ピンと、うそつきのリボン
その日、志村ねねは朝からしょんぼりしていた。
いつもなら、幼稚園の帰り道でおかあさんの手を引きながら、
「きょうね、こんなことがあったの!」と、嬉しそうに話す。
でも、今日は違った。
小さな靴で地面をとことこ蹴りながら、うつむいて歩いていた。
スカートの端をぎゅっと握りしめ、唇をかみしめている。
ねねの髪には、ピンクのもふもふ、ピンがついていた。
風にふわふわ揺れながら、ピンはそっと心の中で声をかけた。
(ねね、どうしたの? お顔が曇ってるよ……)
けれど、ねねは何も答えなかった。
帰り道、おかあさんが「どうしたの? 疲れた?」と聞いても、
ねねは小さく首を振るだけ。
そのまま家に着いても、ごはんを食べても、笑わなかった。
大好きなプリンを出しても、「いらない」と言った。
お風呂に入って、髪を乾かしてもらっても、ねねの瞳はしずんだままだった。
夜。
ねねが眠ったあと、机の上に三匹が集まった。
「ねね、ずっと元気なかったな」
ミドリが心配そうに言う。
「うん……“うそつき”って言われちゃったんだよ」
ピンが静かに答えた。
「うそつき?」
クロが眉をひそめる。
ピンは少し間をおいて、ぽつりと話しはじめた。
「きょう、ねねがお友だちに“おてつだいしたんだよ”って言ったんだ。でも、ほかの子が“ほんとはしてないくせに”って言ったの。先生はなにも言わなかったけど……ねね、泣いちゃったの」
ミドリの目がしゅんと沈んだ。
「ねねはちゃんとお手伝いしたんだよね?」
「うん。だって、わたし見てたもん。お母さんに“お皿とって”って言われて、ねね、ちゃんと持っていったよ。……でも、それを見てた子はいないから」
クロが腕を組んでうなった。
「見てるやつがいねぇと、ほんとうも伝わらねぇもんな」
ピンは小さくうつむいた。
「ほんとにやったのに、信じてもらえないって……つらいね」
部屋の中は静まり返り、外では春の雨がぽつりぽつりと降りはじめていた。
その音が、まるでねねの心の中の涙みたいに、しとしと響いていた。
「ねねを笑わせたい」
ピンがぽつりと言った。
その声はとても小さかったけれど、まっすぐだった。
「でも、どうやって?」
ミドリが首をかしげる。
「おいらならパンチ一発でそのガキ泣かせてやるけどな」
クロが言うと、
「だ、だめだよクロ! こわがらせちゃう!」
ミドリがあわててもふもふを広げた。
ピンはふわふわの体をぎゅっと縮めて考えた。
どうしたら、ねねが“ほんとう”だって信じてもらえるんだろう?
どうしたら、泣かずに笑えるようになるんだろう?
そのとき、ピンの頭のリボンが、ふわりと光を放った。
「……そうだ。リボンに“まほう”をかけてみよう」
ミドリが目を丸くした。
「ピン、そんなことできるの?」
「うん。むかし、わたしのリボンをくれたおねえちゃんが言ってたの。“ほんとうを信じる心がある子に、このリボンは光るんだよ”って」
ピンは、ねねの枕元に飛び降りた。
ねねは眠っている。
長いまつげが、まだ少し涙のあとを残していた。
ピンは小さく息を吸い込む。
そして、リボンに手を添えて、やさしくつぶやいた。
「“ほんとう”が見えるリボン……どうか、ねねの心を守ってあげて」
ピンのリボンが、ぽうっと光った。
淡い桃色の光が部屋いっぱいに広がっていく。
机の上に置かれた画用紙が、ゆらりと風に揺れた。
それは、ねねが描いた絵。
お母さんがフライパンを持ってごはんを作っている絵。
その隣に、小さく描かれた“ねね”が立っていた。
お皿を運んでいる。
それが、ピンの光に導かれて、ほんのりと浮かび上がる。
「ねね……ほんとにがんばったもんね」
ピンはその絵を見つめながら、そっと微笑んだ。
クロとミドリも、静かにその光景を見守っていた。
光が消えるころ、ねねの寝顔は少しやわらかくなっていた。
翌朝。
窓の外では雨があがって、空が澄み渡っていた。
ねねは早起きして、机の上の絵を見つめていた。
「……きのうのえ、きれいになってる」
まるで光を浴びたみたいに、絵の中の“ねね”がやさしく笑っていた。
その日、幼稚園ではお絵かきの時間があった。
ねねは昨日の絵を持っていった。
「ねねちゃん、それなに?」
「このまえね、おてつだいしたの。おかあさんのごはん、いっしょにしたの」
先生が絵をのぞき込み、やわらかく微笑んだ。
「ほんとだね。ちゃんと描けてる。えらいね、ねねちゃん」
その言葉に、ねねは照れくさそうにうつむいた。
でも、その笑顔は昨日よりずっと明るかった。
ほかの子たちも絵を見て、「ごめんね、ねねちゃん」「おてつだい、ほんとだったんだね」と言った。
ねねは首をふって笑った。
「ううん。いいの。もうなかないよ」
ピンはねねの髪の上で、そっと目を細めた。
(よかった……ねね、ちゃんとわかってもらえたね)
夜。
ミドリとクロが、ピンのリボンを見つめて言った。
「ピン、あれが“ほんとうの魔法”ってやつかもね」
ミドリが微笑む。
「ふん。おまえ、やるじゃねえか」
クロが口の端を上げる。
ピンは少し照れたように笑って言った。
「へへっ、リボンの力だよ。でもね、いちばんのまほうは“ねねのえがお”なんだ」
その言葉に、ミドリがうれしそうに頷いた。
クロも窓の外の月を見上げながら、ぽつりとつぶやいた。
「“うそ”が“ほんとう”になる夜……悪くねえな」
ピンのリボンが、月の光を受けてほのかに輝いた。
それは、まるで“ほんとうの心”が夜の空に灯ったようだった。
次の日、ねねはまた笑顔で幼稚園に向かった。
髪にはピンがついている。
朝の光を受けたピンのリボンが、そっときらめいた。
それは、うそを消すリボンでも、ほんとうを証明するリボンでもない。
“信じる心”を守る、小さなやさしいまほうのリボン。
ピンは風に揺れながら、ねねの耳もとで小さくつぶやいた。
(だいじょうぶ。ねねのほんとうは、ちゃんと輝いてるよ)
ねねはその声を聞いたように、振り返って笑った。
空は青く、リボンは光った。
そして今日もまた、ねねと三匹のもふもふの一日は、やさしく続いていく。




