第5話 — チャンピオンの朝食(粘液とトラウマ付き)
「朝食前に腕を失うなんて、最高の一日の始まりだ。」
レンは取り残された。英雄的な理由ではない——選択肢がなかっただけだ。ユズキとアクマちゃんは視界から消え、背中に人間の腕を生やした変異オオカミが、悪夢のような勢いで迫ってきた。
追い詰められたレンは、怪物を見つめながらつぶやいた。
「俺、不死身なんだよな? なのに、なんでこんなデカい犬が怖いんだ?」
その場に立ち尽くし、皮肉めいた運命への握手のように腕を差し出した。
オオカミは猛スピードで突進してきた。レンは咄嗟に避けようとしたが、間に合わなかった。乾いた音とともに、腕が引きちぎられた。
レンは肩の空洞を見つめた。痛みはない。そして、笑い出した。
「不死身ってこういうことかよ! だったらもっと無茶してたわ! 例えば…信号無視して道路横断とか!」
オオカミは立ち止まり、口に腕をくわえたまま、もぐもぐと噛み始めた。
レンは青ざめた——骸骨にしては珍しいことだ。
「うわあああ! 冗談だったってば! ユズキ、どこだよ!? うわあああ!」
その時、空からアクマちゃんがジグザグに飛びながら現れ、奇妙な液体の入った泡を抱えていた。唸り声とともに、その泡をオオカミの目に向かって投げつけた。
泡は紫色の煙を撒き散らして爆発した。オオカミは顔を拭こうと、背中の人間の腕で必死に動き回った。
そして、森の奥からユズキが跳び出し、短い杖を手に道路へと着地した。彼女はそれをしっかりと握り、怪物に向けて構えた。
「闇よ、我を導け… かつて在りしものはすでに去り… 忘れられしものは今、連れ去られん…」
——Soul Hands!
地面が割れ始めた。黒く、幽霊のような手が土から現れ、オオカミの足、胴体、背中を掴んだ。
オオカミは咆哮しながら暴れ回ったが、手は容赦なく地中へと引きずり込んでいく。目にかかった粘液で視界は塞がれ、背中の人間の腕は空気すら掴もうとしていた。
レンは呆然とその光景を見つめていた。オオカミの体が半分埋まった頃になって、ようやく気づいた。
「うわあああ! 俺の腕! 待って!」
彼はオオカミに向かって走った。怪物はまだ気まぐれに骨を噛んでいた——まるで高級ペットフードのように。
「それ離せ、この変異じゅうたん!」レンは叫びながら、モンスターの口から腕を引っ張った。
オオカミは唸ったが、すでに地面に飲み込まれつつあった。レンは最後の力で引っ張り、腕はぬるりと抜けた——まるで仲の悪い肉同士がキスしたような音を立てて。
レンは腕を見つめた。よだれまみれで、噛み跡だらけだった。
「最高だな。不死身である上に、今度は汚物扱いかよ。」
彼は腕を元に戻し、カチッと音を立ててはめ込んだ。
「頼むから、悪魔の唾液が腐食性じゃありませんように。もう精神的ダメージで十分だ。」
ユズキが肩で息をしながら近づいてきた。アクマちゃんは彼女の肩に乗り、まるで羽でマラソンを走ったかのように震えていた。
「大丈夫?」ユズキは目を見開いて尋ねた。
「“大丈夫”の定義によるな。腕を失って、噛まれて、税金見た子供みたいに叫んで、今はよだれまみれの四肢持ち。まあ、それ以外は完璧だ。」
ユズキは申し訳なさそうに、でも安堵の表情で微笑んだ。
「でも…効いたよね。あの魔法…使ったことなかったんだ。師匠のグリモワールで読んだだけで。紙吹雪でも出るかと思ってた。」
レンは地面を見つめた。オオカミは消え、手はすでに引っ込んでいて、土はまるで何もなかったかのように閉じていた。
「紙吹雪のほうが優しかったな。でも、効果は薄いか。」
アクマちゃんが奇妙な音を立てながら、空中でゆっくりと回転し始めた——役に立ってるふりでもしているように。
レンは彼を見て言った。
「お前、変だな。でも機能的。俺に似てる。」
ユズキは道路の端に腰を下ろし、深く息を吐いた。
「少し休もう。ブライドヘイヴンに向かう前に。師匠の友達を探さなきゃだし…地図も買わないと。爆発しないガイドも欲しい。」
レンも彼女の隣に座った。回収したばかりの腕は、まるで二日酔いのようにだらんと垂れていた。
「できれば、余分な手足を持つモンスターが出ない計画がいいな。提案だけど。」
空が明るくなり始めていた。前方には、歪んでいても希望に満ちた道が続いていた。
レンはその道を見た。次にインプを。そして自分自身を。
「よし。手がかりゼロのまま、謎の街で謎の友達を探す旅か。…絶対うまくいかないな。でも、面白くはなりそうだ。」
ユズキは立ち上がり、杖を整えて微笑んだ。
「じゃあ、行こう。地面に引きずり込まれる前に。」
レンは首の骨を鳴らした。
「引きずるなら、せめて半分だけにしてくれ。」
彼らは道を進んだ。アクマちゃんは後ろを飛び、太陽はまるで何も知らないかのように昇っていた。
前方の道は、疑わしい約束のように——あるいは、よく照らされた罠のように——伸びていた。
レンは、回収したばかりの腕をだらんと垂らしながら歩いた。
「切断、目に粘液、そして異形のオオカミが地獄の手に飲まれる。これぞチャンピオンの朝食だな。」
ユズキは彼のコメントを無視し、しっかりとした足取りで進んでいた。アクマちゃんは頭上をジグザグに飛びながら、くしゃみをするたびに石から花を咲かせていた。
「ブライドヘイヴンは、あの歪んだ木の丘の向こうにあるよ」 ユズキは、酔っ払った芸術家が描いたような奇妙な地形を指差した。
「最高だな。謎の街に、謎の友達。しかも存在するかも怪しい。」 レンは石を蹴った。石はうめき声を上げた。 「この道、生きてるのか?」
「ちょっとね。でも怒って踏むと文句言うだけ。」
「じゃあ、文句ばっかり言うだろうな。」
彼らは何時間も歩き続けた。レンは太陽、埃、インプの羽音、ユズキの薬草の匂い、そして自分の存在にまで文句を言い続けた。
「そのツキコの友達が禅僧だったら、俺の皮肉だけで追い出されるな。」 レンはユズキを見た。 「何か覚えてる? 名前とか顔とか…骨が好きとか?」
「変な帽子をかぶってて、植物と話してたことしか…」 ユズキは考え込んだ。 「もしかしたら、植物だったかも。小さかったから覚えてない。」
「よし。植物と会話する帽子を探す旅か。簡単だな。」
アクマちゃんがレンの頭に着地した。レンは手で払いのけようとした。
「やめろ、空飛ぶネズミ! もうトラウマで手一杯だ!」
「彼、レンのこと好きみたいだよ」 ユズキは微笑んだ。
「それが一番怖い。」
道は広がり始め、遠くに歪んだ城壁と、まるで昼寝しているような塔が見えてきた。
「ブライドヘイヴンだ」 ユズキの目が輝いた。
レンは立ち止まり、街を見てからユズキを見た。
「何か爆発したら、俺はただの墓の飾りってことで。」
ユズキは腕を組んだ。
「私は、うっかり爆発なんて…たまにしかしない。」
「それ、全然安心できない。」
彼らは門へと向かった。二人の衛兵が、すでに色々見てきたような顔で彼らを見ていた——ただし、花をくしゃみで咲かせるインプを連れた骸骨は初めてだっただろう。
レンはため息をついた。
「よし。着いた。ここからが本番だ——普通のふりをするってやつ。」
ユズキは微笑んだ。
「私たち、普通だったことなんてないよ。」
レンは彼女を見た。次にインプを。そして自分自身を。
「確かに。」
そして、太陽が門を照らし、混沌が目に見えないオーラのように漂う中、彼らは門をくぐった。