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夫が戦地から愛人を連れ帰りました【ノーマルざまぁ版】  作者: 星森 永羽


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4/8

紛糾する広間




 朝、目を覚ますと──

 充血した目のカシアンがいた。


「っ、びっくりした……どうしたの?」


「色々……色々、眠れなかった」


 そりゃそうでしょうね。

 昨日あれだけ泣いて、侍女扱いされて、拒否されて。


「そ、そう」


 ベッドから出ようとすると、腕を掴まれた。


「どうしたの?」


「キスはいいだろう?」


「はあ?」


「こっちは新婚なのに、何日も生殺しなんだぞ」


 ──自分の立場、わかってない。


「何か私を喜ばせたらしてもいいわ」


「喜ばせる? カーテンの色を変える?」


 ……どういう思考回路なんだろう。


 私は深くため息をついた。


「さあ、侍女の仕事して」


 するとカシアンは突然、私を抱きしめてきた。


「いやだ……まだベッドにいたい」


 私は、もう1度ため息をついた。


 ──大きな子供なのね。




 2人で普通の朝食を食べる。


 悪びれれば可愛げもあるけど、彼は何事もなかったように食べてる……。


「今日は何する?」

「仕事」


「明日は何する?」

「仕事」


 私の即答に、カシアンは不安げに聞いた。


「僕は何をすればいい?」


「侍女」


「デートは?」


「は?」


「君に好かれないと、捨てられてしまうんだろう?

 僕は、この歳で北の辺境だから……君に捨てられたら再婚できないかもしれない。

 だから捨てられたくない」


 平均寿命50年のこの国で男性は、25歳を過ぎると「婚期を逃した」と言われてしまう。


 彼は、まさに今25歳だ。


 ──それにしても……こいつ、領地のことも私の気持ちも、どうでもいいんだな。


 領民が可哀想。


 彼が考えているのは“自分の気持ち”だけ。


 普通は、怒らせた相手の気持ちから考えない?


 ……娼館に売ってしまおうかな。


「デートするとしたら、どこに行くの?」


 問うと夫は、嬉しそうに即答した。


「それはもちろん観劇だよ。

 ただ、この辺はあんまり有名な俳優は来ないよ」


 ──いや、そんなことはわかってる。


 頭、大丈夫かな……。




 結局、カシアンは“マダムの愛人”にされるのが嫌らしく、執務も侍女の仕事もこなし、とにかく懸命に私に尽くした。


 夕飯前には庭で花を摘んできて、恥ずかしそうに差し出す。


「今日も……愛してる」


 ──うん……。


 夜は触ろうとしてくるが「ダメ」 と言えば素直にやめる。




 そうして、領地に来て10日が経った。


 御披露目パレードである。


 オープン馬車から沿道に手を振る。


 カシアンは、ここぞとばかりにベッタリくっついてきて、ことあるごとにキスしてきた。


 領民の手前、拒めないのでされるがままになった。



 夕方、披露宴会場に着く頃には──


 私の化粧は完全に崩壊していた。


 汗、涙、風、日差し、そしてカシアンのベッタリ密着&キス攻撃。


 結果。


 ホラーハウスのピエロ。


 控室に入った瞬間、唯一のメイドが絶句した。


「ひっ……い、いえっ……すぐ直しますっ……!」


 彼女は震える手で化粧道具を広げ、“修復工事”の勢いで私の顔を整え始めた。


- 崩れたファンデを削り落とし

- 目の下の黒ずみを消し

- 口紅の滲みを直し

- **カシアンのキス跡(!)を隠し**

- 乱れた髪を整え

- ほぼ新造レベルで仕上げる


 メイドは汗だく。

 私は無表情。

 カシアンは後ろで「可愛いよ」と言ってる。


 ──お前のせいだよ。


 メイドの手は震え額には汗が滲み、 まるで“爆発した建物を元に戻す作業員”のような必死さ。


 私は鏡越しに、夫を見た。


 ──この人、本当に大丈夫なの?




 披露宴会場には、地域の有識者、地主、貴族、親族がずらりと並んでいた。


 司会者が馴れ初めを語り、カシアンが抱負を述べる。


 その間ずっと──

 カシアンは私の肩に手を回し、腰に触れ、頬にキスし、“仲良し夫婦”アピールを全力でしてくる。


 ……やめてほしい。


 周囲は微笑ましいと勘違いしているが、私は内心でため息をついていた。




 祝辞が続き、豪華な料理が並び、会場が和やかな空気に包まれた、その時──


 姑が突然立ち上がった。


「こんな披露宴、めでたくも何ともないわ!

 その女は、我が家を乗っ取ったのよ!

 息子を騙して領主代理権を奪い、商会を買収して撤退すると脅し当主代理権も奪ったの!

 乗っ取りよ! 乗っ取りだわ、こんなの!」


 会場がざわめく。


 私は夫を見る。

 ──どうするのか、と。


 しかしカシアンは、オロオロするだけ。

 姑を止めもしない。

 私へのフォローもない。


 ……本当に、この人は……。


 親族が立ち上がった。


「どういうことです? 乗っ取りは重罪ですよ」


 私は深くため息をついた。


「面倒なので離婚します。

 説明が聞きたければ、訴えていただいて結構」


 そう言って立ち上がり、 そのまま会場を出た。




 会場を出ると、背後から足音がして腕を掴まれた。

 振り返ると、金髪を乱したカシアンが息を切らしていた。


「あの場で『離婚』と言うなんて、どうかしてるよ! みんな驚いてるだろ」


「はあ? あんた頭おかしいんじゃないの! いい加減にしなさいよ!」


 怒鳴り返すと、彼は目を丸くした。


「なっ……離婚なんて言うからだ。

 今までのことを説明すれば良かったろう」


「それは、あなたの役目でしょうよ!

 私が代理権を持ってても、あなたが当主で領主なのよ!」


「説明って何だよ?!

 母上の言ってることは半分正しいだろう。

 商会を買収して、うちに圧力かけた上で、債権も当主代理権も持ったじゃないか」


 私は額を押さえた。

 ──この人、本当に理解してない。


「わかった。返してあげる」


「え」


「離婚すれば代理権は返却するわ。さよなら」


 踵を返そうとすると、彼が慌てて腕を掴み直した。


「ま、待て! それだと、うちが財政破綻するじゃないか! 商会も置いていけ!」


 私は冷たく笑った。


「なら、私が買った値段の2倍で売ってあげるから借金しなさい」


 カシアンは、顔を真っ青にして叫んだ。


「そ、そんなことできるわけ──」


「できるわ! 今までの借金は少額だもの!

 審査の緩いとこなら即日、借りられるわ!」


 私が言い返すと、旦那様は子供のように声を震わせた。


「なんでだ……?

 なんで、そんなに別れたいんだよ。

 僕は、ちゃんと尽くしてるのに」


 私は深く息を吐いた。


 "泣けば済む"と思ってるんだったら、殴りたい。


「誰でもできること100してくれても、いざというとき守ってくれない夫は要らない」


 カシアンは、反論するように眉を寄せた。


「だって……あそこで君を庇ったら、母の立場はどうなるんだよ?

 母だって、僕が守らなきゃいけないんだぞ。

 父が死んだんだから」


 ──頭痛がしてきた。


 私は額を押さえ、ゆっくりと言った。


「あそこで正確な説明をしなかったことで、子爵としても家としても信用を失くしたのよ。

 あなたとなんて結婚しなければ良かった」


 夫は絶句した。

 青い瞳が大きく見開かれ、言葉を失っている。


 その顔は、まるで世界が崩れたかのようだった。




 カシアンを置き去りにして屋敷に戻ると、兵士とメイドが慌ただしく湯浴みと食事の準備をしてくれた。


 私はドレスの裾を引きずるようにして、椅子へ腰を下ろす。


「はあ……疲れた」


 メイドが心配そうに近づいてきた。


「お疲れ様です。

 ……でも、奥様がいなくなってしまったら、この家はどうなるんですか?」


「それは……あなた1人くらいなら、この町に勤め先を見つけるなり、私の実家で雇うなりするから生活は心配しないで。

 本当なら領主を変えた方がいいけど、莫大な借金があるわけでもなければ領民を虐げてるわけでもないから……これだと陛下に上奏しても意味ないのよね」


 領主交代を求めるほどの欠陥はない。

 それが余計に厄介だった。


 私はドレスを脱ぎ、軽食を口に運んだ。

 温かいスープが喉を通るたび、少しだけ体が軽くなった。





 披露宴の疲れを引きずりながら朝食を食べていると、外がざわつき始めた。


 窓の向こうで兵士たちが走り回り、馬のいななきまで聞こえる。


 若い兵士が、息を切らして部屋に入ってきた。

 鎧の金具がカチャリと鳴る。


「旦那様の親族と家臣団が来ました。

 奥様に説明して欲しいそうです」


 ──まあ、来ると思っていた。


 昨日の騒ぎを考えれば、むしろ遅いくらいだ。


「広間に、お通しして。

 私の弁護士も呼んでおいて。

 食べ終わったら行くわ」


 私はパンをちぎり、スープに浸して口に運んだ。

 兵士は深く頭を下げ、急ぎ足で去っていく。


 静かな朝食の空気に、遠くからざわめきが混じる。


 ──さて、今日も仕事ね。


 私はカップを置き、ゆっくりと席を立った。




 広間に入ると、20人ほどが集まっていた。


 重厚な木の梁、古いシャンデリア、壁にかけられた先祖の肖像画。


 その中央に、金髪を乱したカシアンが立っている。


「お待たせいたしました。

 何を説明しましょう?」


 私が言うと、分家の代表が手を挙げた。

 丸顔で、灰色の髭を蓄えた男──名はガルドン。


「夫人がドレイモンド子爵家を乗っ取ったというのは、本当でしょうか?」


 私は静かに頷いた。


「夫がギャンブルで貯蓄を溶かし、商会まで売却したため、彼に経営を任せておけないと思い領主代理権を得ました。

 それが乗っ取りになるのなら、そうでしょうね」


 ざわめきが広がる。

 カシアンは視線を泳がせ、何も言えずにいる。


「先に言っておきます。

 私はこの領地が、どうでもいいのです。

 私はグランブル商会の元オーナーです。

 結婚のために売却しましたが、離婚したら買い戻します。

 ですから、この領地を経営したいわけではありません」


 広間の空気が一気に変わった。

 驚き、困惑、そして──現当主への失望。


「ご当主、昨日の説明と違うではないか」


 ガルドンがカシアンを睨むと、家臣ベルクが続く。

 ベルクは赤ら顔で腹が出ている。


「そうです。

 強奪されたかのような言い方でした。

 先代は堅実な経営をしていたのに、蓄財を溶かしたとは、どういうことです?」


 責め立てられ、旦那様は口ごもった。


「マルセラは……少し大袈裟に言っている。借金はない」


 私は静かに言った。


「0じゃなくて"ほぼ"でしょう?

 使用人が3人しかいないのに、何を言ってるの?」


 広間がざわめきに包まれる。


 髪が薄く、丸い目をした家臣ハルドが大声を出す。


「当主家の使用人が3とは、どういうことです?!」


 カシアンは慌てて言い返した。


「違う! マルセラが1人クビにしたから! 4人いたんだ!」


 一同が頭を抱えた。


 白髪混じりの背の高い親族ゲルマンが、ため息をつく。


「4人でも少なすぎる……」


 そして──


「先代の蓄えは、どこへ?」

「商会を売却したのは、本当なのか……?」

「当主が状況を理解していない」

「これは……乗っ取りではなく、救済だったのでは?」


 ガルドンを筆頭に、混沌がこちらへ傾いた瞬間だった。


「当主を変えた方がいいと思うわ」


 私がそう言うと、カシアンが叫ぶ。


「マルセラ!」


 ガルドンが灰色の髭を撫でながら、困ったように眉を寄せる。


「しかし、ご当主は先代の1粒種でして……」


 続いて、腹の出た家臣ベルクが言った。


「せめて世継ぎをつくって貰えれば、他の人間を中継ぎにできますが」


 カシアンは慌てて反論した。


「ちょっと待って! 俺は結婚してから1度もカジノに行ってないぞ」


 しかし、髪の薄い家臣ハルドが冷静に言い放つ。


「いや、そういう問題ではない。

 先祖代々続いてきた家の蓄財を、1年で溶かすのはおかしい」


 ガルドンが続ける。


「しかも商会まで売るなんて……」


 カシアンは言葉を失い、視線を泳がせた。


 家臣団が一斉に私へ向き直り、深々と頭を下げた。


「奥様に残っていただきたい。

 どうか、この家をお救いください」


 私は、ため息をついた。


「ボランティアも、ここまで酷いと無理よ」


 すると、親族の1人──白髪の老人ゲルマンが手を挙げた。


「ならば、うちの息子を当主にして、息子と結婚して頂けませんか」


 旦那様が怒鳴る。


「それこそ、乗っ取りだろう! ふざけるな!」


 ガルドンが静かに言った。


「今のところ借金は少なく、領地経営も持ち直せる段階。

 とりあえず従弟殿を補佐にして、これ以上何かあれば当主交代もやむ無し」


 私は首を振った。


「私は昨日、離婚すると言ったはずよ」


 カシアンは必死に食い下がる。


「まだ結婚して、1ヶ月ちょっとだろ。早すぎる」


「いいえ、遅すぎるのよ。

 ここに来た初日に帰るべきだった」


 広間の空気が凍りついた。

 披露宴の翌日だというのに、誰もが俯き、沈痛な面持ちでいる。


 カシアンが泣き始めた。

 鼻水をすする音だけが響き、みんな息を潜めている。


 私は沈黙に耐えきれず、口を開く。


「これからは私の言うこと、ちゃんと聞く?」


 金髪を乱した旦那様は、涙で濡れた青い瞳を震わせながら必死に頷いた。

 頬は赤く、鼻も真っ赤で、まるで叱られた子供のようだ。


「義母様には、老人ホームに入って貰いましょう」


「まだ、そんな歳じゃないよ」


 46歳。

 平均寿命50歳の世界では、十分“そんな歳”である。


 私は冷たく言い放った。


「今、私の言うこと聞くって言ったよね?

 聞かないなら離婚するから」


「わ、わかった」


 夫は慌てて頷き、肩をすくめた。


「それから──今回みたいに、自分に都合良く話して私や家の面子を潰したら、あなたの睾丸も潰すから」


 カシアンは、反射的に股間を押さえた。

 青い瞳が涙で潤み、唇が震える。


「いい? わかった?」


 彼は小刻みに頷いた。


 私は淡々と続けた。


「だったら離婚届にサインして」


 旦那様は一瞬で青ざめ、後ずさった。


「ま、待って……」


「今すぐは出さない。

 出さないけど──また何かトラブルを起こした時は容赦なく出す。

 その代わり、サインするなら今までのことを許してあげる」


 カシアンは唇を噛みしめ、震える声で言った。


「閨も拒否しない?」


 よくこの状況で、それを聞けるな。


「疲れてなければしない。今日は、もう疲れた」


 昨日は1日がかりで領内を練り歩き、今朝はこの騒ぎだ。


 疲れない方がおかしい。


 旦那様は肩を落とし、しばらく黙っていたが──

 やがて観念したように呟いた。


「……書く」


 その瞬間、控えていた弁護士が前に出て書類を差し出した。


 広間の空気が、さらに静まり返った。





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