにきてくれる。それまでの辛抱だ。

「自由奔放なる風の神よ……我が言の葉により、汝の力をここに映さん」

 手を空に向け、交差点の中心で呟く。

 我らは力を持つ者……。力あるが故に世から切り離され、抹消の対象として生きてきた。しかし、これからは違う。我らの力をもって、我らの存在を示す。できることなら、私にも……神術師の行く末を見せてほしい。

 神よ……我らに力を!

「ゴッド・グレイス」



「神術師?」

 聞きなれない言葉に、テリオスは首をかしげる。

 フィルと名乗った少女の話は自分達のことをそう言った。神術師……なんとも胡散臭い名前だが、目の前で現物を見せられては迂闊に笑うこともできない。

「そうです。具体的には神の力を借り、それを自分が操る技術を持った者のことで、私達を含め、数人がその力を持っています」

 神の力……。これはまた宗教的な話になってきた。神なんて、絶対的力を必要とし太古の者達が作り出した幻影であって、実際に存在するものではない。今の今まで、ずっとそう思って生きてきたのだけど、あの超常現象を見た後では、自分の考えに自信がない。

 突然現れた二人組みは、普段食事用に使っている椅子に座り、テリオスの出した紅茶を時々すすりながら話をしている。テリオス自身も椅子に座っているのだが、なぜ数が足りているのか。実は、今二人組みが座っているのは、彼の両親が使っていた椅子なのだ。毎朝三人で母さんの作った朝食を食べながら、学校に行く時間まで話をしたっけ……。

 昔を懐かしんでいるテリオスの様子を、二人は黙ってみている。

 彼の両親が既に亡くなっている事は、セレーナからの連絡があったので知っている。目的地へ向かう途中、偶然彼に遭遇したそうだ。彼女を迎えに行くためにも、早め早めに話をつけたいのだが……。

「で……さ、その神術師がどうして僕のところに?」

 さすがに他人がいる前で昔の回想にふけるほど無神経ではないらしい。彼が問うてきたことで、二人も話が進めやすくなる。急いでいる彼らにとっては有り難い事だ。

「それは……あなたのご両親が、我々と同じ神術師だったからです」



 パリ、シャルル・ド・ゴール国際空港。

 フランスの軍人・大統領のシャルル・ド・ゴールにちなんで名付けられたフランスの首都パリの国際空港に、東の島国から参上した男がいる。

「碧子、悪いがもう来てしまった。後々連絡する」

 携帯電話を切り、あたりを見回す男。この男こそ、神術師に関する小さな記事を見つけて、わざわざそれを調査しに来た『よほどの正義馬鹿』である。硬い表情は男の自然体であるが、他人からは常に不機嫌であるように思われやすい。本人はそのことに気づいていないようだが。

 少し前まで日本の警察で働いていた男。彼は今、大きな問題に直面していた。

「来てしまったのはいいが……警察署はどこだ?」




空港に現れた男ですが、私の前作である「汚れなき邪悪な心」読んだ方なら、誰だかお分かりですよね?

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