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愛する人、共に黄泉の国へ

作者: 山本 蓮季

「お前、死ねよ」

非情な声。投げつけられる石。

「キモいんだよ。消えろ」

蹴りつける足、髪を掴む手。

全てが、全て、敵に見えて仕方がなかった。

人間不信に陥り、話す事さえ億劫になるほど。

少女が、ある少年を見つけた。少女が密かに思いを寄せる少年を。

少年と、目があった。そして、

「あ……」

少年はふい、と視線を外した。

まるで、関わるな、とでも言うように。

「キモい声出してんじゃねぇっつの」

母にも打ち明けられない。あいつ等はそれにつけこんで少女を虐めた。

女の命というべき髪にも、顔にも、泥が付き、生傷は絶えず、

毎日毎日を絶望と悲しみに染めて、全てが、闇に飲まれ、

自分も消えることを夢見、自殺するほどの勇気が持てない。

いやな時間。家に戻っても、母に怒鳴られ、父に叩かれ、

部屋に閉じこもって、誰かが助けに来てくれるのを望み、それでも

来てくれない誰かに、怒りを覚える。


枯葉は、そんな日々を送っていた。



黄昏時、少女は一人、家に向かっていた。

夕日が眩しく、うつ向き気味で。

手入れもされていないボサボサの髪。

顔にはニキビができ、とても美しいとは言えない容姿だった。

少女は、ため息をつき、とぼとぼと歩く。


不意に、目の前の光が遮られた。

「貴女は……。変わりたいと思いますか?」

顔を上げると、目の前には美しい少女がいた。

長い茶髪。大きく開かれた目には、少女が映っていた。

わずかに微笑みを湛えた瞳は、じっと少女を見つめている。

「変わり……たい」

尻すぼみになる声を、必死に絞り出して少女は言う。

「貴女の一番好きな人を、失わなければいけないとしても?」

少女が頷く。

「貴女の、名前は?」

「……枯葉」

掠れた声で、小さく、自分の名を呟く。

茶髪の少女はにっこりと微笑み、そっと、少女の額に触れた。

その瞬間、少女は足元から崩れ落ち、茶髪の少女と共に、消えた。



目が覚めると、そこはいつもの道ではなかった。

黒い壁一面に、何かの線が、張り巡らされていた。

少女の体には、いくつもの線が取り付けられており、とても動ける状態ではなかった。

ぎい……と、正面の扉が開いて、茶髪の少女が入ってきた。

「おはよう、枯葉」

「ここは……どこ?」

声が、変わっていた。

鈴を鳴らしたような、可愛らしい声。

「ここは、皆がきれいになるところ」

にっこりと微笑んで、少女は言う。

「貴女は……何者?」

「私は、アンドロイド。綺麗になりたいって必死で思ってる女の子を、

綺麗にする為だけに作られた、アンドロイド」

にこにこと微笑みながらアンドロイドはいう。

「……貴女、名前は?」

「R-115Aというの。人間名では、華月と呼んでね」

「それじゃあ、華月、アタシ、今、どうなってる?」

「とても綺麗だよ、枯葉」

そういって、華月は、どこからか、鏡を取り出した。

そこには、有り得ない姿が映っていた。

ニキビは全て消え、目はパッチリと開き、髪はサラサラ。

小さな口に、すっと通った鼻。枯葉が憧れた、モデルのような顔。

「どう?」

自慢気に、華月は言う。

「……ありがとう」

ごく、小さな声で、しかしとても大きな喜びを湛えた声が、華月の鼓膜を擽る。

「どういたしまして」

華月は鏡をしまいながら答える。

「それでね、枯葉、綺麗にしてあげた代わり、貴女には、やってもらわなくちゃ

いけないことがあるの。とりあえず、ここに指で、拇印を押してちょうだい」

そういって徐に、紙と、インクを取り出した。

「これは、何?」

「悪魔との契約書。これで契約すれば、貴女は復讐できる」

枯葉は迷うことなく、インクに指をつけ、紙に指を押し付けた。

「それじゃあ、貴女にも"印"を付けなくちゃね」

枯葉をうつぶせにさせた華月は、背中に指を当て、何かを呟く。

枯葉にさえ聞こえないくらい小さな声で空気を震わせる。

そして、枯葉は、自分の意識が遠のいていくのを感じた。



         歌が、聞こえた

 

        † † †


     夜空に小鳥を描きましょう

      白く輝く小さな鳥を

      大きな太陽に照らされて

     光り輝く小さな鳥は

      いつしか地に堕ちてゆく

   羽を毟られ 足をもがれた小さな鳥は

      いつしか天に昇ってゆく

        飛べない鳥

     

      いつか飛べることを信じて


        † † †


周囲が、ざわめく。少女、枯葉はざわめく周りにも気を払わず、淡々と歩く。

ちょうど、教室の手前で、

「……あの、すいません」

後ろから声がかかる。振り返ると、昨日、枯葉を蹴った男子が、

枯葉を見上げていた。

「何」

枯葉が、無気力に返す。

「名前と組、教えてください」

「二年三組、向野 枯葉」

少年が凍りついた。枯葉は、少年を置いて、まっすぐに教室へ向かう。

教室に入っても、ざわめきが止むことは無かった。

枯葉が席に付くと、そのざわめきは倍以上に、膨れ上がった。

目を見張る群集のその中に、昨日枯葉から目を逸らした、あの少年もいた。

枯葉は、もはや原型を、留めてはいなかった。その心すら。


      † † †


「枯葉……」

あれから、三日が経った頃。

月明かりの中、華月の声が聞こえる。

「さぁ、あの人を、最愛の人を、冥界に連れて行きましょう」

「はい」

月明かりが、ただ無言に枯葉を照らしている。


      † † †




「僕と、付き合ってください」

昼夜問わず言われる言葉。枯葉は無視して教室へ向かう。

標的に向かって。以前好きだった少年に向かって。

少年は、枯葉を見ると、言葉を詰まらせた。

顔を赤らめて、恥ずかしそうにうつむく少年を、枯葉は、ただただ無表情に見下ろす。

「ねぇ……」

教室が静まり返る。

「最愛の人、一緒に行きましょう――。黄泉の国へ」

手を差し出す。少年は、熱に浮かされたように、

夢の中で逆らえぬように、枯葉の手を取った。

そして枯葉は突きつける。最愛の人と、黄泉の国へ逝く為の、

生からの呪縛を解く為の、刃を。

その大鎌を、少年に振り下ろす。

そして、最後の一振りを、自分自身に。



赤い血が、赤い華が、咲き乱れる教室。

虚空から、其れを眺めている華月が、謳うようにつぶやいた。

声とも知れぬ声で



 ――さあ、逝きましょう、黄泉の国

感想を下さると、

感謝感激雨霰(カンシャカンゲキアメアラレ)状態です。

ひとこと、読んだよ、だけでもいいので、

感想下さればうれしいです。

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