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ミドリと、ひみつの窓

 その朝、志村ねねは、少しだけ声がかすれていた。

「……せきが、でるの」

 小さく咳をすると、おかあさんが眉をひそめる。

「今日は幼稚園、お休みしようね」

 ねねはこくんとうなずいて、毛布を抱きしめた。


 いつもなら元気に歌っている時間。

 けれど今日は、部屋の空気がどこかしんと静まっていた。

 外では木々が風にゆれて、遠くでカラスが鳴いている。

 机の上のもふもふたちは、ねねの様子を見守っていた。

「ねね、かわいそう……」

 ピンが心配そうに言う。

「お熱、いっぱいあるのかな?」

 ミドリが首をかしげる。

「寝てりゃ治る」

 クロがぽつりとつぶやいた。

 それでも、ミドリはしばらく黙ってねねを見つめていた。

 うっすら赤くなったほっぺ、うなじにかかる髪の毛。

 そのひとつひとつが、いつもの元気なねねと少し違う。

「……ねね、きっと寂しいと思うの」

「寂しい?」

 とピンが首を傾げる。

「だって、いつも“おそとであそびたい”って言ってたもん」

 ミドリは窓の方を見た。

 カーテンの向こうで、風の音が小さく揺れている。

 ねねは風の音が好きだった。

 公園で風が吹くと、「おそらが歌ってるみたい!」と笑っていた。

 そのときの顔を思い出すと、ミドリの胸がきゅっとなる。

「ねねのために……“おそとの音”をあつめよう!」

 ピンがぱちぱちと瞬きをした。

「音を……集める?」

 クロが腕を組んで言う。

「どうやってそんなことする気だ」

「ミドリにだって、できるもん!」

 そう言うと、ミドリは小さな足で窓枠までのぼった。

 カーテンのすき間から、外の光がほのかにこぼれている。

 ミドリは両手を広げ、もふもふの体を風に向けた。

「そよそよ〜……おいで、風さん!」


 最初はなにも起こらなかった。

 でも次の瞬間、カーテンがふわりと膨らんだ。

 外の空気がすうっと入り込み、その中に、草の匂い、遠くの鳥の声、どこかの犬の鳴き声……

「わぁ……」

 ミドリは目を輝かせた。

「ほんとうに、風がきた!」

 ふくらんだカーテンの端をつかんで、ミドリはそっと風を“つつむ”。

 もふもふの体が、風を吸い込むようにふわりと揺れる。

 やがて彼女の中には、やさしい音の欠片がいくつも集まっていた。

 ピンが小さく息をのむ。

「ミドリ、まるで……おそらの子みたいだね」

 クロは背を向けたまま、低く言った。

「……やるじゃねえか」


 その夜。

 雨は降っていないのに、風の音だけが部屋の外を渡っていた。

 ねねはまだベッドの中。

 少し熱のある頬に、月明かりがやわらかく落ちている。

 ミドリはそっと枕元に近づいた。

 ねねの呼吸に合わせて、小さく体を揺らす。

「ねね、きこえる……?」

 すると、ミドリの中から風の音が流れ出した。

 草がこすれる音。

 遠くの鐘の音。

 かすかな小鳥のさえずり。

 それらが混ざり合って、やさしい旋律をつくる。

 ねねのまぶたが、わずかに動いた。

「……おそらが……うたってる……」

 寝ぼけたように呟く声。

 頬にはうっすら笑みが浮かんでいた。

 ミドリはそれを見て、そっとつぶやく。

「よかった……ミドリ、ちょっとでもおてつだいできた」


 小さな風が、ねねの髪をなでる。

 カーテンがふわりと揺れ、夜の月がひとすじ差し込んだ。

 クロがその光の下で小さく言った。

「……悪くないな、風の仕事も」

 ピンが笑ってうなずく。

「ねね、きっと明日にはげんきになるね!」

 ミドリは胸を張って答えた。

「うん! “ひみつの窓”が、ねねをなおしてくれるの!」

 窓の外の風が、やさしくカーテンをふくらませた。

 まるで「うん」と返事をしてくれるみたいに。


 翌朝。

 ねねは目を覚ますと、不思議そうに窓を見つめた。

 カーテンのすき間から、風がひとすじ、頬をなでた。

「……きのうの夢、かな? おそらのうた、きこえたの」

 声には、もう熱の気配がなかった。

 ねねはぽぽちゃんを抱きしめ、窓の外を見つめた。

 空は青く、雲はゆっくり流れている。

 机の上では、ミドリたちが静かに笑っていた。

 風のような声で、そっとささやく。


「ねね、もうだいじょうぶだよ」


 その瞬間、カーテンがふわりとひらいた。

 ミドリの毛先が、やさしい風にそっとゆれた。

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