番外編 三色と、夏祭りの思い出
夏の夕暮れ。
空の端にはまだかすかに朱が残り、風がほのかにあたたかい。
ねねの家の近くの神社では、ちょうちんが一つ、また一つと灯りはじめていた。
町全体が、祭りの夜の準備に胸を高鳴らせているようだった。
志村ねねは、小さな浴衣に身を包み、足にはまだ少し大きな下駄を履いていた。
帯の結び目がふわふわと揺れるたびに、鈴の音がちりんと鳴る。
ねねはおとうさんとおかあさんと手をつなぎながら、境内の石段をのぼっていった。
「わあ……きれい!」
屋台の灯り、金魚すくいの水面、焼きとうもろこしの香り。
どれもがねねの瞳をまるくして、心を弾ませた。
人混みの中、三匹のもふもふ、ミドリ、ピン、クロは、ねねの髪や袖の影からそっと様子を見守っていた。
(ねね、うれしそうだね)
ピンが小さく笑う。
(でも、人がいっぱいで転びそうだ)
ミドリがすぐに反応し、毛先をふわりと震わせた。
すると、ねねの足元の下駄がほんの少しだけ安定して、石畳を踏む音が軽やかになる。
(焼きそばの屋台の前、熱気が強いな……)
ピンは透明な風をひと筋送り、ねねの頬をやさしく冷ました。
(花火の音、少し大きいかも)
クロは低くうなずくと、ねねの頭の上に見えない空気の膜を作った。
音を少しだけ和らげ、ねねの小さな耳を守る。
ねねはそんなこと、何も知らない。
けれど、彼女の笑顔はますます輝いていた。
金魚すくいの水面に映る光。
綿菓子を持った手の指先。
風鈴の音。
それらすべてが、ねねにとっての“きらきらした夏のまほう”だった。
やがて、夜空が深くなる。
どこか遠くから太鼓の音が響き、境内の灯りが少しだけ暗くなった。
そして、ドン、と夜空が光る。
「わあ……!」
ねねが両手を広げ、目を輝かせる。
花火がひとつ、またひとつと夜空を彩るたび、三匹のもふもふたちは小さく息を合わせ、光を揺らした。
ミドリの光は木々の緑のように柔らかく、ピンの光は花火のように鮮やかで、クロの光は夜空と溶けあうように深い。
その三色が重なり、ねねの周りには小さな光の輪が広がっていく。
ねねはそれに気づかない。
けれど、花火の光を見上げながら、心の奥で少しだけ不思議な安心を感じていた。
(ねねの笑顔……やっぱり最高だな)
クロがぽつりとつぶやく。
(うん、今日も守れてよかった)
ミドリが静かにうなずく。
(あしたも、楽しい日になりますように)
ピンが優しく風を送った。
祭りの帰り道。
ねねは金魚の袋を両手で抱え、少し眠そうに歩いていた。
屋台の光はもう遠く、夜の風が頬を撫でる。
ミドリは足元の小石をどけて転ばないように整え、
ピンは金魚の袋が揺れてこぼれないように優しく風を包む。
クロは少し先を歩き、街灯の光を反射させて、ねねが安全な道を選べるよう導く。
ねねはあくびをしながら、小さくつぶやいた。
「……たのしかったなぁ……」
三匹はその言葉を聞き、胸の奥がぽっと温かくなる。
家に帰ると、ねねは浴衣を脱ぎ、髪をほどいてもらい布団に潜り込んだ。
祭りの余韻がまだ心に残っているのか、寝息が少し弾んでいる。
ミドリ、ピン、クロは枕元に集まった。
ミドリはねねの髪を整え、ピンは頬にそっと風を送る。
クロは窓辺に立ち、遠くの空に残る花火の光を静かに見つめた。
(ねね、今日も楽しかったかな……)
(いっぱい笑ってたよ。きっと夢でも笑ってる)
(三人で守った夏の夜、忘れないようにしよう)
三匹の毛が、月明かりに照らされて小さく光る。
それは、まるで祭りの灯がまだ残っているような、あたたかい光だった。
ねねの寝顔は穏やかで、唇の端には微笑みが浮かんでいる。
ミドリ、ピン、クロはそっと寄り添い、声を合わせるように小さくつぶやいた。
「ねね、今日も幸せでよかったね」
その言葉が空気に溶けると、窓の外の夜風が優しく揺れた。
夏の夜の終わり、三色のもふもふたちは静かに毛をふくらませ、ねねの夢を見守りながら、ゆっくりとまぶたを閉じた。
ねねの笑顔は、三匹にとってこの夏一番の花火だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
こちらの作品は、自分が小六の時に書いた「たいせつな黒いえんぴつ」という物語を元に、大人になった自分が物を大切にしたら物もきっと自分のことを大切にしてくれるというアンサーの物語になっています。
外から帰ってきて、靴、洋服、脱ぎ散らかしてないですか?
カバン、放り投げていないですか?
周りのものから大切に。
そうしていけば、周りはもっとやさしくなっていくと思うのです。




