バスの中で
僕は別に漫画の主人公でもなければ、異世界に飛ばされたラノベの主人公でもない。
平凡に見える狂った街の中に生きる、ただの高校生だよ。
いつもの、青黒いジーンズのジャケットを制服の上から着ると僕は初めてバスに乗った。
左手には、教科書の入ったカバン。右手には、エリナに出会えるかもしれないという希望をもって僕はバスに乗った。
一歩、二歩三歩、運転手の鋭い目つきを超えてバスの中で周りを見渡した。
生徒が、少なくとも20人…いや、30はいる。
みんなが、突っ立っている僕を、ゴミでも見るような目で見つめてきた。
一人の男子が立ち上がって僕に近づいてから、僕の胸を強く押した。
二歩後ろに下がって運転手の隣に立つ。
「お前だろ、松本ってやつ」
周りはざわざわしていた。
もちろん、小声で僕の名前を囁く理由もわかるさ。
…こいつらによれば、僕は先生を妊娠させた上に、旧校舎とつるんでるクソ野郎だ。
まるで、死にかけの野良犬を見るような目だった。笑わず、ただ、その最期を見届けようとするようだった。見下されているとかじゃない、彼らにとって僕はもう…
「まじで迷惑なんだよお前みたいのがいるとさ、気持ち悪いとかの次元じゃなくてw」
僕は下を見つめた。
知らない生徒は、僕の長い髪をつかんで強く上に引っ張ると、強引に僕の顔を上げた。
僕はその時、運転手に助けを求めるように彼を見つめたが、男は窓を開けて、反対側を向き、タバコを吸い始めた。
「んだよ、女のあれこれする勇気はあんのに男一人の目も見てられないのか」
嘘だ。
なんでこいつらはすぐ目の前にあるものを信じてしまうのか、なんで一度疑おうとしないのか。
なんで自分に非があるということに気づこうとしないのか。
「とんだ糞野郎なんだよお前、わかんないのか? お前みたいなので、俺たち全員が巻き添え喰らってるんだよ。クソパーマぁ?」
「…」
「お前が旧校舎とどういう関係してるのか、敵対してるのか仲間なのか正直どうでもいいんだよ、でも、あいつらにかかわることによってなぁ」
「…」
「少しずつ、少しずつなんだけど俺たちの学校も侵食するようになるんだよ。あいつらは害虫なんだよ、光につられた害虫ぅ。わかるか?」
「ならお前は過ちを一度も犯さないのか」
「は?」
僕を下を向くのをやめた。
生徒の顔を見て、僕は眉間にしわを寄せた。
「高校ずっと誰もこの僕にかまわなかったのに、何か悪いことを一度しただけでこうやって…」
「これまでのことはかんけぇねぇんだよ、今の話してんだよ今」
僕は、何も言い返せない。
言い返さなければならない、彼は正論を言っているわけではないのに。
僕には、返す力がない。
「何してんの」
バスの外、茶色のカーディガンを制服の上から着た茶髪の女性が鞄をぶら下げて僕たちを見つめていた。
彼女は、エリナだった。
「いや、だから何してんの」
生徒は急に手を離して、両手を宙にあげてから
「何も?」
と、ゆっくり後ずさりした。
「言い返さないの」
僕が、乱れていた呼吸を戻そうとしていると、エリナが一歩バスに入って聞いてきた。
「言い返せないんだ」
僕は頭に手を当てて、髪が引っ張られた部分をなでた。
「意外と弱いのね」
「…」
彼女は大股でバスの中に入って、まず煙草を口にしていた運転手の顔を殴りつけた。
「そんなにタバコが吸いてぇのなら飲み込んでみろよッ!」
一度驚いて僕は彼女を見たが、なんとも…とてつもなく怒っているように見えた。
男は吸い殻を殴られた勢い、喉に引っかかって咳き込み、慌てて窓に顔を突き出した
「文句あるなら私と話に来いよ。こいつは言い返せないかもだけど、私のこぶしはいつだって飛ぶからな」
さっきまで、ざわざわしていたバス内が一気に静かになった。
僕は、なんとも思わなかった。 こんな女性、初めてだ。
「助けるのは、今回が最初で最後だからね。次は、あんたが私を助けて」
静かに、僕の近くでささやいてから
腕を僕の右腕に通してつかまった。
「…今日バスに来た理由は? いつもなら自転車じゃん」
「へ、へへ…」
喉が渇いて、あまり声が出なかった。
でも、とにかく彼女に笑顔を向けた。別に怖いわけじゃない、偽りの笑顔でもない。
なぜか、笑っただけだった。
「あぁ、そういうこと?」
「と、とにかく。座ろうよ」
「それがいい」
僕と、エリナはじろじろ見られながらバスの奥まで進んだ。
奥から三つ数えた、右の席に
エリナは窓側に座って、僕は廊下側に座った。
「放さないの?」
座っても、僕の腕に巻き付いた彼女の腕は離れない。
「離れてほしいの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど…」
「ふふ、えへへへっへ」
彼女は優しく笑って、僕の腕を離した。
でも、正直前の方が確かに良かった。
僕は、ニヤニヤして鞄を見つめた。
ちらっと、彼女の方を向いてみると、エリナはおでこを窓につけて外を見ていた。
きれいな茶髪が、肩から背中にかけて垂れていて、とてもきれいだった。
「…」
僕は、見るのをやめた。
…バレたらなんだかまずいと思ったから。
「勇気のタイプは?」
突然、エリナが僕に話しかけてきた。
「タイプ? 女性のたいぷってこと?」
「いぃやポケモンの。 女性のタイプに決まってるでしょバカなの?」
「あぁ」
僕の好きな女性のタイプか。
誰だろう。
同じクラスのハンナさん? いや、あの人は、音楽のセンスがない。
…じゃあ、梨乃さん。同じクラスの、梨乃さんとか。 でも、あの人かわいいだけで性格は最悪…
あ! そうだ、鶴丸さん!
…でも、かわいいところがあっても、なんだか近づけないようなオーラというか、危険な何かを感じるというか。
一緒にいると、”楽しい”わけではない、けど、ドキドキ? もしない…かな。
忘れっぽいところは、なんだか守りたくなるような? でも、ここ最近は忘れ物をしなくなったなあの人。
じゃあ、素直に、顔がいいところ!
これじゃあ、ただの最低男じゃないか。んん…
じゃあ、エリナは?
僕より、背がだいぶ小さくて
緑色と、茶色がよく似合う。
茶髪で、気が強くて。
なのに、なぜかくっついてくるようで。
「じゃあ、エリナのタイプは?」
僕は話をそらした。
「え? あんたから先言ってよ」
「いいや、先に聞いてきた方が言うべきだと思うなあ」
僕は軽く笑って彼女に言った。
すると、バスの扉が閉まる音がして、バスがなぜか高くなり僕たちも上にちょっと上がってから動き出す。
「んん、そうだなぁ…私は他とは違う、独特な人が好き。自分の個性を持った人がさ」
僕は独特かな。
個性的、ではあるけど…
自分のくるくるパーマに触れた。
でも、独特と聞かれると…
「へぇ、いいんじゃない。」
「じゃあ教えて。あ! でもぉ、どうせ、優しい子が好きとか言うんでしょ」
「んんん、そうだなぁ。でも、僕も他とは少し違う人が好きだよ」
「じゃあ同じだね」
「うん」
なんだか、落ち着かない感覚だな。




