第3話 — ネズミの軍隊で復讐する番だ
「死んでも痛みはある。生きてるってことか?」
「レンくん、起きてー!」 ユズキが肩を揺さぶる。爆発魔法の常習犯とは思えないほどの元気さだった。
「これが夢なら、グリッター付きの悪夢だな…」 まぶたのない目で天井を睨みながら、俺はぼそっと呟いた。隣には、過剰にハイなネクロマンサー。
「師匠が呼んでるよ!下で待ってるからね!」 彼女はスライムでできた床でも走れるかのように、勢いよく部屋を飛び出していった。
俺は天井を見つめた。描かれた目が、また瞬きをした。
「ゾッとするな。皮膚がないのが救いか。」
ベッドから立ち上がると、木が失望したような音を立てた。カーテンは勝手に揺れ、俺を裁いているようだった。天井の目は、俺がドアに向かうまでずっと追ってきた。
「装飾型ストーカーかよ。最高だな。」
階段を下りると、ユズキがすでにテーブルで待っていた。寝てないのに夢見心地の笑顔。インプはまだ額にキノコをくっつけたまま、湯気の立つティーカップを持って空を飛んできた。
「それ、気をつけろよ…」 俺は椅子に座りながら警告した。
インプはテーブルにカップを置こうとした。…が、半分は俺にかかった。
「うわあああ!熱っ!燃えてるぅぅ!」 椅子から飛び上がり、腕を振り回す。火はないが、痛みはある。
インプはテーブルに頭から突っ伏し、翼を広げて謝罪のポーズ。
「これ全部、あのバカ神のせいだ!なんで不死身に痛覚つけるんだよ!しかも骸骨に!」
ツキコが作業の手を止めた。目が輝いた。まるで歩く実験素材を見つけたかのように。
「寝られたの?夢は見た?骨の内側が痛む?それとも外側?もっと熱い飲み物でテストしてもいい?」
「寝てない。夢は…自己啓発を囁く枕だけ。痛みはある。あらゆる“痛みがあるはずのない場所”に。そして、熱い液体はもう勘弁してくれ。」
ユズキは笑い転げていた。インプはまだ頭を下げたまま、葉っぱのように震えている。
「許すよ…」 俺は椅子に戻りながら呟いた。
インプはホッとした様子で飛び上がった。…そして、ユズキのカップを俺にぶちまけた。
「またかよぉぉぉ!」 俺は再び跳ね上がった。
「この子、ほんとにドジっ子だよね!」 ユズキは椅子から落ちそうになりながら爆笑していた。
ツキコは俺を見つめていた。まるで禁断のアーティファクトがコーヒーも淹れられると知った瞬間のような目だった。
「これは…素晴らしいデータになるわね」 彼女は、笑っているかのように身をよじる巻物に、狂ったように書き込んでいた。
レンはまだテーブルに座っていた。ポーションの匂いと魔法の鼻水が空気に漂っていた。ユズキは袖で涙を拭いながら、悲喜劇の主演骸骨に拍手を送っていた。
ツキコが、妙に優雅な咳払いをした。
「んん…んん…さて…こほん…レン、いくつかのデータを共有するわ。そして、あなたに関する新たな疑問も。古い書物を読み返して、年配の魔法使いにも相談したの。ちなみに、私はそんなに年寄りじゃないわよ。まだ230歳。白髪も出てないし。」
「でも師匠、髪を白く染めるための錬金ハーブ使ってるって言ってたじゃん?」 ユズキが指を立てて、歴史的矛盾を発見した顔で割り込んだ。
「口を挟まないで。」 ツキコは目もくれずに言った。 「どこまで話したっけ…ああ、そうね…」
彼女は、まるで呼吸しているかのようなノートをめくった。ページはくすぐったがっているように身をよじっていた。
「魂が物に閉じ込められたり、ネクロマンシーで蘇ったり、ゴーレムに宿ったりする例は記録にあるわ。神の介入で生まれ変わった魂の噂もあるけど…信じてなかった。でも、あなたを見てると、私、見落としてたのかもって思う。 千年ごとに魔王を倒して世界を救う英雄の伝説もあるけど…あなたは、それとは違う。」
レンは腕を組もうとした。…が、肘の骨がテーブルに落ちた。
「子供を助けようとしたんだ。彼女が止まって、俺がつまずいて、車に轢かれた。気づいたら、骸骨になってて、役立たずな神が『君は死ぬべきじゃなかった』って言ってきた。しかも、体も用意してなかった。 その神は、俺がいなくても子供は無事だったって見せてきた。で、気づいたら墓から出てた。説明なし。骨だけ。混乱だけ。」
ユズキはまた涙目になり、両手で顔を覆って囁いた。
「レンくん…ヒーローになろうとして…必要なかったなんて…かわいそうすぎる…」
ツキコは動きを止めた。レンを見て、次にテーブルを拭こうとして液体を広げてるインプを見て、そしてノートを見た。
「うんうん…なるほどね…」
彼女は眉をひそめた。
「いや、全然わからない!すごすぎる!」
ノートに狂ったように書き始めた。ノートはまるで存在の意味を問い始めたかのように震えていた。
「これは宇宙的なナンセンスだな…」 レンは呟いた。 「俺は悲劇のマスコットかよ。」
「レンくんはヒーローだよ!誰も必要としてなくても!」 ユズキは歪んだ笑顔で励まそうとした。
レンは彼女を見た。疲れ切った目で。
「…レンだけでいい。」 ため息をついた。 「どうせ君はその呼び方やめないだろ。」
ユズキは元気よく頷いた。
レンは椅子に背を預け、天井を見上げた。
「墓にいたままの方がマシだったな。」 天気の話でもするような口調だった。 「少なくとも、熱いお茶をかけられることはなかった。」
ツキコは魔法の音を立てて巻物を閉じた。顔には「人生で見すぎた混沌」の表情。
「よし。二人とも、採取に行ってもらうわ。ユズキ、あなたは闇の森で発光する薬草を集めて。レンは付き添い。彼女が転んで森を爆破しないように。」
ユズキは腕を組んで、むくれた。
「転んだくらいじゃ爆発しないもん、師匠…」
ツキコは片眉を上げた。
「先月のこと、思い出させる必要ある?三つ目の猫に気を取られて、ポーションを市場にぶちまけた事件。まだ賠償金払ってるのよ。」
ユズキは頭をかきながら話題を変えようとした。
「で、何を採るんだっけ?」
レンはため息をついた。
「俺を見つけた時、グループに聖職者がいればよかったのに。すぐ浄化されて、こんなサーカスにならなかった。」
ツキコの目がまた輝いた。
「それ、最高のアイデアじゃない!浄化テスト、やってみましょう!」
レンは椅子に沈み込んだ。
「最高だな。朝から実験的な浄化。まさに俺が望んでたことだ。」
ツキコは皮肉を完全にスルーした。
「発光薬草は、北の森の薄暗い場所に咲くの。夜になると見つけやすいわ。ユズキはその採取に向いてる。…まあ、才能と一緒に自然発火のリスクもあるけど。」
ユズキはすでに立ち上がっていた。目が輝いている。
「行こう、レンくん!きっと楽しいよ!」
「それは議論の余地があるな…」 レンは腕を引っ張られながらぼそっと呟いた。
ツキコは疲れたようにため息をついた。
「はいはい。私は残りの材料を準備しておくわ。でも…日没前には戻らないで。」
その厳しい口調に、ユズキは一瞬固まった。こくりと頷き、レンを引っ張って家を出た。
「これは…災難の予感しかしないな」 レンはドアをくぐりながら言った。
まだ十歩も進まないうちに、嫌味な三人組が現れた。毒のような笑みと、屈辱をコレクションしているような目つき。
「見てみろよ…ネズミすら蘇らせられない落ちこぼれネクロマンサー。」
「その骸骨は何?村を爆破する以外に何かできるようになったのか?」
ユズキは拳を握りしめた。潤んだ目が、なんとか平静を保とうとしていた。震える声で答えた。
「誰も…あなたたちの意見なんて気にしてないから。ふん。」
レンとユズキは足早に通り過ぎた。森が近づいてくる。ねじれた枝と、囁くような影が彼らを迎えていた。
レンはユズキを見た。彼女はまだうつむいていた。
「この浄化、効いてくれよな。もし永遠に苦しむ骸骨のままなら…君の家の裏に穴掘って、昼間はそこに埋まってるわ。」
ユズキはくすっと笑った。魔法よりも効く、軽やかな笑い。
「レンくんって、ほんとにドラマチック。でもいいよ…即席のお墓に快適魔法かけてあげる。皮肉を囁く枕もつけてね。」
二人は森へと入っていった。光は薄れ、キノコが輝き始める。そして、いつものように混沌が後を追ってきた。
数時間後、森の中——
太陽は地平線に傾き始め、空はオレンジと紫に染まっていた。ユズキは発光薬草でいっぱいのバスケットを抱え、空を見上げてため息をついた。
「もう十分だと思う。師匠に“また森爆破したの?”って言われる前に帰ろう。」
レンは首の骨を鳴らした。
「そうだな。もしまた死んだら、あの役立たずの神には蘇生拒否してもらいたい。骸骨で永遠はもう十分だ。」
ユズキは笑ったが、すぐにその笑顔は消えた。歩きながら、ぽつりと呟いた。
「ねえ…街の祭りで出る料理、好きだったんだ。クリスタルフラワーの花びら入りのおにぎり。すごく綺麗で、美味しくて…でも、魔法使いや魔女は歓迎されないの。 最後に行こうとした時、広場に着く前に追い返された。」
レンは眉をひそめた。
「魔法とおにぎりを拒絶する街?優先順位、完全に狂ってるな。」
ユズキは悲しげに微笑み、二人は沈黙のまま村の入口へと歩いた。
通りはいつもより騒がしかった。家の前に立つ人々が足を止め、視線を向けてくる。 ひそひそ話。無言で家に戻る者。まるでユズキの存在が不吉な風のようだった。
胸が締め付けられるような感覚。でも、彼女は足を止めなかった。
「気にしない…」 それはレンに向けた言葉というより、自分への呪文のようだった。
だが、すぐにあの三人組が現れた。遠くから叫ぶ。
「戻ってきたぞ!ネズミすら蘇らせられない落ちこぼれ!」
「その骸骨は何?また村に災厄を持ち込んだのか?」
「消えろよ!なんで生まれてきたんだ?」
石が飛んできた。レンの頭をかすめ、ユズキの肩に命中。 彼女はレンの腕を引き、涙目で走り出した。心臓が跳ねるように脈打っていた。
ツキコの家の前には、さらに多くの人が集まっていた。 怒号、罵声、軽蔑。
「今度は何をやらかした?」
「またかよ、落ちこぼれ!」
「ツキコに何したんだ?」
「お前はこの村の恥だ!」
人々は道を開けたが、その視線は刃のようだった。 ユズキは息を切らしながら立ち止まり、目を見開いた。
家の一部が焼け焦げていた。窓は砕け、扉は半開き。
彼女は叫びながら駆け込んだ。
「師匠!?師匠ーー!!」
返事はない。 静寂。灰。
ユズキは膝をつき、涙で潤んだ目を伏せた。胸が痛む。
「レンくん…今度は何をやっちゃったの…?私、ここにすらいなかったのに…」
レンは慎重に後を追い、焼けた部屋を見渡した。 そして、焦げたテーブルの下に何かを見つけた。 端が焼けた紙。折りたたまれていた。
彼はそれをそっと拾い、読んだ。 文字は急いで書かれたようで、震えていた。恐怖の中で書かれたような筆跡。
「レンへ。ユズキを頼む。言えなかったことがあるけど、彼女は君に心を開いてる。だから、君に託す。 ブライトヘイヴンの街にいる友人を探して。時間がない。 そしてユズキに伝えて。私は…生きてる。」
レンはゆっくりとユズキのそばにしゃがみ、紙を差し出した。
「これが残されてた。…終わりじゃないみたいだ。」
ユズキは紙を読み、目を見開いた。 嗚咽が漏れた。彼女は紙を胸に抱きしめた。
「生きてるんだ…師匠…」
レンは扉を見て、次に暗くなり始めた空を見上げた。
「ブライトヘイヴンか。行こう。何が起きたのか、確かめよう。 そして、次に石投げてくる奴がいたら…俺、ネクロマンシー覚えて、復讐のネズミ軍団を召喚してやる。」
ユズキは涙の中で笑った。
「行こう。村が次の焚き火に魔女を使おうとする前に。」
レンは歯を鳴らした。笑おうとしたような音だった。
「そして皮肉屋の骸骨もな。最高だな。」
二人は家を後にした。 煙と憎しみと、灰になった過去を背に。
師匠ツキコの家は一部が焼失した。原因は不明だが、「非許可の魔法実験」である可能性は87%と推定される。
村の住民は現在、恐怖・軽蔑・そして病的な好奇心の間で揺れている。
二人の旅人の行き先は、ブライトヘイヴンの街へと定まった。
ネクロマンシーによるネズミの軍団に備え、防衛の強化が推奨される。