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夫が戦地から愛人を連れ帰りました【ノーマルざまぁ版】  作者: 星森 永羽


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3/8

あなたの価値を教えましょう

 



 夕飯の時間になり、夫と共にダイニングへ向かった。


 ほどなくして姑も姿を見せる。


 直後、私兵が大皿を抱えて入ってきた。


 肉と野菜を豪快に炒めた“男の料理”が、テーブルに次々と置かれていく。


 カシアンは目を丸くした。


「な、な……」


 姑も驚愕の声を上げる。


「何なの、これ?」


 私は落ち着いてナプキンを広げた。


「落ち着いてください、義母様、旦那様。

 料理番を兼任していたメイドは、クビにしました」


「なんだって?!」


 カシアンが椅子から立ち上がりそうになる。


「実はキッチンに行ったところ、食材が十分あったのです。

 それにも関わらず彼女は、私たちにお湯とパンしか出さず、使用人にはまともな食事を出していました。

 こんなこと許されてはいけません。

 即刻クビにしました」


 もちろん、実際には事情を聞いた上で紹介状と多めの退職金を渡した。


 掃除、洗濯、料理──すべてを押しつけられていたメイドは疲労困憊で、退職金を多く渡すと言うと涙を流して喜んで出て行った。


「そそ、そんな勝手なこと!」


 姑が声を荒げる。


「あら? 家政は女主人の仕事ですよ」


 私は穏やかに微笑んだ。

 契約書にも明記した“女主人の権限”だ。


「で、でも、いきなりクビなんて」


「よく考えてみれば、兵士が当番制で家のことも執務もやればいいのです。

 専任の使用人は必要ありません。

 すでに、それは兵に通達済みです」


 姑の顔が青ざめる。


「あのメイドがいないと、私の着替えや世話は、どうするの?」


「義母様は社交もされず家にいますから、日頃は乗馬服でお過ごしください。

 来客時は私のメイドを貸しますので」


「私だって社交するわよ!」


「費用は? 借金はまだ少ないですが、貯蓄は0ですよ」


「それは収入をやりくりすれば……」


「どうやって?」


 姑は口を開いたまま固まった。

 そして、ついに本音を吐き出す。


「それを何とかして貰うために、あなたに縁談を申し込んだんでしょ!」


「母上!」


 カシアンが叫ぶ。


 姑は自分の失言に気づき、口を押さえた。


「あ……」


 ダイニングに、重い沈黙が落ちた。


 私は静かにフォークを置き、微笑んだ。


 ──やはり、そういうこと。


 この家は、私を“働かせるため”に迎えたのだ。


 私は静かに椅子を引き、立ち上がった。


「どうも。短い間でしたが、お世話になりました。

 実家に帰らせていただきます」


 そのまま兵士たちに指示を出そうとした瞬間、カシアンが慌てて立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待って! いきなり、そんな!」


「『いきなり、そんな』?

 お湯パンを4回も食べさせたのだから、充分に離婚理由になるでしょう」


 淡々と告げると、カシアンは顔を真っ青にした。


「まっ、でも、そんな、すぐ離婚だなんて?!」


 私は、ため息をついた。


「とりあえず別居させていただきます。

 ──さあ、私の荷物を全て、商会の寮に運んでちょうだい」


 兵士たちが即座に動き出す。

 カシアンは混乱し、声を裏返した。


「は? 寮に? なぜ?」


「今日から私が、モンド商会の経営者になったからです」


 懐から書類を取り出し、彼の目の前に差し出した。


 登記簿の写し──商会の正式な所有者として、私の名前が記されている。


 カシアンの顔色が、さらに悪くなる。


「そんな……離婚したら領主代理権も消滅するよ?」


「実家に帰るんだから、いりませんよ」


 何で必要なんだよ?


「商会は?」


「自分が元々持っていた商会を買い戻して統合します。

 つまり──ここから撤退します」


 カシアンは絶句し、唇を震わせた。

 青い瞳が揺れ、まるで世界が崩れたかのように青ざめていく。


 ──この瞬間、彼は初めて理解したのだろう。


 “妻を働かせて家を立て直す”つもりでいたが、その妻は彼の手から離れていくという現実を。


 私は静かに微笑んだ。


 カシアンは椅子から崩れ落ち、そのまま膝をついた。


「す、すまなかった……待ってほしい。

 君の経営能力を期待して、縁談を申し込んだのは事実だ。

 婚姻契約書に“仕事の強制は不可”とあるから……自主的に働いてもらうよう持っていくしかなかったんだ。

 だから粗末な対応を……」


 私は静かに息を吐いた。


「最初から『家を立て直すのに協力してほしい』と、頭を下げれば良かったのです」


 カシアンは苦しげに顔を歪めた。


「いや、しかし……それでは、こちらが提示できるものがない。

 政略結婚にならない」


 ──等価交換じゃないと成り立たないものね。


 私は動く兵士を手で制し、ゆっくりと夫の前に立った。

 腕を組み、見下ろす。


「旦那様、当主代理権もいただきます」


「え」


 私は書類を差し出した。


「そして私の労働報酬は、こちらに無利子で貸付ます」


 カシアンは震える手で紙を受け取り、読み上げた。


「過去5年の平均を上回る税収は、全てマルセラの労働報酬とする…… ただし、これは全て領地に貸付ける……え?」


 彼の顔が真っ青になる。


 ──つまり、こうだ。


 今後の領地経営において“平均以上の税収”を生み出した分は私の報酬。

 しかし、その報酬は“ドレイモンド子爵家への貸付”とする。


 私は静かに告げた。


「ですから、私がここの債権者になるということです」


 カシアンは喉を鳴らした。


「もし……その条件を飲まなければ?」


「すでに領主代理権をもって、報酬および貸付の契約書は作成して公正証書にしてあります。


 離婚すれば代理権を返却し、商会を王都に連れて帰る。

 離婚しなければ私が、ドレイモンド子爵家の当主代理者、領主代理者、債権者になります」


 カシアンは呆然としたまま、ゆっくりと顔を上げた。


「領地入りして、たったの3日で……そこまでやったのか……そうか……」


 そのまま、完全に言葉を失った。


 ──これが現実。


 呆然と膝をついたままのカシアンが、震える声で言った。


「わかった……当主代理権を渡すから……離婚しないでほしい」


 その言葉に、姑が椅子を蹴る勢いで立ち上がった。


「ちょっと、嘘でしょ! 乗っ取りよ!」


 私は、ゆっくりと義母に視線を向けた。


「人聞きの悪い詐欺師ですね。

 私は単なるコンサルタントです。


 ちなみに。

 この債権は私が死んだ場合、兄に移りますので──余計なことは考えないように」


 義母の顔が一瞬で青ざめ、口をつぐんだ。


 残念なことに、私が死んでも債権は消滅しない。


「さあ、旦那様。立ってください」


 カシアンは“許された”と思ったのか、ほっとしたように私の手を取って立ち上がった。

 その表情は、まるで溺れた子供が岸に上がった時のように安堵している。


「経営委任状と、当主代理権の書面を作りましょう」


 私は淡々と告げ、兵士たちに指示を出した。


「荷物を戻して。

 義母様は離れに、お移りいただいて」


 兵士たちが即座に動き出す。

 義母は悲鳴のような声を上げたが、誰も聞く耳を持たない。


 私は夫を連れて書斎へ向かった。



 書面が出来上がり、弁護士に渡すよう兵士へ指示した。


 ようやく一息つき、椅子に腰を下ろす。


「ああ、そうね。使用人がいないんだわ。

 自分で、お茶を淹れましょう。

 旦那様も飲まれますか?」


「あ、ああ……いただく」


 私は静かに茶葉を蒸らし、2人分のカップに注いだ。

 香りが立ちのぼる。


 この屋敷で初めて“まともな飲み物”を口にした気がする。


 カップをテーブルに置き、私は淡々と告げた。


「実家に支援を頼みましたので、1月くらいすれば人材が来ます。

 ですから、こちらのことはご安心ください。

 旦那様は王都に行って、裕福な未亡人の愛人になってください」


「は?」


 カシアンの手が震え、カップの中の茶が揺れた。


「旦那様にあるのは、そのお顔だけですわ。

 それも、あと3年から7年くらいで消費期限が切れてしまいます。

 それまでにマダムから、お金と情報を貰って下さい」


「愛……人?」


「ああ、そうですわね。

 ベッドのテクニックは、私にはお教えできません。

 旦那様もご存知のように、この前まで処女でしたので。

 ですから、有名な男娼を呼んでレクチャーしていただきましょう。

 その方が高く売れますもの」


 カシアンの顔から血の気が引いた。


「君は……僕を愛してないのか?」


 私は、こてんと首を傾げた。


「なぜ? 数えるほどしか会ったこと無いですよね。

 先に言っておきますが、“一目惚れ”は愛ではありません。生殖反応です」


 カシアンは唇を震わせた。


「そんな……自分の夫が愛人になって構わないのか?」


 カシアンの問いに、私は首を逆に傾けた。


「他に旦那様の使い道がありませんの。

 私だけボランティアさせられるなんて、おかしいではありませんか。

 せめて旦那様も領地の役に立ってください。

 私との関係は、ギブアンドテイクにすらならないのですから」


 その瞬間、青い目に涙が溜まり、ぽろりと落ちた。


「僕には……顔しかないのか」


「その顔も危ういところですわ」


 私は淡々と続けた。


「いいですか。

 お金持ちのマダムというのは、権力も名誉も地位も教養も人脈も、すべて持っているのです。

 ですから殿方に求めるのは“若さ”だけです。

 旦那様は、もう25歳ですよね?

 ちょっと相場的には安い部類ですわ」


 カシアンは肩を震わせ、子供のように泣き出した。


「う、う、売り飛ばさないでほしい」


「なぜ?」


「ここにいたい」


「なぜ?」


 私は同じ問いを繰り返す。

 理由を言語化できなければ、交渉の土台にすら立てない。


 カシアンは涙でぐしゃぐしゃになりながら、必死に絞り出した。


「育った場所だし……君と……ちゃんと夫婦になりたい」


 私は静かに首を振った。


「それは、あなたの我が儘であって“何を提供できるか”の明示ではありません。

 私は、新妻に"お湯パン"を食べさせて、自分は裏でコソコソ食事するような──

 コソ泥のような男を好きにはなりません」


 カシアンの呼吸が止まった。


「"自分が他人を大事にしないのに、自分は他人から大事にされたい"なんて都合のいい妄言はやめてくださいね」


 彼は震える声で言った。


「領主の仕事をちゃんとする……カジノにも行ってない……」


「そんなこと当たり前でしょう。

 いちいち言葉にすることではありません」


 カシアンの心が、またひとつ折れた。


「ほ、他に君がして欲しいことがあればする……」


「例えば?」


 追い詰められたカシアンは、必死に“夫婦らしいこと”を探す。


「毎日マッサージしたり……体にオイルを塗ったり……」


 ──それは侍女の仕事では?


「つまり『侍女として雇え』ということですね?」


「え……?」


「わかりました。いいでしょう。

 私付きの侍女にします」


 侍従ではなく、侍女。

 “夫”ではなく、“女の使用人”として扱うという宣告。


 カシアンは完全に理解が追いつかず、呆然とした。


「え……」


 その声は、壊れた玩具のように弱々しかった。


 私は気にせず立ち上がる。


「さあ、寝る準備をするわよ。

 あ──食事してなかったわ」


 ダイニングに戻り、兵士が作った“男メシ”を食べ、湯浴みの準備へ向かった。


 当然、湯を運ぶのはカシアンだ。

 侍女としての初仕事である。



 湯気の立つ浴室に入る。


 カシアンは私の背中を洗い、腕を洗い、脚を洗い──

 ついでに胸に触れた。


「……何をしているの?」


「ちょ、ちょっとだけ……」


「侍女が主人の胸を触るのは不敬よ」


「ご、ごめん……」


 彼はしゅんと肩を落とし、再び黙々と洗い続けた。




 風呂上がり。

 カシアンは私の体に保湿オイルを塗り、髪を梳かし乾かし、ネグリジェを着せ、抱き上げてベッドに運んだ。


 私はベッドに横たわりながら、静かに言った。


「どうして、あなたが主人のベッドに入るの?」


 カシアンは、当然のようにベッドに潜り込もうとする。


「今日の仕事は終わったんだから、もうただの夫だろう」


 そして、私の腰に手を伸ばした。


「ダメよ」


「なぜ!」


 私は淡々と答えた。


「子供が出来たら困るじゃない。

 お湯パン食べさせる人の子供を、命がけで産むなんて嫌よ」


 カシアンは固まった。


「……」


 私は背を向け、さっさと掛布をかぶった。


 ──そして、すぐに眠った。


 背後で、カシアンが小さくすすり泣く気配がしたが、私は気にしなかった。





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