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十七本の赤い薔薇  作者: 西村系
第一章 田中エリナ・松本勇気 プロローグ

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3/18

プロローグ

今から物語が始まります。

 五人。

 僕は背中に大きいリュックに、左手に血だらけのハンマーを持っていた。

 五人、五人だ。

 目を閉じてよく集中した。

 きちんと耳を澄ますと足音が聞こえた。

 五人。

 右に二人。

 目の前に一人。

 後ろに二人。

 

 その場所は、暗闇に包まれた廃工場だった。


 周りは何も見えない、目を開けているのか閉じているのかすら曖昧なほど、黒い。

 光を照らせば場所がばれる。

 しかし、照らさなければいつしか場所がばれて、殺される。


 一歩、二歩、三歩先に進む

 目にいる一人にバレた。

 

 ハンマーを上から下に振った、しかし当たらなかった。

 リュックを背中から外して目の前に投げ捨てる。


 今度は当てた。

 

 そのまま大股で近づきハンマーをまた振り下ろすと水水しい音が鳴り暖かい何かが顔に当たった。

 

 直撃だ。


 残り4人。

 場所はバレているが、相手もひっそりと近づいてくるだけ。


 大丈夫。

 大丈夫だ

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 学校で美術の授業をしていた。

 そうだ、今鶴丸さんに似顔絵を描いてもらったんだ。


 彼女が自慢そうに僕に絵を見せてくると、僕はとっさに

「うまいね」

 と答えた。

 嬉しそうに彼女は微笑んだ。

 

 自分もとにかく書いてみよう――

 

 20分。

 20分経ってもできるのは小学生並みに下手なお絵描きだけだった。

 耳…そうだ、耳を描くのを忘れてる。

 唇もただの線になってる、下手な原因がそこにあるかも――


 たらこ唇の鶴丸さんができてしまった…

 さすがに見せられない、こんなの侮辱だ。


「ねぇ勇気? できた? ずっと止まってるの疲れるんだけど」

「あ、あともう少し時間ちょうだい。ちょっとだけ」

「ふーん」

 くっそ!

 やばい! 

 時間が!

 時間がないぞ!


 鶴丸さんも止まって僕の相手になるのを疲れてきたみたいだし、さっさと――


「はい、で、できました」

「え、やった! みして…?」

 紙を受け取ると明らかに失望したような目を向けられた、失望…というか怒っているようにも見えたが

 いうて、一瞬だけだった、そのあとすぐにさっきまでの鶴丸さんに戻った。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 あの時の僕は気づいていなかった。

 鶴丸は、別に僕の絵なんて微塵の興味なんてなかったし、失望の目も――

 

 彼女はずっと…

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

「でも、よくできてると思うよ」

「でも? どういうことだぁ?」

 僕はニヤニヤしながら言うと、鶴丸さんも笑った。

 そうして授業が終わった。



「なあ、勇気、どうだった?!」

 美術室を抜けると廊下で待ち伏せしていたのはシゲイチと晴臣だった。

「へ、へへへ。僕はお前らと違って正式に彼女ができるみたいだな」

「うひゃああ…」

 シゲイチが口元を隠してぴょんぴょん飛び跳ねた。

「?」

 無視して僕は続けた

「このまま鶴丸さんとつるめば僕は勝ち組のリア充だ、わかるか? わは!わはははは!!」

「リア充!?!?!」

 晴臣が動揺している。

 女性ともろくに話したことがあまりないやつには刺激が強すぎたみたいだ。


「お、俺ッ! 人集めてくる、集めてくるよ。勇気、これからはお前の祝いだ」

 そうとだけ言って晴臣は階段を走って下りて行った。



「ごめんシゲ、実は今日は放課後空いてないんだ。晴臣に言っといてくれないか?」

 シゲイチの方を向いて僕は彼にそう伝えた。

「ああ、ラッキーだよな? いいぜ、俺が伝えておくよ。祝いは明日にしよう」

 ありがとうシゲイチ。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 勇気が自転車に乗って山に入る間、シゲイチは晴臣と、その童貞の仲間たちと話をしていた。

 晴臣は一列になった7人の前に立ち軍隊のように祝いの話をしていた、そこにシゲイチが割り込む。


「祝い? なぁに言ってんだてめぇ」

 校舎裏、ほぼ湿地帯の泥になった地面で7人の男子たちに言った

「勇気はこれからはもう卒業なんだ、俺たちできちんと祝いをして――」

「違う!!」

 シゲイチが大声を上げると、ほかの男子たちがビクついた。


「勇気はまだ、鶴丸と付き合っていないッ! お前ら、こんな小さいことで祝いなんかしていたら大きい出来事が起こった時、何も大きい祝いができないじゃないか!!!」

 シゲイチがそう怒鳴ると、晴臣を入れた男子たちが目をピカつかせた。

「確かにッ!」

「おれ勇気のことしらないんだけ――」

「それもそうだ!」

「勇気ってだれ――」

「そうだそうだ!!」

 

 男子たちが一気に盛り上がった。

「なら、明後日だ。明日のうちにパーティー用のモノを百円ショップで買い集めて、明後日、明後日朝の教室に集まろう、皆より早く、俺たちでな」

「結局やるのかよ…」

 少しシゲイチに呆れて、晴臣が独り言を言った。

 晴臣がそう小さくつぶやくとシゲイチが彼に近づき、耳元でささやいた。

「もっとデカいことがあればもっとデカいパーティーをすればいいのさ」

「……シゲ、そんなことできるのか? 本当にやるのか? さっきまで反対してたのに?」

「反対してたけどよ、ここまで勇気のことを気遣ってくれる奴らがいるんだ。俺はてっきり、勇気は独りぼっちな奴だと思ってた、滅多に俺以外の人と話さないし、人もあいつに寄り付かないからな。でも、この通りだ。やろう」

「お前も友達思いだよな…」

 晴臣のその言葉に、シゲイチは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 湿地の泥が靴に絡んで重いのに、それでも二人の足取りは少しだけ軽かった。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 学校から自転車で約5分ほど漕ぐと、すぐに近くの山の入り口があった。

 ラッキー、待ってろよ。

 自転車を入り口に置いて、とにかく上まで歩いていく。

「はぁ、どっかに寄ってラッキーのためにおいしい物買っときゃよかったかな。」

 そう独り言を言いながら杉林一人で歩いていった。

 地面にはまだ雪の残っている場所があって妙に濡れているせいか靴が土に少し沈む。

 

 一言で言えば、足跡がよく見える。

 

 山の中も5分経たずに歩いているとすぐに木製の小屋に行きついた。

 中からは、すでに木製の扉をひっかく音が聞こえる。


「ラッキー! 来たよ、僕だよ」

 そういいながら小屋の鍵を開ける。


 ポケットから鉄の冷たく、小さい鍵を取り出しゆっくり鍵穴に入れる。

「大丈夫だよー 今入るからね」

 鍵を右に回して、それから抜いた。


 右手にあった鍵をポケットに入れて、左手で扉を開けるとすぐにラッキーが僕の上にとびかかった。

「ほらッ、ラッキー! そんな、あは!」

 後ろに倒れこんでジャケットの背中が泥にぬれてしまった、ラッキーは僕の顔を舐めるのをやめない。

「わかったよ、わかったって。ごめんね、何日も放置しちゃってさ、ご飯あげるからね、そのあとはすぐ散歩に行こう」

 ”ごはん”と聞くとラッキーは僕の上からすぐにどいて、小屋の中で走り回り始めた。


「そんなに僕のことが…」

 ラッキーは僕のことを彼の親同然のように思っていた。

 それも、当然だ。


 初めてラッキーに出会ったのは中学2年の中盤だった。

 近くの田んぼで、箱の中に放置されている子犬がいた。

 

 最初は黒い塊だと思って近くに寄ると、実際に動き始めて僕にキラキラした目を見せた。

 箱には何も書かれていなかった

 子犬が独りで、田んぼの隣で小さなしっぽを振りながら放置されていたのだ。

 

 道路の隣なのにもかかわらず、こうやって…


 僕は当然子犬を拾い上げて家に持ち帰った。


 黒く、小さい子犬を抱いて家まで向かった。

 その最中ずっと僕の手の甲を舐め続けていた、僕は道中、彼を見つける運がよかったから――


 ラッキー。


 子犬をそう名付けることにした。


 しかし、家の玄関を開けると、親父はラッキーを見て怒鳴った。


「この家に犬はいらない」と、「動物なんて感情はない、そんなの殺せ」と…

 僕が小さい頃は、親父はこんなに残酷じゃなかった。

 でも、中学生になってからその姿は変貌した。


 毎晩のようにいなくなっては、朝帰りを続ける。

 夜帰ってきたと思えば、明らかに女の匂いがする。

 母はそれに気が付いていた。

 いっつも、面と向かって言わないだけで、キッチンからはいつも彼女がつぶやくのが聞こえた。


「死ね、死ね」

 ナイフで何かを切りつけるごとに、ナイフでプラスチックのまな板をたたくごとに


 …彼女は親父に対してそうつぶやいていた。


「ごめん、お父さん。捨ててくるから」

「駄目だ、殺せ。でも、家の前でやるなよ、犬の死体より臭いモノはない」


 憎かった。

 僕は、ラッキーを”殺した”と、嘘をついて小屋に閉じ込めて、毎日遊んであげている。

 これない日も、もちろんあるが、その時はシゲイチがラッキーと遊んでくれる。


 僕は、ラッキーがかわいそうだと思う。

 家をあげたかった。

 僕と暮らせるようにしてあげたかった。

 毎日遊びたかった。


 でも、親父が…


「よし、ラッキー、散歩に行こうか」

 やけ黄色っぽいランプに照らされた小屋の中で、僕は何も入ってない白い皿にカリカリした大型犬用のご飯を入れて、それから近くの椅子でラッキーが食べるのを見た。


 食べ終わると僕は立ち上がり、椅子の隣にあったテニスボールを手に取って、ラッキーと一緒に小屋の近くで散歩だったり、一緒に遊んだ。


 一日に一緒にいられる時間こそは、多くないが…僕はラッキーが大好きだ。

 

 長く黒い毛は山の中ではほかのものとあまり見分けがつかなくて、中学の時に一回ラッキーが迷子になったことがあった。

 僕はずっとラッキーの名を叫び続け、最終的には見つけられなくて泥だらけのズボンで家に帰った。


 親父には何をしていたか聞かれたが、僕は友達と山で遊んだと嘘をついた。


 …結局、次の日にラッキーを探しに行ったら、彼は小屋の前で僕を待っていた。

 一歩も動かずに、きちんと座って。

 それからラッキーは僕の隣を離れなくなった。

 散歩で遊んでいたり、しても必ず僕のもとに帰ってくる。


 しつけこそはしてないが、頭のいい子だってことはわかる。

 お手だってできるんだ!


「ごめんねラッキー、僕の部屋を君に見せたかった」

 膝をついて僕は彼の頭をなでた。


 ごめんね、ラッキー…


 一時間ほどだろうか、ずっとラッキーと散歩を続けて、それから小屋に入れて、別れの言葉を言ってそのまま帰った。

 別れるごとに、僕の胸は締め付けられた。

 扉を閉めると、彼は小屋の中から木製の扉をひっかき、もう、恋しくて鳴き始めてしまう。


 …


 自転車に乗って、僕はそのまま家に帰った。

 明日は骨をもってこよう、おやつだ。

 ラッキーもきっと喜んでくれるだろう。


「ただい――」

 庭に自転車を置き捨てて、僕は玄関を開けようとしたが

 ここは、小屋とは違う。


 僕は、幸せじゃない。

 愛する、親がいない。

 誰も、僕なんて気にしない。

 お母さんの苦しむ声が、今日もまた玄関越しから聞こえた。


 昔はビンタだったのが、今日は重い打撃のような殴る音が響く。

 あぁ、あぁ。

 怖い。

 帰りたくない。

 親父と。目を。合わせたくない。

 見たく。ない。

 

 僕の頬には、自然と涙が流れていった。

 地面に、一滴だけ落ちると、僕は自分が恥ずかしくなった。

 なんで、なんで泣くんだろうって。


 泣く必要なんてないのに。

 苦しいことなんて、慣れていると思ったのに。


「お前は男の中でも最低ッ! 最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低――」

 途切れた。

 でも、今日は泣き声がしない。

 重い、打撃の音がまた。


 引きずられる。

 お母さんが、また。


 僕はドアノブに手を差し伸べた。

 親父が、お母さんを殺したのかもしれない。

 殺したのかもしれない。

 

 いつの間にか、僕は過呼吸になっていた、心臓がドクドク鳴り響いて、学校からでも聞こえるような速度だ。

 わからない。

 扉を開けなければ、お母さんがどうなったのか、僕にはわからない。

 でも―――


 親父が、怖い。


 ドアノブに差し伸べた手が、震える。

 震えて、震えてばかりで、開けようとしない。

 お母さんをまた見捨てるのか僕は?


 また、見捨てて、次の日に苦しんでいるところを見るのか?

 毎晩泣いているところを、また自分の部屋の隅で聞くだけなのか?


 お前は、怯えてばかりで、何もしないのか?

 臆病者!

 玄関の扉をさっさと開けろ!


 臆病者! 臆病者! 臆病者!


「…」

 僕は、玄関を開けた。


 最初に目にしたのは、赤く濁った地面だった。

 その血の痕跡は二階まで引きずられている。


「おかあさん…」

 僕はリュックを玄関に捨てて、靴すら脱がずに血を踏みつけながら二階へ走った


 おかあさん!

 おねがい、お願いだからお母さん!!


 階段を上がって右に曲がる、二つ目の扉が、母と父の部屋。

 そこを開けると、頭から出血する母親がベッドで寝ていた。


 僕は急いで近づいて、彼女の息を確かめる。

 息は―――


 している。

 息をしているどころか、彼女はすすり泣いている。

「ごめん、ごめんお母さん… 最低な息子で。」


 愛はされてないのかもしれない。

 でも、僕はお母さんを愛していた。

 死んでほしくはない。

 だから、お願いだから。


 僕は部屋の隅から隅まで調べ上げて頭の軽出血を止める何かを探した。

 そこまで重症ではないが、体のあちこちが、ボロボロだ…


 親父。


 そう、彼のことを考えると。

 部屋の入り口に影が見えた。

 片手に、バットをもって、こちらを淡々と見つめている。

 あのバットは、僕が小学生の頃に、一緒に野球をやろうといって買ってくれたバットだ。

 親父との、思い出の…


「勇気。どけ」

「どかない」

「勇気ッ!」

 怒鳴られた。怒鳴られると、一瞬震えた。


 僕は立ち上がって、親父の前に立ち、彼の目をよくにらみつけた。


「息子は、親父の言う通りにすればいい、目の前からどけ、勇気」

「俺は、お前の子供なんかじゃない。頭によく入れとけ」

「…?」

「お前は、この家には一生近づかない。俺のお母さんとは一生かかわらない。お前は今すぐ荷造りをしてこの家から出ていけ」

「……」

「お前に家族なんていない」


 親父は、静かに、そして丁寧にバットを地面に置いてから僕に背を向けた。

 そのまま廊下の先の仕事部屋に行った。


 僕は母の看病をした。


 しばらく母の様子を見ながら隣にいると、親父がやけに軽そうな黒いスーツケースをもって廊下を通って階段を降り始めた。

 彼は玄関から出ていくとき、「行ってきます」

 と、一言だけ残して去っていった。


 おねがいだから、二度とただいまと、彼の口から聞きたくはない。

「おかあさん、もう大丈夫だよ。もう大丈夫だから」

 僕はそう言って立ち上がり、キッチンに向かって何かお母さんが食べれそうなものを探した。


 何も、見当たらない。

 親父がいつも残す弁当も、今日は作られてすらいないみたいだ。


「…」

 冷蔵庫を開けたまま冷たい空気を顔に浴びていた。

 キッチンは電気がついているのに、いつもより暗く見えた。


 何かを、買いに行こう。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 外に出るために背中が泥で汚れたジーンズの暖かいジャケットを着た。

 青黒くて、僕によく似合う。


 玄関へ向かって扉を開けて外を見た。


 暗い。

 …時間が遅いからだ。

 ラッキーとの遊びに一時間、親父との激突で20分くらい…それからお母さんの看病に1時間。

 すでに8時を超えていた。


 そうだ、そういえばラッキー。

 あは! そうだ! ラッキーだ!

 僕は笑顔になって、扉を閉めて外へ走った。

 

 親父がいないから! ラッキーとお母さんを合わせられるんだ!

 そうか!

 自由なんだ、自由なんだよ!

 

 スキップをしながら、コンビニへ向かった。


 そうだ、骨、骨を買ってラッキーのところに持って行ってあげよう!

 プレゼントだ、お祝いだ。

 やった、やったぁ

 

 コンビニにあった骨は、小型犬用のであまり大きくはなかったがスーパーは車を持っていないといけないくらいの田舎だから、ラッキーはそれで我慢するしかない。

 カレーの弁当も買おう、お母さんと二人で食べよう。


 久しぶりの、家族全員で晩御飯だ。

 あはははは!!

 やった。

 にやにやを隠しきれなくて店員さんに「なぜ笑ってるんですか?いいことでも?」と聞かれた。


「ええ! とってもいいことが起きました!」

 僕は元気いっぱいに答えてやった!


 コンビニから出て、僕は暗い道路の中でニヤニヤしていた。

 ラッキーを迎えに行って、家に連れて行って、それで三人で食べよう!

 ラッキー、新しいお家にどんな反応するのかな?

 喜ぶかな?

 それとも、怖がるかな?


 楽しみ!


 山の入り口に立つと、空の雲行きが怪しいと気が付いた。

「あ」

 雨が降るな、星も月も見えない。


 その前にラッキーのお迎えをしなくっちゃ。

 上までこんな荷物持っていくわけにはいかないから、置いて行こう。

 僕はそう思ってスギの木の後ろにコンビニで買ったお菓子に弁当を置いた。

 中身から骨だけ取り出して、上でラッキーにあげるつもりだ。


 でも。


 地面の泥に。僕以外の。靴跡が。ある。

 

 骨をジャケットのポケットに入れて僕は走った。

 お母さんの次はラッキーか!?

 だめだ、ラッキーが怪我なんてしたら――


 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だーーッ!!!


 小屋に近づくと、いつものように扉をひっかいてくるラッキーの音が、聞こえない。

 その代わりに、痛そうに苦しみ鳴く犬の声が聞こえた。


 扉を蹴り飛ばして開けると、中に影が見えた。


 暗い小屋の中で、月の光さえも届かない端で、独り。

 突っ立って、空いた扉の先を見ていた。

 

 暗闇の中でも、その瞳はわずかに光って見える。


「ラッキーはどこだ」

 僕は、落ち着いた一言で精神をもとに戻した。

 もしも、彼が今ラッキーを握っていたら、下手なことは言えない。


「お前が中学の時、俺がさんざん殺せと、捨てろといった犬のことか?」

「それ以外あるかこの野郎!」

 怒鳴ってしまった。


 すると、影はゆっくり地面に手を置き、それから何かを滑らせてきた。

 重い何かが跡を残しながら僕のスニーカーに当たった。


 その時、雷が鳴ると。

 あたりが一瞬だけ明るくなりすべてが鮮明に見えた。

 

 地面にあったモノは血にぬれたハンマーだった。

「何をした」

「お前がもともとするべきだったことをした」

「何をした」

「お父さんはな――」

「何をしたッ!」


 信じられなかった。しんじられない。

 死んだ。

 ラッキーを殺した。


 僕は、膝から崩れて、頭を抱えながら地面に打った。

 涙が止まらなかった。

 唯一の家族を、僕を無条件で愛してくれた家族を―――

 なんとも思わず、奪い去った。


 あぁ、苦しい。

 鼻が、鼻が詰まって息ができない。

 板の地面に涙が落ちて、情けない。


「勇気、あぁ息子よ、ごめんな。これもお前のためだってことを、ちゃんとわからなきゃ」

「…」

 口調を優しくして、ゆっくり近づいてくる。

「俺は、お前がきっと立派な大人になってくれることを信じている。だから――」

「…」

「お父さんと住むにはどうだ!? 勇気は、お母さんより、お父さんのことが好きだよな? いっつも野球してやったじゃないか、二人でね」

「…」

 汚らしい手を、僕の背中に置いて、優しい言葉を僕の上に吐き捨ててきた。


「お前は、俺のことを家族だと思ってなくても俺にとっては、勇気、お前は俺の息子だ。えいえn――」


 彼が僕に顔を近づけたその時、足元に在ったハンマーで男の頭を本気で叩きつけた。

「何が永遠だ、何が息子だ――」

 僕がまた叩こうとした時、後ろに倒れた男がハンマーを手で止めて、僕の手から奪い返した。


「大人を舐めるなよぉ、クソガキ」

 そういって、僕の腹に前蹴りをして後ろに飛ばした。

 

 はぁ、何もないのに吐き出しそうだ。

 

 目の前を見るとその血で赤く染まった顔が僕に近づいてきた、それもハンマーを宙にあげて。 

「だめd、あああああ!!!!」

「痛いか!? 痛いだろう!? お前がさっき俺にしたことだッ!!」

 目の前がぼやけて、生暖かいものが、頭から垂れて目に――


 痛い、何も考えられない。

 落ちる、地面に――


「させない」

 完全に落ちる前に、男は僕の胸ぐらをつかんで笑いかけてきた。

「お母さんと同じ仕打ちを受けたいんだろ? 受けたいんだろ勇気? 最初っから言ってくれればいいのに」

 1、2、3。

 血を吐いた。

 1,2,3。

 目を開けられない。

 1,2,3。

 鉄の味が、口に広がる。


 僕はせめての抵抗に、両手を挙げて男の顔を触った。

「なんだ、お父さんの顔をもう一度思い出したいか。目が開けな――」

 両親指。

 両親指を片目ずつ男の目に入れた。

 熱く赤い血がとびっきり噴き出して僕の手と、服と、地面を汚す。

 

 彼の顔にあるのは血だけじゃない、涙と、とけた目の一部と、体内で作り出される液体すべてが混ざっていた。

 死ね、死ね。一生俺に触るな。

 一生俺を見るな。

 一生俺にかかわるな。

 

 頭を前後ろに震えながらも僕はまだ親指を奥に突っ込んだ。

 先っぽに感じるやわらかいものはきっとただの肉なんかじゃない。


 泣き叫んで怒鳴って、結局最後には動くことすらやめて地面に横になった。


 僕は、まだ立っている。


 地面に落ちていたハンマーを取って、僕は男の上に座りひたすらに頭を殴りつけた。


 1,2,3。

 頭の形がゆがむ。

 1,2、3。

 少しずつ、脳の一部がむき出しになっていく。

 1,2,3。

 それすらも、豚肉のように粉々になっていく。


 数分。僕は男の上に座ったままだった。

 …

 彼の歪んだ頭を見ると、吐き気がした。

 すぐに彼の遺体の上にすべてを吐き捨てた。


 きたない。

 汚い、こんなものが。昨日まで家で僕の母親と話をしていた。


 こんなゲロだらけの非人間的思考を持つ悪魔がッ!!

 …


 僕は立ち上がって、死体を置いて外へ出た。

 大雨が降っている。

 小屋の中からは、気が付かなかった。

 すぐにずぶ濡れになって雨水によって血が洗礼された。


 しかし、こんな大雨の中でも――


 こんな大雨の中でも鳴き声が聞こえた。

 

「ラッキー…生きてたんだね…」

 小屋の裏に、きっと、きっとラッキーが―――

 

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