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残響魔術(エコー・コード)  作者: 天音シオン
第三部  調律者と世界の真実

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第62章 結月の戦い

第62章 結月の戦い



 蓮が単独で修行の旅に出てから、数日が経過していた。

 彼が不在の間、残された四人はそれぞれに特訓を重ね、自らの力を高めることに専念していた。

 しかし、調律者の脅威が去ったわけではない。

 むしろ、オメガ・ガーディアンを失ったことで、彼らが次なる一手を打ってくる可能性は高まっていた。


「……シロ、調律者の拠点の座標は特定できた?」


 結月が、情報端末の画面を見つめながらシロに問いかける。


『……はい。……エリア・ゼロの深部から発信されていた微弱な魔力波を解析した結果、旧市街の地下に大規模な施設が存在することが判明しました』


「……旧市街の地下……。……あそこは、大崩壊の時に完全に放棄されたはずじゃ……」


 アリスが、眉をひそめる。


『……ええ。……しかし、その放棄された地下空間を利用して、調律者が新たな拠点を構築している可能性が高いです』


「……なるほどね。……なら、調査に行くしかないわね」


 結月が、立ち上がりながら言う。


「……結月、一人で行くつもりか?」


 アランが、心配そうな表情で結月を見る。


「……ええ。……蓮がいない今、私たちが動かなきゃ。……それに、これは調査よ。……戦闘が目的じゃないわ」


「……でも、危険すぎる。……俺も行く」


 アランが、結月の前に立ち塞がる。


「……ダメよ。……アランの炎は目立ちすぎるわ。……隠密行動には向いてない」


「……なら、私が……」


 凛音が言いかけるが、結月は首を振った。


「……凛音も、まだ怪我が完全に治ってないでしょ。……ここは、私に任せて」


 結月の言葉には、強い決意が込められていた。

 彼女は、蓮がいない間、自分が皆を引っ張っていかなければならないという責任感を感じていた。


「……わかった。……でも、無理はしないでくれよ」


 透が、静かに言う。


「……ええ、わかってるわ。……危なくなったら、すぐに撤退するから」


 結月は、仲間たちに微笑みかけ、一人で旧市街へと向かった。



 旧市街は、大崩壊の爪痕が色濃く残る、荒廃した地域だった。

 崩れかけたビル群、ひび割れた道路、そして、至る所に放置された瓦礫の山。

 かつては多くの人々が行き交っていたであろうこの場所も、今では不気味な静寂に包まれている。


「……ここが、旧市街……」


 結月は、周囲を警戒しながら、慎重に足を進めた。

 シロから送られてきた座標データによれば、調律者の拠点は、この地下深くにあるはずだった。


「……地下への入り口は……」


 結月は、瓦礫の山を掻き分けながら、地下へと続く階段を探した。

 しばらく探索を続けると、崩れかけた地下鉄の入り口を発見した。


「……ここね」


 結月は、深呼吸をして、薄暗い地下へと足を踏み入れた。

 地下空間は、地上以上に荒れ果てていた。

 壁には亀裂が走り、天井からは水滴が滴り落ちている。

 そして、空気には、微かに魔力の匂いが混じっていた。


「……確かに、何かがいる……」


 結月は、氷の魔力を薄く展開し、周囲の温度を下げることで、自身の気配を消した。

 彼女の特異点「氷華」は、単に氷を操るだけでなく、温度を自在にコントロールする能力も持っている。

 これを利用すれば、熱源探知などのセンサーを欺くことが可能だった。


 結月は、暗闇の中を音もなく進んでいく。

 やがて、彼女の視界に、微かな光が見えてきた。


「……あれは……」


 結月が光の方向に近づくと、そこには巨大な金属の扉があった。

 扉の表面には、複雑な魔方陣が刻まれており、それが淡い光を放っている。


「……これが、拠点の入り口……」


 結月は、扉の前に立ち、魔方陣を観察した。

 それは、極めて高度な封印魔法だった。

 無理にこじ開けようとすれば、強力な反撃魔法が発動する仕組みになっている。


「……シロ、この封印、解除できる?」


『……解析中……。……はい、可能ですが、少し時間がかかります』


「……お願い。……私は、周囲を警戒しておくわ」


 結月は、シロに封印解除を任せ、周囲の警戒に当たった。

 地下空間は静まり返っており、敵の気配は感じられない。

 しかし、結月の背筋には、嫌な汗が流れていた。


「……何かが、おかしい……」


 結月は、氷の魔力をさらに研ぎ澄まし、周囲の空間を探った。

 すると、彼女の魔力センサーが、微かな反応を捉えた。


「……上……!」


 結月が上を見上げた瞬間、天井の暗闇から、黒い影が音もなく降ってきた。


「……『氷華・氷盾』!」


 結月は、咄嗟に氷の盾を展開した。

 黒い影の攻撃が、氷の盾に激突する。

 凄まじい衝撃が走り、氷の盾に亀裂が入った。


「……くっ……!」


 結月は、後方に飛び退き、黒い影と距離を取った。

 暗闇の中から姿を現したのは、全身を黒い装甲で覆われた、人型の機械兵器だった。


「……ガーディアン……? いや、違う……」


 結月は、目の前の敵を観察した。

 これまでに戦ってきたガーディアンとは、明らかに形状が異なる。

 より人間に近いフォルムをしており、その動きには、機械特有のぎこちなさが全くない。


「……侵入者、確認。……排除プロセス、開始」


 機械兵器が、無機質な声で告げる。

 その右腕が、鋭い刃へと変形した。


「……来る……!」


 結月は、氷の剣を生成し、身構えた。

 蓮なしでの、初めての単独戦闘。

 彼女の真価が、今、試されようとしていた。



 機械兵器の動きは、結月の予想を遥かに超えていた。

 それは、まるで熟練の剣士のように、滑らかで無駄のない動きで結月に迫る。


「……速い……!」


 結月は、氷の剣で機械兵器の刃を受け流す。

 しかし、その一撃の重さに、結月の腕が痺れた。


「……『氷華・氷柱連弾』!」


 結月は、距離を取るために、無数の氷の柱を機械兵器に向けて放った。

 鋭く尖った氷の柱が、機関銃のように連続して射出される。

 しかし、機械兵器は、その驚異的な敏捷性で氷の柱を次々と躱していく。

 まるで、結月の攻撃軌道を完全に予測しているかのような動きだった。


「……当たらない……!」


 結月は、焦燥感に駆られた。

 彼女の氷魔法は、広範囲を制圧するのには向いているが、単体の素早い敵に対しては、決定打に欠ける部分があった。

 機械兵器は、氷の柱の雨を掻い潜り、再び結月との距離を詰めてくる。


「……『氷華・氷壁』!」


 結月は、咄嗟に分厚い氷の壁を展開した。

 機械兵器の刃が、氷の壁に激突する。

 凄まじい衝撃音が地下空間に響き渡り、氷の破片が周囲に飛び散った。

 氷の壁は、機械兵器の攻撃をなんとか防ぎ切ったが、その表面には深い亀裂が走っていた。


「……なんてパワーなの……」


 結月は、氷の壁越しに機械兵器の赤いセンサーアイを睨みつけた。

 このまま防戦一方では、いずれ押し切られてしまう。

 結月は、反撃の糸口を見つけるため、機械兵器の動きを注意深く観察した。

 機械兵器の動きには、無駄がない。

 しかし、それは裏を返せば、プログラムされた通りにしか動けないということでもある。

 結月は、機械兵器の攻撃パターンを読み切ることに集中した。


「……排除プロセス、フェーズ2へ移行」


 機械兵器が、再び無機質な声で告げる。

 すると、その背中から、二つの小型の飛行ユニットが射出された。

 飛行ユニットは、結月の周囲を旋回しながら、レーザー光線を放ってくる。


「……くっ……!」


 結月は、氷の盾を展開しながら、レーザー光線を防ぐ。

 レーザーの熱で氷の盾が急速に溶かされていく。

 結月は、魔力を注ぎ込んで盾を維持しながら、飛行ユニットを撃ち落とす機会を窺った。


「……『氷華・氷の矢』!」


 結月は、隙を突いて飛行ユニットに向けて氷の矢を放った。

 しかし、飛行ユニットは素早く軌道を変え、氷の矢を回避する。

 さらに、機械兵器本体が、結月の死角から刃を振り下ろしてきた。


「……しまっ……!」


 結月は、間一髪で刃を躱したが、その余波で吹き飛ばされ、壁に激突した。

 背中に激痛が走る。

 結月は、痛みを堪えて立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。

 機械兵器は、容赦なく追撃を仕掛けてくる。

 右腕の刃が、結月の首筋を狙って振り下ろされる。


「……『氷華・氷の盾』!」


 結月は、最後の力を振り絞って氷の盾を展開した。

 しかし、機械兵器の刃は、氷の盾を容易く粉砕し、結月の肩口を浅く切り裂いた。

 鮮血が舞い散る。


「……きゃあっ……!」


 結月は、苦痛の声を上げながら、再び地面に倒れ込んだ。

 機械兵器本体の攻撃と、飛行ユニットからの連携攻撃に、結月は完全に追い詰められていた。

 視界が霞み、意識が遠のきそうになる。


「……このままじゃ、ジリ貧ね……」


 結月は、冷静に状況を分析した。

 敵の動きは速く、攻撃パターンも多彩だ。

 まともに打ち合っていては、勝ち目はない。


「……なら、動きを止めるしかないわね」


 結月は、深く息を吸い込み、体内の魔力を極限まで高めた。


「……『氷華・絶対零度・氷結領域』!」


 結月を中心に、凄まじい冷気が爆発的に広がった。

 それは、単なる冷気ではない。

 結月の魔力が込められた、絶対零度の吹雪だった。

 周囲の空間が、一瞬にして凍りつく。

 壁も、床も、天井も、全てが分厚い氷に覆われていく。

 機械兵器と飛行ユニットも、その冷気に包み込まれ、動きを止めた。

 飛行ユニットは、凍りついたまま地面に落下し、粉々に砕け散る。

 機械兵器本体も、関節部分が完全に凍結し、身動き一つ取れなくなっていた。


「……やった……!」


 結月が安堵の息を吐いたのも束の間。

 機械兵器の装甲が、赤く発光し始めた。


「……熱エネルギー……!?」


 結月が驚愕する中、機械兵器は自らの装甲を加熱することで、氷結領域を強引に突破してきた。

 凍りついていた関節部分の氷が、凄まじい勢いで溶け出し、水蒸気となって周囲に立ち込める。

 機械兵器は、水蒸気の中から、再びその不気味な姿を現した。


「……排除プロセス、フェーズ3へ移行」


 機械兵器の右腕の刃が、さらに巨大化し、赤熱する。

 それは、結月の氷を容易く溶かすほどの超高温を放っていた。

 周囲の空気が、熱で歪んで見える。

 機械兵器は、赤熱する刃を振りかざし、結月に向かって突進してきた。


「……嘘でしょ……」


 結月は、絶望的な表情を浮かべた。

 彼女の最大の武器である氷魔法が、完全に無効化されてしまったのだ。


「……排除、完了」


 機械兵器が、赤熱する刃を結月に向かって振り下ろす。

 圧倒的な熱量が、結月の肌を焼く。

 結月は、死を覚悟して目を閉じた。

 これまでの人生が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

 両親との穏やかな日々。

 特異点として覚醒した日の恐怖。

 そして、蓮たちと出会い、共に戦ってきた日々。

 彼女は、まだ死にたくなかった。

 もっと、みんなと一緒に生きたかった。


 しかし、その時。


「……私は、負けない……!」


 結月の脳裏に、蓮の顔が浮かんだ。

 彼は、どんな絶望的な状況でも、決して諦めなかった。

 常に前を向き、仲間たちを守るために戦い続けてきた。


「……蓮がいない今、私がみんなを守るんだ……!」


 結月は、目を見開き、自らの内なる魔力に呼びかけた。

 彼女の体内で、眠っていた強大な力が目覚めようとしていた。

 それは、死の淵に立たされたことで、彼女の生存本能が極限まで高まった結果だった。

 彼女の特異点「氷華」。

 それは、単に物を凍らせるだけの力ではない。

 分子の運動を停止させ、あらゆる事象を「静止」させる力。

 結月は、その力の真髄に、今、手を伸ばそうとしていた。

 彼女の意識が、肉体を離れ、世界を構成する無数の分子へと広がっていく。

 一つ一つの分子の動きが、手に取るようにわかる。

 彼女は、その全ての動きを、自らの意志で「止める」イメージを強く思い描いた。


「……『氷華・真理到達・絶対静止』!」


 結月が叫んだ瞬間、彼女の周囲の空間が、完全に「静止」した。

 それは、単なる温度の低下による凍結ではなかった。

 空間を満たすあらゆる分子の運動が、完全に停止したのだ。

 赤熱する刃が放つ熱エネルギーも、機械兵器の駆動音も、そして、結月自身の呼吸音さえも、全てが消え去った。

 そこにあるのは、完全なる静寂と、圧倒的なまでの「静止」の世界。

 時間の流れさえもが、結月の意志によって凍りついたかのように感じられた。


「……これが……私の本当の力……」


 結月は、静止した空間の中で、ゆっくりと立ち上がった。

 彼女の体は、極限の魔力行使によって悲鳴を上げていたが、彼女の心はかつてないほどに澄み切っていた。

 彼女は、自らの特異点「氷華」の真髄に触れたのだ。

 それは、世界を構成する最小単位の運動を支配する、神の如き力だった。

 この力を使えば、どんな強大な敵の攻撃も、どんな絶望的な状況も、全てを「静止」させることができる。

 しかし、同時に彼女は、この力が諸刃の剣であることも理解していた。

 もし、魔力制御を誤れば、自分自身をも永遠の静止の世界に閉じ込めてしまう危険性がある。

 彼女は、その恐怖をねじ伏せ、強い意志で魔力をコントロールした。


 彼女は、氷の剣を構え、機械兵器のコアに向かって静かに歩み寄る。

 静止した世界では、機械兵器はただの鉄の塊に過ぎない。

 結月は、機械兵器の装甲の隙間、コアが露出している部分に狙いを定めた。


「……終わりよ」


 結月の氷の剣が、機械兵器のコアを正確に貫いた。

 その瞬間、静止していた空間が動き出し、機械兵器は音を立てて崩れ落ちた。



「……はぁ……はぁ……」


 結月は、荒い息を吐きながら、その場に膝をついた。

 「絶対静止」は、極めて強力な魔法だが、その分、魔力の消費も激しい。

 結月の体内の魔力は、ほぼ完全に枯渇していた。


『……結月さん、大丈夫ですか?』


 シロの声が、情報端末から聞こえてくる。


「……ええ、なんとかね。……そっちの封印解除は?」


『……完了しました。……扉を開けます』


 重々しい音を立てて、巨大な金属の扉が開く。

 結月は、力を振り絞って立ち上がり、扉の向こうへと足を踏み入れた。


 そこには、広大な地下施設が広がっていた。

 天井は見えないほど高く、無機質な金属の壁がどこまでも続いている。

 そして、その空間を埋め尽くすように、無数のカプセルが整然と並んでいた。

 カプセルの中には、薄緑色の液体が満たされており、その中に、先ほど結月が戦った機械兵器と同じものが、大量に眠っていた。

 その数は、数百、いや、数千に及ぶかもしれない。


「……これは……」


 結月は、その光景に息を呑んだ。

 調律者は、この地下施設で、新たな兵器の量産を行っていたのだ。

 これだけの数の機械兵器が地上に放たれれば、世界は一瞬にして火の海と化すだろう。

 結月は、背筋が凍るような恐怖を感じた。


「……絶対に、ここで食い止めなきゃ……」


 結月は、自らを鼓舞するように呟き、施設の奥へと進んでいった。

 カプセルの間を縫うように歩きながら、彼女は周囲の状況を注意深く観察した。

 施設内には、機械兵器以外にも、様々な実験設備やデータサーバーが設置されていた。

 それらは全て、調律者の高度な技術によって作られたものであり、結月の理解を超えたものばかりだった。


「……シロ、この施設のデータを全てダウンロードして」


『……了解しました。……ダウンロードを開始します』


 結月は、施設の最奥部へと辿り着いた。

 そこには、部屋全体を占めるほどの巨大なメインコンピューターが鎮座していた。

 無数のケーブルが接続され、青白い光が明滅している。

 結月は、情報端末をメインコンピューターのコンソールに接続し、データの解析を試みた。


「……シロ、プロテクトの解除をお願い」


『……了解しました。……高度な暗号化が施されていますが、解除可能です。……少々お待ちください』


 数分後、メインコンピューターのモニターに、膨大な量のデータが表示され始めた。

 結月は、そのデータを一つ一つ確認していく。

 そこには、機械兵器の設計図、製造ラインの稼働状況、そして、調律者の今後の行動計画などが記されていた。


「……これは……」


 結月は、ある一つのファイルを開き、驚愕に目を見開いた。

 そこには、調律者の恐るべき計画の全貌が記されていた。


「……『人類補完計画』……?」


 結月は、その言葉を口の中で反芻した。

 データによれば、調律者は、人類を強制的に進化させるための計画を進行させているらしい。

 彼らは、現在の人類を「不完全な存在」と見なし、より高次元の存在へと進化させることを目的としていた。

 そのために、彼らは世界中に「特異点」を発生させ、その中から優秀な個体を選別しようとしている。

 特異点として覚醒した者たちは、進化の可能性を秘めた「種」として扱われる。

 そして、選別から漏れた者たち、すなわち特異点として覚醒しなかった一般人や、能力が基準に満たなかった特異点は、全て「不要な存在」として排除される。

 それは、文字通りの「人類の選別」だった。

 さらにデータには、この計画を実行するための具体的な手段も記されていた。

 それが、この地下施設で量産されている機械兵器「イレイザー」だった。

 イレイザーは、特異点の魔力を感知し、自動的に追跡・排除するようにプログラムされている。

 彼らは、世界中に散らばる特異点を狩り尽くし、選別を加速させるための「死神」だった。

 さらに恐ろしいことに、イレイザーは倒した特異点の魔力を吸収し、自らを強化する機能まで備えていた。

 つまり、彼らが特異点を狩れば狩るほど、その力は際限なく増大していくということだ。

 もし、このままイレイザーの量産が続けば、いずれ世界は彼らによって完全に制圧されてしまうだろう。


「……そんなこと、絶対に許さない……!」


 結月は、怒りに震える手で、メインコンピューターのキーボードを叩いた。

 彼女は、この施設のデータを全て破壊し、量産されている機械兵器を無力化するためのプログラムを起動させた。

 同時に、施設の自爆システムにもアクセスし、カウントダウンを開始する。


『……警告。……自爆システムが起動しました。……施設内の全職員は、直ちに退避してください』


 無機質なアナウンスが、施設内に鳴り響く。

 赤いパトランプが点滅し、緊急事態を知らせている。


「……これで、少しは時間を稼げるはず……」


 結月は、施設の破壊を確認すると、急いで地上へと引き返した。

 彼女の足取りは、来た時よりもずっと力強かった。

 蓮なしでの単独戦闘を乗り越え、彼女は確かな自信を手に入れていた。


「……みんなのところに、早く戻らなきゃ」


 結月は、仲間たちの顔を思い浮かべながら、崩れかけた地下鉄の階段を駆け上がっていった。

 彼女の戦いは、まだ終わっていない。

 しかし、彼女はもう、迷うことはなかった。

 彼女は、自らの力で、仲間たちと共に未来を切り拓いていく覚悟を決めていたのだ。



 結月がアジトに帰還すると、仲間たちが心配そうな顔で出迎えた。


「……結月! 無事だったか!」


 アランが、駆け寄ってくる。


「……ええ、なんとかね。……でも、大変なことがわかったわ」


 結月は、地下施設で得た情報を仲間たちに共有した。

 調律者の「人類補完計画」、そして、特異点を狩るための機械兵器「イレイザー」の量産。

 さらに、調律者が人類を「不完全な存在」と見なし、強制的な進化を促そうとしていること。

 その事実に、仲間たちは一様に顔を曇らせた。

 それは、彼らがこれまで戦ってきた理由を根底から覆すような、恐るべき真実だった。


「……人類補完計画……。……なんて恐ろしいことを……」


 アリスが、震える声で言う。


「……ああ。……でも、結月が施設を破壊してくれたおかげで、少しは時間を稼げたはずだ」


 透が、結月を労うように言う。

 彼の言葉に、他の仲間たちも頷く。

 結月の単独行動は、結果的に大きな成果をもたらしたのだ。


「……結月、よくやったな。……お前がいなかったら、俺たちは何も知らないまま、イレイザーの群れに襲われていたかもしれない」


 アランが、結月の肩をポンと叩く。


「……ええ。……でも、油断はできないわ。……調律者は、必ず次の手を打ってくる」


 結月は、真剣な表情で仲間たちを見回した。


「……蓮が帰ってくるまで、私たちがこの世界を守らなきゃ。……みんな、覚悟はいい?」


「……ああ、もちろんだ!」


 アランが、力強く頷く。

 彼の瞳には、熱い闘志が燃え上がっていた。


「……私も、もう逃げない。……みんなと一緒に戦う」


 凛音が、静かに、しかし力強く宣言する。


「……僕の力も、みんなのために使うよ」


 透が、眼鏡の奥の瞳を光らせる。


「……もちろん、私もよ。……蓮が帰ってきた時に、世界が滅んでたら怒られちゃうものね」


 アリスが、悪戯っぽく微笑む。

 凛音も、透も、アリスも、同じように頷いた。

 蓮が不在の中、彼らの絆はより一層強固なものになっていた。

 彼らは、来るべき決戦に向けて、さらなる特訓を重ねることを誓い合った。


 その夜、結月は一人、アジトの屋上に立っていた。

 冷たい夜風が、彼女の頬を撫でる。

 彼女は、夜空に浮かぶ月を見上げながら、今日一日の出来事を振り返っていた。

 初めての単独戦闘。

 圧倒的な力を持つ機械兵器との死闘。

 そして、「絶対静止」の覚醒。

 どれもが、彼女にとって大きな試練であり、同時に大きな成長の糧となった。

 これまでは、常に蓮が先頭に立ち、皆を引っ張ってくれていた。

 彼女は、そんな蓮の背中を追いかけることに必死だった。

 しかし、今日、彼女は初めて自らの足で立ち、自らの力で困難を乗り越えた。

 それは、彼女が真の意味で「特異点」として自立した瞬間だった。


「……蓮……」


 結月は、夜空に向かって静かに呟いた。

 彼が今、どこで何をしているのかはわからない。

 しかし、彼もまた、自分と同じように、いや、それ以上に過酷な修行に身を投じているはずだ。


「……私、強くなったよ。……もう、あなたの背中を追いかけるだけじゃない。……あなたの隣で、一緒に戦えるくらいに」


 結月は、自らの両手を見つめた。

 その手には、世界を静止させるほどの強大な力が宿っている。

 しかし、彼女はその力に溺れることはない。

 彼女は、その力を、仲間を守るため、そして、蓮と共に未来を切り拓くために使うと決めていた。

 彼女の心の中には、かつての弱かった自分の姿はもうない。

 あるのは、特異点としての誇りと、仲間たちへの揺るぎない信頼だけだ。


「……待っててね、蓮。……私たちが、必ずこの世界を守り抜くから」


 結月は、夜空に向かって力強く誓った。

 彼女の瞳には、もはや迷いはなかった。

 あるのは、特異点としての強い覚悟と、仲間たちへの深い愛情だけだった。





【新登場魔法・用語解説】


氷華・絶対零度・氷結領域

結月の魔法。周囲の空間を一瞬にして絶対零度まで冷却し、広範囲の敵を凍結させる。


氷華・真理到達・絶対静止

結月が極限状態で覚醒させた、「氷華」の究極の力。分子の運動を完全に停止させ、対象の動きだけでなく、その空間の時間の流れさえも一時的に「静止」させる。極めて高い魔力を消費する。


人類補完計画

調律者が進行させている恐るべき計画。人類を強制的に進化させるため、世界中に特異点を発生させ、優秀な個体を選別する。選別から漏れた者は全て排除される。



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