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第6話「フェンリルという魔獣の烙印」

その日はどんよりとした曇り空で、森の木々はより鬱蒼としていた。


足場の安定したふもとでリアムとともに薪となる枝を拾って歩く。


巨大な体格に対し、すらっとした四つ足は白く美しい。


付け根の部分のふくらみは手を伸ばしたくなるほどで、時々欲望を抑えきれずに指で突いてしまう。


最初はおとなしく触れさせてくれたが、やはり嫌な箇所だったようで、リアムは顔を埋めようとするルーナを尻尾で叩くようになっていた。



(本当に、狼の姿の雄々しくて美しいこと……)


人の形を取るときも神々しくて美しいが、狼姿もすばらしいと鼻息を荒くした。




「……ルーナ、薪は置いて。背中に乗れ」


「旦那様?」


左右の異なる色をもつ目を細め、リアムは牙をむき出しにする。


空気を震わせるほどに警戒心をむき出しにするリアムを見て、ルーナは慌ててリアムの尻尾を掴み、よじ登った。




(なに?)


森がざわついている。


草木を踏み分ける音が四方八方で鳴っていた。


奇妙な空気にルーナは唾を呑み込み、無意識に呼吸を止めていた。




「ーールーナッ!!」


「えっ?」


それは一瞬のことだった。


蛍光色に輝く金の紐が全方向から飛んできて、勢いをつけてリアムに襲いかかる。


はじめからリアムを捕縛するために動く紐に、俊敏な動きを持つリアムも避けきれない。


きつく身体を縛り上げる紐にリアムは苦痛で叫ぶ。


身をよじって暴れ出したリアムの背にまたがっていたルーナはバランスを崩し、宙へと投げ出される。




「きゃあああああっ!?」


状況を把握できないままに身を小さくし、固く目を閉じた。


地面に叩きつけられる際に強烈な痛みが走る……と思われたが、怯えるほど痛くはなかった。


目を開くと鎧をまとった騎士に抱き留められており、衝撃が和らいでいた。


「よくご無事で、ルーナ様」


「……なに、いったいこれは」


「ぐあああああっ!!」


「旦那様!?」



リアムの叫びにルーナは騎士の肩を押して飛び降りる。


粘着質の液体がリアムの口から飛び、肉に食い込もうとする紐には鮮やかな血がにじんでいた。


苦しむリアムの姿にルーナは焦燥感に駆られ走りだそうとする。


だが肩を掴まれ、すぐに手首を縛られ後ろへと引きずられていく。


わけもわからないまま騎士に馬車の中へと押し込まれ、ルーナは足元をふらつかせて椅子に倒れ込んだ。



「なんなの? 旦那様は……」


「久しいな、ルーナ」


「父上!?」



顔をあげると、白髭をたくわえたルーナの父が腰かけていた。


城下町と比較して冷気の強い森に備えた分厚い恰好をしている。


馬車の入り口が閉じ、カギをかけられるとルーナは慌てて身体を起こす。



「これはどういうことですか、父上!」


「出せ」


「父上!?」


馬車が走り出す。


ふもとに停められていた馬車はすぐに走り出し、激しく揺れる。


砂利の多い道でスピードを出しているため、手すりにつかまらなくては座っていることも難しかった。


リアムの叫び声が遠ざかっていく。


とんでもないことが起きているのだとルーナは血相を変えて馬車から出ようと入り口に手を伸ばす。



「おとなしくしろ。舌を噛むぞ」


「こっ……れは、裏切りですよ!」


父王の目は氷のようだった。


まるでリアムに興味のない冷酷な顔をしている。


嫌な予感にルーナの視界が涙でにじむ。



(いや……どうして? 旦那様。旦那様っ!!)


リアムが苦しんでいるのに距離は離れていく。


両手は拘束され、扉は外側からカギがかけられている。


何もできないまま、ルーナは悔しさに悲鳴を上げた。



***



それから森から近い栄えた街に着き、ようやく馬車から降りることが出来た。


リアムのことが気がかりなルーナはすぐに逃げ出そうとするが、騎士たちに囲まれ逃げる隙がない。


そのままチャンスに恵まれることなく、辺境地の伯爵家で身を休めることとなった。


拘束されたまま屋敷の中へ入ると、中で待っていたであろうケープの下に厚手のドレスを身にまとう女の子が立っていた。




「ルーナお姉さま!」


「シルヴィア……」


シルヴィアはルーナの姿を見るなり、飛びついて抱きしめる。


ポロポロと大粒の涙を流すシルヴィアにルーナの涙腺も緩くなった。


シルヴィアはアイスノ王国第2王女であり、ルーナの妹だ。


数えて十歳を迎えたシルヴィアはしばらく見ないうちに王女らしい顔つきとなっている。


久しぶりに顔を見た妹姫に懐かしくなり、同時に嬉しくもあった。



「ずっと会いたかったです、お姉さま!」


「……えぇ。私も、会いたかった……」


だがすぐにリアムのことが脳裏を過って表情を陰らせる。


泣き出すルーナに驚いたシルヴィアは目を見開き、どうしたものかと狼狽えた。



「お姉さま?」


「すぐに湯浴みをさせろ。ずいぶんと獣臭くなった」


「父上! 私を彼のもとへ返してください!」


「ならぬ。あれは怪物だ。いずれ国に害を成す」


「そんなことはありえません! 旦那様はとてもお優しく、人に寄り添ってくださいます!」


「怪物が姫を嫁にと望む。その恐ろしいことよ」




父王は険しい表情をし、鋭い眼差しでルーナを見た。



「なにが目的かはわからぬが、あれは怪物。危険因子だ」


「理由も知らず、約束を反故にすると?」


「お前の安全のためだ。……怪物の嫁など、ありえてはならないのだ」


そう言って父王はルーナから目をそらし、横を通り過ぎていく。



「卑怯者……父上は卑怯者ですわっ!!」


「お姉さま……」


「旦那様……。旦那様に会いたいっ……」


膝から崩れ、さめざめと泣く。


伝承では巨大な狼は破滅を呼ぶ怪物として扱われる。


だが実際のリアムはやさしく、穏やかな性格をしていた。


人の世にも興味があり、進化し続ける文化を取り入れる積極性もある。


時折見せる切ない横顔に手を伸ばしたかった。



狼は孤高の生き物。


いや、リアムは孤高ではなく、孤独に生きていた。


ただ温もりを求めているだけであり、そこに種族の差は何一つなかった。


宝物のように接してくれたリアムに対しこれは裏切りだ。


リアムの中で人への信頼が落ちたと理解し、ルーナは悲しみに暮れるのだった。

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