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ミドリと、まほうの種

 春のはじまり。

 志村ねねの幼稚園では、みんなで「おはなのたね」を育てることになった。

 紙コップに黒い土を入れて、小さな種をポトンと落とす。

 先生が笑顔で言った。

「おみずをあげてね。みんなのやさしいこころで、きっときれいなお花が咲きますよ」

 ねねは嬉しそうにうなずいて、名札シールに“ねねのはな”と書いた。

 その文字は、まだ少しぎこちなくて、でも一生けんめいだった。


 ねねは家に帰ると、机の上にそのカップを置き、

「おはなさん、がんばってね」

 と話しかけた。

 もふもふたち、ミドリ、ピン、クロは、その横で微笑んで見守った。


 けれど、数日たっても、ねねのカップだけ芽が出なかった。

 ほかの子たちのカップからは、小さな緑の芽が次々と顔を出しているのに。

「ねねちゃんの、まだー?」

「おみずあげすぎたんじゃない?」

 そんな声が聞こえるたびに、ねねの顔がしゅんと曇っていった。

 幼稚園からの帰り道、両手でカップを抱えながら、ねねは小さくつぶやく。

「……ごめんね。がんばって、でてきてね」

 声は小さく、少し泣きそうだった。


 その夜。

 ねねの机の上に、芽の出ないカップがぽつんと置かれていた。

 月の光が土の上に落ちて、黒い土粒がきらりと光る。

 その隣で、三匹のもふもふたちがじっと見つめていた。

「……どうして芽が出ないんだろう」

 ピンが首をかしげる。

「お水も、ちゃんとあげてたのにね」

 ミドリはそっとカップを覗き込んだ。

 土の中には、乾いた小さな種。

 ほんの少しだけ、ひびが入っている。

「ちゃんと生きようとしてる……でも、ちょっと力がたりないみたい」

 ミドリの声は静かで、どこか優しかった。

「ねね、泣きそうだったもんな」

 クロがつぶやく。

「お前、やれるのか?」

 ミドリは小さくうなずいた。

「少しだけなら、わたしの“みどりのちから”を分けてあげられるかも」


 夜が深くなる。

 ねねの寝息が静かに響くころ、ミドリはそっと土の上に降り立った。

 もふもふの体が、春の風みたいにやわらかく光る。

 ピンとクロは息をひそめて見守った。

「小さなたねさん。ねねが、あなたに出会えるように……」

 ミドリの毛から、光の粉が落ちていく。

 それはまるで桜の花びらが舞うように、ゆっくりと土にしみこんでいった。

 しんとした夜の中、かすかな音がした。

 ピキ……。

 ほんの小さな音。けれど、それは確かに“いのちの音”だった。

 ミドリは目を見開いた。

 土のすきまから、小さな、小さな芽が顔を出している。

 月明かりがその芽を照らし、まるで春が一足早く訪れたみたいだった。

「……よかった……あした、ねね、きっと笑ってくれる」

 ミドリはそっと芽をなでた。

 その指先に、まだ生まれたばかりのぬくもりが伝わった。


 翌朝。

「わあっ! でてる! でてるよ!!」

 ねねの叫び声で、部屋がぱっと明るくなった。

「ねねのおはなさん、でてきてくれた!」

 カップの中には、小さな芽が、しっかりと土を押し上げていた。

 ねねは目を丸くして、すぐに笑顔になった。

「がんばったね……!」

 ねねはカップを両手で抱え、ほっぺたを寄せた。

 その表情は、まるで小さな友だちを抱きしめるようだった。

 机の上で、ミドリたちは顔を見合わせた。

「やったね、ミドリ!」

 ピンがぴょんと跳ねる。

「ふっ、やるじゃねえか」

 クロがにやりと笑う。

 ミドリは少しだけ恥ずかしそうに言った。

「わたし、なにもしてないよ。ただ、応援しただけ」

 でも、カップの中の芽は知っていた。

 夜のやさしい光が、ちゃんと届いたことを。


 それから数週間後。

 ねねの花は、幼稚園でいちばん早く咲いた。

 小さな白い花びらが、春風の中でふるえている。

「ねねちゃんのおはな、きれい!」

「いいにおい!」

 まわりの子たちが口々に言う。

 ねねはにっこり笑った。

「うん、あのね、この子ね、がんばりやさんなんだよ」

 その言葉を聞いて、ミドリは胸がくすぐったくなった。

 クロとピンも、そっとその笑顔を見守る。


 春の風が吹いた。

 もふもふたちの毛がきらりと光る。

 芽吹きは、やさしさの魔法。


 それを知っているのは、ねねと、三匹のもふもふたちだけだった。

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