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十七本の赤い薔薇  作者: 西村系
第一章 田中エリナ・松本勇気 プロローグ

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7/18

目覚め

「ラッキー!!」

 僕の素肌を打ち続ける雨に小屋の外で叫び声をあげた


 聞こえる。

 聞こえるんだよ、君の苦しむ声が。


 小さな声で、あの時、捨てられていた時のように泣いている声が――


「ラッキー! もう少しだよ、もう少しで行くからね、待ってね、ラッキィー!!」


 雨がうるさかった。

 生まれて初めて、こんなにうるさいと思った。

 葉が打たれる音も、地面に落ちる音も、僕を包み込む雨が…ッ!!

 うるさい、うるさい、うるさい!


 死んでないで、もう少しだけ待って、お別れの言葉でも、何でもいい、ラッキー、僕を、僕をもう一度…


 もう一度その小さな声で、僕を呼んでくれよラッキー…


 雨の中で、雨の中でもう一度、君に別れの言葉を言えるように、僕頑張るから、ちゃんと耳を澄ますから…


 雨が、一瞬だけ静かになり、水滴が目に入って前が見れない状態でも、僕はラッキーの声がまた聞こえた。

 小屋の裏だ。


 小屋の裏にいる。

 まってて、ラッキー、今、今助けてあげるから――


 泥を思いっきり蹴って前へ進み体の冷たい雨を熱く感じた。


 ラッキーが生きてる。

 間に合った。

 間に合ったんだ。


 小屋の裏に回ると、そこには雨に、残酷に打たれながら横になるラッキーがいた。

 両方の後ろ脚は、出血していて、僕でも見ていてまた吐き気がするような状態で曲がっていた。


 親父は、ラッキーを二度と歩けないようにしたんだ。


「大丈夫、大丈夫だよラッキー…僕が、僕が君を治せる場所に連れていくから…」

 犬をゆっくり抱き上げようとすると、あばらが変に曲がった。

 ラッキーがさらに痛がり、僕の手を優しく噛んだ。


「あぁ、あばらも、あばらもやられたのか…」

 涙は、雨に流されていた。

 喉が熱くて、ろくに息もできない。

 

「あぁ、ごめんラッキー…ごめんよぉ…本当に、大好きだからね…」

 ゆっくり、ゆっくりと雨の中でラッキーを抱き上げた。


 痛がっている。

 雨の一滴一滴が彼の脚に、あばらに当たるごとに彼は痛みを感じていた。

 

「下まで…したまで運び込むから…耐えて。耐えてよラッキー」


 僕は、必死に重いラッキーを抱いて下まで泥を踏みつけながら走った。

 きっと、間に合う。

 きちんと犬用の医者に合わせれば間に合う。

 二度と歩けなくても、彼は生きてくれる。

 僕と一緒に、僕と一緒に幸せに暮らしてくれる…!!


 泥に、滑ってしまった。


 顔が、泥だらけになりラッキーは叫び声をあげて地面にぶつかった。


「はぁ、はぁごめん…」

 顔の泥を泥だらけの手で拭って、ラッキーの場所まで這った。


 彼を腕に、僕は座り込んだ。

 やっぱり、間に合わないんだ。

 まに、合わないんだ。


 …

 僕は、彼のために買った骨を、ポケットから取り出した。

「おいしいよ」

 鼻をすすって、僕はラッキーに骨をゆっくり渡した。


 骨にかみつくとなんだかうれしそうに嚙み始めたが、それも一瞬だけだった。


 すぐに、ラッキーは骨を泥だらけの地面に落とした。

「あぁ、あぁ」

 僕は骨をとって、自分の服で泥をぬぐってまたラッキーに渡した。


 また噛みつくが、今度は、口に持つ余裕すらなかった。


「うぅ、うぅぅぅ…ラッキー…」

 涙が、止まらなかった。

「大好きだよ…大好きだよ…ごめん…ごめんね…」

 震えた声で、僕は謝った。

 死んだ犬に、抱き着いて雨の中で泣いた。


 誰も、聞こえるはずのない場所で。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 目は虚ろだった。

 

 その身は、冷たく。

 制服は、泥と、他人の血に汚れていた。


 松本勇気は、二つの体をに流れる血を、止めて見せた。


 雨の音が鳴り響く道路で、僕は何も手に持たずひたすらに歩いていた。

 地面では、雨水はどんどん下へ流れていく。

 僕も、それに沿って家に帰る。


 手にあった、男と、犬の血はとっくに流された。

 時間も、とっくに流れたはずなのに。


 目は虚ろだった。


 その身は冷たく、雨に打たれるごとにもっと冷たくなっていく。

 僕自身、寒いとは一度も思わなかった。


 頭が、なんだか痛くて、全てが崩れていくようで――


 でも、寒くはない。

 

 下ばかりを、向いてしまって。

 僕は前が見れない。

 別に、人と目を合わせるのが怖いわけじゃない。たぶん


 …いや、怖いんだろう。

 僕は、人に会うのが怖い。

 人と話すのが怖い。

 寒いのに、寒くないといって震えを止めようとする。


 自分自身に正直じゃない僕は、幸せには、なれない。


 そんな、幸せを拒むばかりの自分を、僕は嫌いだ。

 大嫌いだ。


「お前の手にあるものはなんだ」


 僕の手には、何がある?


「きちんと見てみろ」


 見てみるって、何を。

 

「犬が死んで悲しいなんて、俺は臆病者の息子を持った覚えはない」


 臆病者。


「俺を殺したときの威勢は、どうしたんだ勇気。言ってみろ、どこへ行った?」


 殺す…威勢……


「お前の、勇気、聞け。お前の、手に、あるものは、なんだ?」


 僕は、自分の手を見つめた。


「違う、左手だ」


 右手を下ろして、左手を見つめた。


「言葉を発せ」

 僕は、唇の形だけを変えた。

 

「違うッ!」

 親父が、僕の首をつかむようだった。


 でも、幻覚に過ぎないことくらいわかっている。


「お前の左手にあるものはなんだ、今ここで、大声で、言ってみろッ」

 

 僕の、左手に、あるのは――


「親父を、殺したハンマー」


 自分の素肌からは、全ての血が洗い流されたのに、ハンマーにだけはまだ肉の塊が先端についていた。


「そうだ。勇気。一生、一生このことを忘れるな」


 …


「お前は、親父を殺した糞息子だ」

 一生、傷が消えないのであれば。

「そうだ、勇気、言ってみろ」

 苦しむ必要なんて。

「俺は、勇気、俺はお前を」

 苦しむ必要なんて、ないんだ。

「俺は、お前の父親だ。愛せないわけがない」


 なら、この、心に残った何かを…どうすればいい。


「俺は、お前を許すんだよ。大好きな息子だから」


 なら、この、もう冷たかったラッキーの体の感覚を…どうすればいい。


「お母さんを、頼んでもいいか?」


 苦しむ必要は、ないけど。苦しむことを心は止めてくれない。

 理解してくれない。

 なんで…


 すべての道は、ローマに通ず。

 僕は、こんな一文をどこかで読んだことがある。

 どんな手段を、使っても、どんな選択をしようとも、全ては結局ローマに終わる。


「ローマは、崩壊した」


 すべては結局崩壊するのであれば、安全な地に続く道は存在しない。


「なら、崩壊に終わらないよう、お前は何をする」


 …ローマから、道を歩む。


「可能性は無限だが、その場所もいつかは――」


 そんなのわかってるよッ! 死ねよいなくなれよ、殺したんだから一生話しかけるなよもう僕にかまうなよついてくるなよやめてよもうこないでよ僕を見ないでよ僕に何もしないでよ一言も発さないで一言も手伝おうとしないで消えて、消えてよ。


 声は、聞こえなくなった。

 同時に、僕は雨の中で倒れこんだ。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

「昨日の夜塾から帰ってたら寝てたんだよ」

「嘘だろ。でも、こいつ顔腫れてるぞ」

「そうなんだよ、何があったのかもろくに…息はしてるけど起き上がらないし」

「勇気っ! おいおいー!」

「ちょ、疲れてたら迷惑だろうがっ!」

「あー…なぁシゲ、お前の親はこいつのこと知ってんのか?」

「車で塾から帰ってたから、ちょうど見つけて車の中に運び込むの手伝ってくれた」

「ふぅん…勇気の家は?」

「知らない。こいつ家のことは全く話してくれなかったから」

「あっそう…どうするんだ」

「様子を見る。そうするよ、ありがとう晴臣」

「おん、いいよ。また明日来るわ」


「熱は…ないみたいだな」


「今日も寝てるのかこいつ」

「おぉん。学校に行って、戻ってきてもずっとこのまんま」

「何する?」

「別に病気じゃなさそうだし、もう少し寝かせよう。その間にゲームでもするか」

「おー!来た来た!」


「少し、叩いてみたらどうなんだ」

「晴臣……こいつのことを起こしたいのはわかるけど…」

「学校で起きてることも話さなきゃダメだろうが」

「あんな悪質な噂、勇気自身も起き上がったら信じないだろ」

「悪質っちゃ悪質だけどよ…この状態、何が起きて、どうなってこうなったと思う?」

「…」

「もし本当だったら?」

「噂を流したやつも知らないんだ。信じるわけにもいかない」

「旧校舎のやつらと、本当に絡んでいるとしたら?」

「そんなわけない」

「最近は、有っていうやつが誰かを探し回ってるらしい」

「勇気は、喧嘩は、たぶんしない奴だ。まずまず怒るところをあまり見たことがない」

「もし、隠しているだけだったら? 勇気が、旧校舎の一員だったら?」

「そうしたら、そうなだけだ。友達であることは変わらない」

「シゲも度胸のある糞野郎だな…」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 布団の上で寝ている気がする。


 さっきまでは、冷たく濡れた、アスファルトだったのに。

 今度は、暖かく乾いた、知っている匂いのする場所だ。


「おい、目がぱちぱちしてるぞこいつ」


「まさか、起きたのか?!」


 知ってる声も、する。

 でも、明るすぎる…目が開けない。


「勇気?」

「いやねてるぞ」


 目を、思いっきり閉じてまた開こうとした。


 すると、二つの頭が僕を覗き込むのが一瞬見えた。

「やっぱ起きてるよ」

「本当だ」

「おーい、勇気?」


「なんだ…」

 声を出してみたが、ほぼささやきと変わらない。


「やっぱ起きてる、起きてるよ」

「今返事したよな」

「…したよ」

「あぁぁあ!!!」


 朝っぱらから糞騒がしいやつらだな…


「勇気が、目覚めたぞ!!」


本当に勇気が目覚めてよかったと思う、彼とはかれこれ9年ほどの付き合いでずっと一緒にいるが、あまり家庭環境については話してくれないし、彼の家に誘われたこともない。

でも正直全然それでもいいと思う。勇気は学校じゃ物静かな奴として有名だけど、意外と面白いんだよね。

話して、理解しようとすれば必ずわかると思うよ。


 勇気の幼馴染みたいな人、シゲイチより。

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