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ピンと、おまじないのリボン

 その日の志村ねねは、いつものように明るくはなかった。

 幼稚園から帰ってくると、靴もそろえず、黙ったままリビングに入る。

 おかあさんが「どうしたの?」と聞いても、

 「……なんでもない」と小さな声で答えるだけだった。

 ごはんのあとも、絵本も読まずにベッドへ潜り込む。

 布団の中から、小さな声がもれた。

「……あやちゃん、もう、いっしょにあそばないって……」

 机の上で聞いていた三匹のもふもふたち、ミドリ、ピン、クロは、顔を見合わせた。

「ねね……おともだちとけんかしちゃったの?」

 ミドリが心配そうに言う。

「“あやちゃん”って子、よく話に出てたな」

 クロが腕を組む。

「わたし、あやちゃんわかるよ。ねねのいちばんの仲よしなのに……」

 ピンはふわっと体をしぼませた。

 ねねの小さな背中が、布団の中で小刻みに動く。

 泣くまいと我慢しているみたいだった。

 ピンは、胸の奥がきゅっと痛くなった。

 そして、しばらく考え込んだあと、ぽんっと手を叩いた。

「ねね、きっとあやちゃんに“ごめんね”って言いたいけど、言えないんだ」

「それで? どうするんだ?」

 とクロが目を細める。

「だから……ピンが手伝う!」


 夜。

 ねねが寝息を立てるころ、部屋の灯りは小さなスタンドひとつだけ。

 そのやわらかな光の下で、ピンは机の上に座り、リボンをほどいた。

 ピンク色の毛糸の切れ端。

 少しよれたけれど、ねねが大切に取っていたものだ。

「これで、“おまじないのリボン”をつくるの!」

 ミドリが目を丸くする。

「おまじない?」

「うん。なかなおりできるリボン!」

 ピンは小さな手で毛糸をくるくると巻いていく。

 もふもふの毛がふわりと光を吸い込み、淡いピンク色が夜の中に溶けた。

 クロがあきれたように腕を組む。

「おまじないなんかでどうにかなるかよ」

「なるもん!」

 ピンが胸を張る。

「だって、“ごめんね”って気持ちは、ちゃんと届くんだもん!」

 ミドリは優しく笑った。

「……うん、ピンの気持ち、きっとねねにも届くと思うよ」

 ピンはうれしそうに頷くと、両手をそっと合わせた。

「ピンのリボン、ピンの気持ち、ねねにとどけ……」

 その瞬間、リボンの端がふわりと浮かんだ。

 淡い光の粒が、まるで桜の花びらみたいに部屋の中をくるくると舞う。

 その光は、やがてねねの枕元へと落ちていった。

 ピンはその光を見つめながら、静かにささやいた。

「ねねが、ちゃんと笑えますように」


 翌朝。

 ねねは寝ぼけた目で枕元を見つめた。

 そこには、小さなピンクのリボンがひとつ、ちょこんと置かれていた。

「……これ、わたしの?」

 指先で触れると、ほんのりあたたかい。

 ふしぎに胸の奥がくすぐったくなって、ねねは鏡の前に立った。

「今日、あやちゃんに、このリボンわたしてみようかな……」

 髪にリボンを結ぶ。

 その瞬間、ふわりと風が通って、ピンの小さな声が届いた気がした。

「だいじょうぶ。うまくいくよ」


 その日。

 ねねは幼稚園の園庭で、あやちゃんのほうへおそるおそる歩み寄った。

 スコップを持つ手が、少しだけ震えている。

「あやちゃん……あのね、きのう、わたし……」

 言葉が詰まる。

 でもそのとき、あやちゃんがねねの髪を見て言った。

「ねねちゃん、そのリボン、かわいい!」

 ねねは思わず笑った。

「これね、あやちゃんにあげる!」

 二人は顔を見合わせて笑い合った。

 あやちゃんがリボンを受け取ると、光がふわりと舞った気がした。


 その日の夕方。

 ねねが帰ってくるなり、カバンを置いて叫んだ。

「おかあさん! あやちゃんと、なかなおりできたの!」

 おかあさんが笑ってねねの頭をなでる。

「よかったね、ねね」

 机の上のピンは、胸を押さえながらほっと息をついた。

 ミドリがにっこり笑う。

「ピン、すごい! ほんとにおまじないできたね!」

 クロが照れくさそうに呟く。

「……やるじゃねえか、ピンクの魔法使い」

 ピンはふわりと笑って、ねねの方を見つめた。

「わたしのまほうじゃないよ。ねねの笑顔が、いちばんのまほうなんだよ」

 その瞬間、窓の外で風が小さく歌った。

 まるで、ピンの言葉に“うん”と答えるように。

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