朝の涙と、ミドリの決意
朝の日差しがカーテン越しに差し込み、志村ねねの部屋をやわらかく照らしていた。
カーテンのすきまから流れ込む光は、昨日よりも少しあたたかく、春の匂いを含んでいた。
布団の中から、ねねのかすかな寝息が聞こえる。
その枕元の引き出しの奥では、三匹のもふもふたちが目を覚まそうとしていた。
「んー……おはよー……」
ピンクのピンがもぞもぞと動きながら、伸びをした。
「まだ眠い」
黒のクロが短く言い、丸まったまま動かない。
緑のミドリは引き出しの隙間から外の光を見上げて静かに言った。
「きっとねねがもうすぐ起きる時間だね」
その時、引き出しの外から、ぱさっと布団の音がした。
ねねがごろりと寝返りを打ち、ぱちりと目を開ける。
まだ少し眠そうに目をこすりながら、のそりと体を起こす。
「ふぁぁ……おはよう……」
ねねは机の方を見て、いつものように手を伸ばした。
髪を結ぶための“もふもふゴム”を探して、
「……あれ?」
ねねは首を傾げた。
机の上を見回すが、昨日まで大事に使っていた三つの髪ゴムが一つも見当たらない。
「ない、ない……みどりちゃんも、ぴんくちゃんも、くろちゃんもいない……!」
小さな声が震える。
目にじわりと涙がにじんでいく。
朝の光の中で、ねねの表情が少しずつ曇っていった。
その様子を、引き出しのすきまから見ていた三匹は、慌てて顔を見合わせた。
「ど、どうしよう! 昨日お花置いたあと、机の上に戻るの忘れてた!」
ピンがしっぽをばたばた揺らす。
「お前が浮かれて走り回るからだ」
クロが呟く。
「ま、待って、今から出たら見つかっちゃう……」
ミドリの声が焦る。
ねねは椅子を引き、机の下をのぞきこむ。
タンスの上、ベッドのすきま。小さな足がぺたぺたと床を叩く音が響く。
「ねぇ……どこいっちゃったの……?」
その声が涙で濡れていた。
ミドリの胸の奥がきゅっと痛くなった。
“ねねを泣かせたくない”
ただそれだけの気持ちが、心の奥で強く光った。
「……わたし、行ってくる」
「え? 今!? 見つかっちゃうよ!?」
ピンが慌てる。
「でも、このままじゃ、ねねが泣いちゃう」
ミドリの声は小さく、でも決意に満ちていた。
クロはその横顔をじっと見つめたあと、小さく息をついた。
「……バカだな。でも、行け」
ミドリはこくりとうなずいた。
そして、そっと引き出しのすきまから身を乗り出し、
ねねの机の足の影へと、軽やかに飛び降りた。
ころん、と小さな音がした。
ねねの視線がすぐにそちらへ向く。
「あっ……! みどりちゃん!」
ぱあっと顔を輝かせ、ねねが駆け寄ってくる。
その瞬間、ミドリの胸の奥で、何かがはじけるように熱くなった。
(大丈夫、動けるってバレてない。動いちゃだめ……動いちゃだめ……)
心の中でくり返しながら、ミドリは動かない。
まるで、ただの髪ゴムのふりをして。
「よかったぁ……! ずっと探してたの!」
ねねはミドリを両手で包みこむように抱きしめた。
小さな胸の鼓動が、ふわふわの毛の奥まで伝わってくる。
そのあたたかさが、ミドリの中にじんわりと広がっていった。
“この笑顔を守りたい”
その思いが、ゆっくりと形を持ち始めた。
ピンとクロは引き出しの中からこっそり覗き込み、ほっと息をついた。
「よかった……泣きやんだね」
「まったく、心臓が止まるかと思った」
「でもさ、ミドリかっこよかったよね!」
「……まあ、な」
クロが小さく笑った。
そのあと、ねねはミドリで髪を結び、いつものように鏡の前で笑った。
「うんっ、きょうもかわいい!」
玄関から「いってきまーす!」という声が響き、ドアが閉まる。
部屋に静けさが戻る。
引き出しの中から、ピンとクロが顔を出した。
「ねね、元気に行ったね」
「ミドリのおかげだ」
二匹は顔を見合わせて頷いた。
「ねね、泣いてる顔もかわいいけど……笑ってるほうがずっといいね」
二匹の視線が、陽の差す窓辺に向けられる。
小さな影が、淡い光の中に溶けていった。
その日から。
ミドリは“ねねの朝を守る係”になった。
たとえねねに知られなくても。
たとえ声をかけられなくても。
その笑顔を見守ることが、ミドリにとって何よりの幸せだった。
やわらかな朝の光が、机の上に落ちていた。
その光の中で、小さなもふもふたちの影が、静かに揺れていた。




