噂
「うんこうんこうるさい子供たちでありますっ!」
色の男が振り返って、人差し指を上に指しながら前歯を出してバカにするような顔をした。
「…なんだこいつ」
「旧校舎のやつでは…あるみたいだな」
「なんだ君たち、年上には敬意を払いやがれ」
両手を前に出して、下っ端の二人を後ろに移動するようしぐさをした。
「でぇも、二対一は…あまり、敬意を払っていないように見えるが」
「うんこマンに敬意の糞もねぇぜ」
「ゲームオタクのまま暮らしたかったぜ…人殺しでムショ行きなんて、へへ…おれにゃ向いてねぇ」
シゲイチが言うと、パイプを前に出した晴臣が続けた。
すると、急に色の男の顔色が変わった。
「ん? さっき、勇気って…言ったよね? 知り合い? 友達? 何なに、えれ? 知りたい!」
ここで、シゲイチは考えた。
「男が向かう先は、二年一組の教室である―― 勇気の教室だ…今日の朝、勇気は多分偽名を使ってこいつと話したが、バカだからちゃんと二年生だといってしまったんだろう。クソッ! 二年は一組しかねぇっつうのもっとマシな嘘つけよ! 教室には、一歩も入れさせちゃいけねぇ…誰かが勇気を、”勇気"と、本名で呼んでこいつにバレる前にッッ―――」
「パイプよく握りしめろよ、晴臣。123で突撃だからな」
「おうよ」
1 お互いが息をのんだ。
2 色の男が、カメラをコートから出した。
3 パイプが一瞬、震える。
「殺してやるッ!」
シゲイチが叫ぶと、二人は一斉に声を出しながら突撃した!
パシャ
パシャ
色の男にたどり着く前に写真を撮られたが、それも一瞬。
晴臣は男に近づきパイプを振って頭を打とうとしたが男は後ろに一歩引いた。
隣からシゲイチがフックを出して男の腹を殴った。
「百発百中ーーッ!!」
「…」
「晴臣もっかい殴り掛かれッ! その隙に――」
シゲイチが晴臣にそう叫ぶと、後ろにいた色の男の下っ端がキャリーバッグを男に投げた。
男は飛ぶバッグを空中でつかみ、シゲイチの腹を蹴って壁に飛ばし、バッグで顔を埋めた。
「シゲ!!」
両手でバッグを抑えて生徒の呼吸を止めようとすると、後ろから晴臣が近づき精一杯パイプを男の背中に殴りつけた。
一瞬弱ってバッグを放すと、バッグは勢いよく地面に落ちて大量の写真が地面に散らばった。
生徒の写真、赤い何かの写真――
しかし説明している暇はない
シゲイチは深呼吸をとってから男の脚をキックして膝ま付け、それから晴臣が男の腹をパイプで殴りつける。
男は血反吐を吐くと、それは落ちた写真に染みついた。
「次だッ!」
晴臣がまた男の腹を殴ろうとパイプを構え、そして振った――
しかし男はパイプを両手でつかみ、その刺激が晴臣の手に当たると彼はついパイプを放してしまう
シゲイチは男の顔を蹴ろうと脚を上げたが、パイプで脚を殴られ地面に転がってしまう。
男は立ち上がり、晴臣の首を強く握りしめてから窓に一歩ずつ近づいた。
「旧校舎に秩序の糞もないが、私には私なりの秩序がある。 仲間をさらったのか、殺したのか知らないが羽田家の場所は松本勇気に吐かせる。知らなかったら次の生徒に回るだけだ。」
男はそう言って晴臣の頭を強くガラスに押し付けると、そのまま割れ崩れ、頬にガラスが少し刺さってしまう。
血が頬を流れ、顎につたり、首から制服に流れ落ちていく。
「血の色が見たい人生だった、でも。神様は俺を許してくれなかった」
「なに言ってんだてめぇッ!? シゲイチぃーッ!!」
「秩序のない場所に生まれたヤツが、秩序を知ってるわけがないッ!」
後ろからシゲイチが現れ、精一杯の力で男の後頭部をパイプで殴りつける!
男は晴臣の首を放して、頭を壁につけて崩れ落ちた。
「死んだか?」
「死んだほうがいい」
シゲイチは答えた。
「お前ら何してんだーッ!!」
廊下の先、血も、写真も届かない場所に先生たち4人ほどが晴臣とシゲイチの方向に走ってきていた。
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「青色は、静けさや、理性の色でもありながら、実は抑うつの色でもあるんだ。私は、久しぶりに母校を見に来ようと思ってきてみたが…あまり、子供たちはおいらのような大人は好きじゃないみたいだ。 ふふふふふふ」
校長室にて、シゲイチと、晴臣と色の男、そして校長先生と何人かの先生たちがいた。
「そうだそのままウソをつけ俺はケツに嘘をぶち込められるのが大好きだ」
「死ね、死ねよ」
シゲイチがそういうと晴臣はつられて煽った。
「やめろ」
後ろから南先生がシゲイチの肩に手を置いてそう言った。
「こいつが学校に不法侵入してほかの生徒に危害を――」
「私は何も知りませんし、何もしてませんちょ」
「ちょ?」
シゲイチが一度首をかしげたが、とにかく話を聞いた。
「すみません、もう一度名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
シゲイチの後ろに立つ南先生が、色の男に向かって聞いた。
「秋山 有です」
男の名前は秋山有29歳。 犯罪履歴なし、住所は住んでいる都道府県以外不明。
県内でいろんな場所を回りながら生活をしているという噂があるが、真偽は不明。
子供の頃から精神的な病気なのか、それか目の問題なのか、普通の”線”がまるで鉛筆で描いたような粗い線に見えるとのこと。
それは、人間の体もそうらしく、肩から肘にかけて輪郭が千切れ、鉛筆で強く擦ったように見えると。
彼に直線を書かせようとして紙に定規を置いても、彼にはその形が正しく見えず、定規の直線に沿って鉛筆を動かすことはできなかった。
直線を見たことがなかったから。
”直線”が見えない男として一時期県内で有名になり、それを診ようと多くの専門家が彼の家を訪れたが、一切原因をつかむ進歩はなかった。
進歩とは逆に、もう一つ問題が見つかったのだ。
男は色が見えなかった。
血の色と、濃い茶色の木材を見分けられなかったことで発覚した。
彼は世界を”落書き”のように、モノクロに、全てがゆがんだように見えた。
15歳時点で男の身長は164センチメートル、体重はわずか54キロの痩せた青年で、性格は非常に掴めない、理解できないような言動ばかりで一言では表しにくかった。
時には、他人に優しくし、困っている人がいれば助けるような人。
時には、落ち着いた人になり、口数は減り、人を観察するような人。
時には、ものすごく興奮し、大きな声で笑って、よくしゃべり、そして活発な人だった。
どれだけ研究を重ねても、彼の頭を調べても、多重人格の気配はなかった上に、目の構造も一般の人間とは何ら変わりがなかった。
そんな”変わりない”はずの子供は、どうしても、自分は変わっていると言い張った。
すべての人が彼を捨てた。有自身の親も、彼を虚言癖だと言いつけ、そして独りにした。
有は成長するにつれて、色に興味を持つようになった。
色んなものの写真を撮っては、それを一つのキャリーケースに入れて閉じ込めた。
赤いはずのリンゴの写真。
緑色のはずの杉の写真。
青色のはずの空。
これまで教えられた知識で、自分の見るモノクロの世界に色を入れようとした。
子供は、自分さえも疑い、病気なんてなく、虚言癖だと思い込んでいた。
写真は、少しずつ過激なものに変わっていった。
彼が、色が見えないと気が付いたのは血の赤のおかげだった。
専門家の一人が木材に手を当てて滑らせていると指にとげが刺さった時だった。
大人の男性は無理やり乱暴に棘を取り出すと、一粒の血が指の先から表面に出てきた。
それに、有は反応しなかったことで専門家は彼に問いた。
「血は怖くないのか」と。
子供は、質問の意味が分からなかった。
彼にとってはすべてが同じだった。
それから、色が見えないことが判明した。
青年は、写真を撮った。
最初は穏やかなものから始まったが、やがて序盤に戻るように彼は”血”に興味を示した。
そして、教えられたことをそのままやっただけだった。
「血への恐怖は、自分の中にあるものだからである。その刺激的な色もあるがね…。有君、通常、人は何か怖いものを見ると、連鎖というのが起きる。例えば、一度血を見て恐怖を覚えた者は、その後、血じゃなくても、それに関係する肉に恐怖するようになる。でも、君の場合は違う。君にその連鎖は起きない」
専門家たちの言葉が、日々脳裏に浮かぶ。
「お前に、恐怖はない」
「怖い物なんて、ない」
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シゲイチは、一限目の授業にいなかった。
二限目の授業にも…
何があったのだろうか、晴臣もいないが。
今日はなんだか視線が熱い。
他人がやけに僕を見ている気がする。
「死ねよ…」
教室の隅から小声の男子が聞こえた。
「えー皆さん。今日はですね、ここ先の廊下にいろいろ起きてしまってまだ掃除をしていますので、右の非常階段から一階に降りてください。わかりましたか」
休みの途中だったのに急に南先生がみんなの注意を払った。
「誰も気づかない間に喧嘩だってよ」
「ひぇ、勇気の名前を言ってたとか」
「ただでさえ問題児なのに」
…糞。
非常にうるさい教室を抜けて僕はとにかく非常階段へ向かって、適当なところで座り込んだ。
「勇気君?」
前に現れたのは鶴丸さんだった。
鶴丸夏帆さん…
「うん?」
「なんで教室にいないの?」
「気分が悪いから」
僕は正直に言った。
「そう…」
「鶴丸さんは? 僕のこと探しに来たの?」
「だって友達じゃん」
「…」
そういって僕に近づこうとすると、上から硬い物が僕の背中にぶつかって、そのままドロドロして割れた。
…卵か。
三階からは生徒たちの愉快な笑い声が聞こえた。
暴言を吐いて、僕をゴミ扱いする声が聞こえた。
「うふ、ふふふ」
やはり、鶴丸さんも僕のことを笑うのか。
「ふふふふふふふふふ」
「死んだらどうなんだお前も」
「ふ?」
僕は一気に立ち上がり一段飛ばして彼女に近づき、それからもう一度言った。
「全員いつか死ぬんだ。早くなるだけだ」
彼女に圧をかけると、胸を張った僕に優しく触って、胸から腹をなぞって、顔を近づき耳に小声でささやいてきた。
「強い男の子、私好きだよ」
暖かい彼女の息が、僕の耳にかかる。
「もう、疲れたから。教室に戻る」
「卵だらけのまま?」
彼女は僕を引き留めようとするが
「…服を洗ってくる。授業始まるから教室に戻ったらどうなんだ」
「ふふ、いいよ」
僕に抱き着く勢いで近づいてから、教室に戻っていった。
僕はそのまま階段を下りて一階の保健室で制服を洗いに行く。
みんな、この学校のすべての人が僕をバカにして、笑って、僕を舐め腐っている。
なのに、なのに何もでき――
前を見ずに歩いていると、人にぶつかった。
その人はそのまま何歩か後ろに下がって、僕を見上げた。
ロングの茶髪の、女の子…
制服を着ているからうちの学校の子で間違いはないけど…
どこかで、どこかで見た気する。
一瞬、なぜか僕はさっきまでのいじめを忘れて彼女を見た。
女の子は顔を上げて、僕を見つめた。
「臭い」
一言だけ言われた。
視線は鋭く、口元は、まるで僕のことを面倒くさがるような…
制服のスカートの下からは体操服を着ている…
「どいてくれませんか」
「どこかで、会いました?」
僕は質問をした。
彼女を無視して。
「いいえ。多分いいえ」
「いいや。絶対いいや」
会ってる、きっとどこかで…でもなんだか思い出せない。
「確か、コンビニで…一度会ったよね?」
僕は彼女に指を指して言った。
「…随分としゃべり方も、雰囲気も変わりましたね。前はあんなに冷たい人だったのに」
「やっぱり」
そうだ。
親父を殺す二日前ほどにコンビニに行った時、万引きをしている女性に出会った。
ここの生徒だったのか
「何年生?」
「…すみません忙しいので――」
「ちょっと待ってよ、マジで。名前は?」
「……田中エリナです」
「よ、よろしく」
この人に、なんだか惹かれる。
こう、外見的にもそうだが
ものすごく…なんだろう。
声をかけずにはいられなかった、あのコンビニの時のようだ。
異様な、何かを感じる。




